歴史資料保全ネット・わかやま【近畿】★『地域歴史文化継承ガイドブック』全文公開
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【団体情報】
設立年●2011年
事務局所在地●〒640-8510 和歌山県和歌山市栄谷930 和歌山大学クロスカル教育機構 教養・協働教育部門(橋本研究室)
メールアドレス●hozennetwakayama@gmail.com(グループメール管理人)
【活動地域】
和歌山県全域
【参加方法】
入会●会の趣旨に賛同し、連絡先(メールアドレス)を登録する個人。参加希望者はメールでご連絡ください。
❶和歌山大学でのクリーニング作業(2011年12月)
❷被災公文書の消毒作業(新宮市熊野川行政局、2011年11月)
【設立の経緯】
文●藤 隆宏
2011年「紀伊半島大水害」を機に設立
2011年(平成23)8月下旬に発生し、9月初めにかけて四国から本州にゆっくりと北上した台風第12号の豪雨によりもたらされた「紀伊半島大水害」と呼ばれる甚大な土砂災害・水害(和歌山県内では南部を中心に死者56名・行方不明者5名・建物全半壊2,525戸・床上浸水2,706戸)を契機として、歴史資料保全ネット・わかやま(以下「本会」という)は発足しました。
同災害への文化財行政の対応としては、世界遺産熊野那智大社本殿など17件の指定文化財被害に対しては、国、県、市町村等の公的機関が被害を確認してケアするという文化財保護行政の仕組み・システムが機能しましたが、その一方で、歴史文化資料の大半を占める「未指定」文化財に対しては、公的機関が関与・ケアする仕組みはなく、実際にほとんど関与できませんでした。
この時、和歌山大学藤本清二郎さん(当時)の呼びかけにより発足したのが本会です。
本会の代表は藤本さんが務めることとなりましたが、当時のメンバーは、ほとんどが文化財行政に関わる公的機関の職員であり、自分の職場で文化財レスキュー活動が公務として認められなかったので、ボランティアとして参加しました。
本会は、和歌山大学に設置された「和歌山県豪雨被害歴史資料保全対策プロジェクト」(代表:藤本さん)とともに、レスキュー活動の中心的な役割を果たし、被災地では調査や水濡れ文書の消毒作業などを行い、活動拠点となった和歌山大学において被災地から預かった被災資料の乾燥・クリーニング・簡易補修などを行いました[❶・❷]。
紀伊半島大水害の反省から
紀伊半島大水害の経験により顕在化した問題は、①未指定文化財(≒歴史文化資料)の救援に行政機関の職員が公務で関われなかったこと、②災害に備えた文化財(≒歴史文化資料)関係機関のネットワークがなかったこと、③未指定文化財(≒歴史文化資料)の所在が未把握であったことなどがありますが、これらは行政機関においても克服すべき課題として認識されるに至り、翌2012年(平成24)度から施策に反映されるようになります。
各県立機関においては、津波被害が予想される沿海地域の寺社を対象とする未指定のものも含む文化財の緊急所在調査や、災害史関係資料の発掘・地元への成果還元を行う事業などが展開されています。
また、2015年(平成27)2月、県内の博物館や教育委員会などが共同で大規模災害に備え、災害時には被害対策の相互協力や、地域文化財(≒歴史文化資料)のレスキュー(当然未指定文化財も対象です)、県外から応援レスキューが入る際の受け入れ体制の整備などを行う「和歌山県博物館施設等災害対策連絡会議」(以下「和博連」という)が発足しました。本会は、博物館、県や市町村の文化財担当課、文書館、私立の資料館、和歌山県建築士会などとともに和博連に加入しています。
2015年度末には和歌山県地域防災計画が改訂され、
・「未指定文化財」も災害時の文化財保護の対象であること
・県は、和博連と連携して、災害時には被災文化財の救援・保全を速やかに実施し、また、外部の専門的救援団体等を受け入れること
・災害予防のために、事前に文化財の所在情報を把握しておくべきこと
が、和歌山県の文化財災害対策として明記されました。つまり、和歌山県では、未指定を含む文化財(≒歴史文化資料)の所在調査を行うことが、防災あるいは災害対策の業務として明確に位置づけられ、さらに、今後大規模災害が起きた時には、行政が関わって文化財レスキューを行うことが定められたのです。
文化財保護法の改正に伴い、2020年(令和2)度末に策定された和歌山県文化財保存活用大綱でも、いま述べた方針が確認されるとともに、県の機関とともに文化財災害対策を実施する和博連の主要メンバーとして、本会は位置づけられています。
【活動の特徴】
文●橋本唯子
紀伊半島大水害被災資料のレスキューと修復
紀伊半島大水害被災地での調査・レスキュー活動は、2011年9月末から11月初旬の間に7回実施しました。主に公的機関を訪問し、被災資料の保存を呼びかけるチラシを配布するとともにこれらの機関が所蔵している文書、あるいは所在を把握している資料等の現状を確認しました。被災資料が見つかった時にはエタノール消毒等を施してカビの発生を防ぎました。公的機関の管理下にあった文書や民具の被災が多く確認され、中には放置されたままであったり、すでに廃棄されたものもありました。しかし、民間所在資料については、独自の調査はできませんでした。所在情報がない、または公的機関が把握する所在情報を活用することができなかったからです。
被災が確認された学校公文書や、被災地で自衛隊員により掘り起こされたまま保存されていた「思い出品」を和歌山大学が預かり、本会と共同でクリーニング等の保全を行いました。「思い出品」には仏像も含まれていましたが、ほとんどが文集、卒業アルバムやノートなど個人の思い出の品というべきものでした。
これらの保全・補修作業は、10月30日から2012年3月31日までの間、土日祝日を中心に和歌山大学で行いました。主に乾燥・泥落としの作業です。また、通常の文化財修復ではあり得ないことですが、「思い出品」については、繕い・裏打ち等の簡易補修も施しました。メンバーに修復の専門家はいませんが、持ち主に手に取って使用してもらえるよう、あるいは、思い出の「モノ」として身近に置いてもらえるように、少々の形態変更や長期保存には必ずしも良くないことは承知の上で、見た目をきれいにすることが重要であると考えての処置でした。
作業を終えた被災資料は、それぞれ被災自治体や学校へ返却しました。「思い出品」は、自治体へ返却後、持ち主が見つかったものは持ち主へ返却されました。持ち主が見つからなかったものは、2012年4月28日から6月3日まで開催された和歌山県立博物館特別展「災害と文化財─歴史を語る文化財の保全─」等で展示され、現在は同館に一部が保存されています。
2018年台風21号により被災した資料のレスキュー(1)
2018年8月下旬に発生した台風21号は、9月4日近畿地方に上陸し、大きな被害をもたらしました。本会は翌5日にメーリングリストを通じた情報収集を開始しました。
そのなかで、7日に御坊市教育委員会文化財担当者から、県文化遺産課に御坊市の郷土史家・故小山豊さんの資料保管情報が寄せられ、文化遺産課が状況確認を行いました。建物の壁の一部が破損し、ブルーシートで応急処置を行っているものの、被災資料が確認されたため、本会にレスキュー作業が依頼され、9月9日に作業を実施しました。なお、当日の参加者は本会会員のほか、御坊市教育委員会の職員や御坊文化財研究会の有志など計12名でした。
当日行われた作業は以下の通りです。
・被災場所からの移動
・被災資料の消毒および乾燥
レスキュー作業は近隣の御坊市立体育館のスペースを借りることができたため、そこへ移動したのちに実施しました。主な資料は、民俗芸能関連の写真アルバム約1,800冊と、少量の紙の資料です[❸]。
❸写真アルバムの乾燥作業(2018年9月)
移動を行いながら、運び込まれた被災資料の消毒および乾燥作業を行いました。写真アルバムはおおむね昭和40年頃から平成10年頃のもので、シート状の台紙に貼る形態ではなく四隅をシールで固定したものでした。写真同士が固着するケースが多く見られましたが、シートへの全面的な固着による被害はまぬかれました。
被災資料はすべて同じ被害状況ではありません。軽微なものと甚大なものとにある程度分け、軽微なものは固着を防ぎながら乾燥させました。甚大なものは適宜エタノールによる消毒を加えて固着をはがし、キッチンペーパーを挿入するなどしながら立てかけて乾燥させました。
終日これらの作業を手分けして実施した結果、ほぼ被災資料の応急処置を終えることができました。被災から4日後という比較的早期に作業を実施したため、カビの大発生や写真の全面的な固着といった被害を抑止できたと考えられます。
9月17日には作業した資料の乾燥が進んでいることが、本会会員によって確認されました。また、その後これらは御坊市教育委員会によってアルバム番号順に整理され、コンテナ約100箱に収められました。
2018年台風21号により被災した資料のレスキュー(2)
2020年9月、御坊市教育委員会に所有が移行されていた当該資料を本会会員が確認したところ、2年前の作業により乾燥させた写真アルバムのうち一部が固着していることが明らかとなりました。教育委員会からの依頼に基づき、改めて2020年9月17日に乾燥作業を行いました。当日作業を終えたアルバムは約150冊、ほかにも一部固着がみられるアルバムについては和歌山大学で作業を進めました。
2020年度は学芸員資格取得に必要な科目である博物館実習について、コロナ禍の影響を受けて補講が必要となった履修者がいたため、補講の一部として作業を実施し、完了させてアルバムを返却しました。
また、残りの写真アルバムは御坊文化財研究会の方々によって乾燥作業が行われました。
レスキュー作業後の固着の主な要因は、保存環境の変化などが考えられます。当該資料の被害を最小限度に抑えられたのは、御坊市教育委員会とのネットワークがあったためであるといえます。資料所有者と交流を続けることの重要性を改めてここで提起します。
これからの活動の展望と課題
先に述べたように、紀伊半島大水害以降、未指定文化財を含む歴史文化資料の災害対策は、行政が取り組むべきものと認められ、行政機関を中心としたネットワークが構築されつつあります。紀伊半島大水害時には公的機関の職員が本会の会員として行ったことを、それぞれの職場で「公務」として位置づける作業が行われています。今後、県地域防災計画および県文化財保存活用大綱に基づく文化財災害対策マニュアルの整備に向けて、行政と和博連で議論されるはずですが、本会も和博連の主要メンバーとして議論に参加していく予定です。
現在の本会のメンバーには、紀伊半島大水害の経験のない者も増えましたが、設立時と同様に公的機関の職員が多いです。紀伊半島大水害後に大量の動員を必要とする災害が和歌山県内では発生しておらず、広く会員募集をしていないからでしょう。
しかし、今後の大規模災害発生時には、本会は文化財レスキューの「実働部隊」として、特に未指定文化財(≒歴史文化資料)に被災地や保全作業の場で直接接触する人材の供給源としての役割が期待されるものと思われます。
現メンバーの多くは、文化財レスキューに「公務」として携わることが予想されます。彼らの「公務」とは、文化財レスキュー活動をマネジメントするものが主となり、本会会員としての活動はできなくなると思われます。したがって、現メンバー以外の新たな人材確保が最大の課題となります。
【連携団体】
和歌山県博物館施設等災害対策連絡会議(事務局:和歌山県立近代美術館)
【活動がわかる主な文献リスト】
1●和歌山大学紀州経済史文化史研究所和歌山県豪雨被害歴史資料保全対策プロジェクト・歴史資料保全ネット・わかやま編『地震・津波・洪水と文化財─豪雨被害歴史資料保全活動報告書─』和歌山大学紀州経済史文化史研究所、2012年
2●歴史資料保全ネット・わかやま「台風一二号に伴う被災資料の救出・保全活動について(報告)」『和歌山地方史研究』62、2012年
3●前田正明「2011年9月の紀伊半島大水害時における資料レスキュー活動とその後の取り組み」『日本史研究』625、2014年
4●藤隆宏「災害から文化財をまもるために─県内の動き─」『和歌山地方史研究』78、2019年