阿部幸大『ナラティヴの被害学』(文学通信)
4月上旬刊行予定です。
阿部幸大『ナラティヴの被害学』(文学通信)
978-4-86766-071-3 C0098
四六判・上製・336頁(予定)
定価:本体2,200円(税別)
■概要
なにが暴力で、なにが暴力でないのか。誰が被害者で、誰が加害者なのか。あなたはその当事者なのか、それとも部外者なのか──本書は「ナラティヴの被害学」という方法論によって、こうした暴力にまつわる諸問題に取り組む。
ある複雑な事象を、加害者たる「やつら」と被害者たる「われわれ」という二元論によって単純化するナラティヴは、暴力は「やつら」の問題なのだとわれわれに教える。そうしたナラティヴが、いかにわれわれの思考を、感情を、言動を、そして誰に同情し、誰を嫌悪するかを強力に規定しているか。ナラティヴの被害学とは、そのことをクリティカルに検討するための枠組みである。
いま、暴力を「やつら」の手から奪還し、加害性を社会全体に再配分せねばならない──まさしく暴力を回避するために。
昭和天皇裕仁「玉音放送」を皮切りに、トニ・モリスン『ビラヴド』、ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』、ハーマン・メルヴィル「バートルビー」、村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』、映画『トップガン』シリーズといった諸作品の分析をつうじて、本書『ナラティヴの被害学』は歴史理解における被害性と加害性の重層的なポリティクスを解きほぐす。
遊戯としての人文学から脱却し、人文学の存在意義をクリティカルに問う研究書の誕生!
本書は2024年に『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』(光文社)を上梓した筆者が、どのように論文執筆力を培ってきたのか、その成長過程を追った実践例集でもある。
各章は執筆の時系列順に並んでおり、また各章の扉には、章の概要(アブストラクト)に加えて、いつどのような経緯で執筆し、どの学術誌に投稿し、ときに落とされ、どのような改稿を経て掲載に至ったのか、さらには現時点から振り返っての容赦ない批判コメントも付した。
これは研究書であると同時に、世界で活躍する人文学徒のための教育書でもある。
【じっさいは複雑でそのように整理すべきではない事象を被害と加害の二元論によって単純化しつつ、問題を善き「われわれ」と悪しき「やつら」の対立へと還元し、暴力と加害を他者の領域に追いやる、そのようなナラティヴの諸効果を暴くために、そしていかにわれわれが意図せずそのようなナラティヴに毒されているのかを暴くために、被害学はある。[...]いま、暴力を「加害者」の手から奪還し、加害性を社会全体に再配分せねばならない──まさしく暴力を回避するために。】......「第1章 ナラティヴの被害学」より
■各章で論じる対象・作家・作品
「玉音放送」/ノラ・オッジャ・ケラー『慰安婦』/トニ・モリスン『ビラヴド』/ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』/デブラ・グラニク『足跡はかき消して』/ハーマン・メルヴィル「バートルビー」/『トップガン』シリーズ/村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』/ティム・オブライエン『本当の戦争の話をしよう』/ヴィエト・タン・ウェン「アメリカ人」/トマス・ピンチョン『重力の虹』
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■著者プロフィール
阿部幸大(あべ・こうだい)
1987年、北海道うまれ。筑波大学人文社会系助教。
2023年に博士号取得(PhD in Comparative Literature)。
著書『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』(光文社)
研究コンサルティングのベンチャー企業、株式会社Ars Academica代表。
最新の情報はホームページ(www.kodaiabe.com)を参照。
■目次
第1章 ナラティヴの被害学
ナラティヴの被害学/加害性の再配分/本書の使いかた
第2章 ノラ・オッジャ・ケラー『慰安婦』におけるコリアン・アメリカン二世の応答可能性
慰安婦問題と冷戦(以後)のアメリカ/マミーの呪い―アメリカの文化、朝鮮の歴史/コリアン・アメリカン二世の罪悪感/コリアン・アメリカン二世の応答可能性/部外者の責任/応答可能性を再構築する
第3章 トニ・モリスン『ビラヴド』におけるメランコリックな愛と醜い感情
『ビラヴド』と情動/トラウマの間世代的伝達/醜い感情/トラウマを翻訳する/結論
第4章 ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』におけるシェル・ショックとジェンダー
トラウマからシェル・ショックへ/セプティマスとシェル・ショック/クラリッサとシェル・ショック/フェミニスト・エピファニー
第5章 デブラ・グラニク『足跡はかき消して』におけるベトナム戦争と9・11以降のホームランド
間世代的トラウマとしてのベトナム/アメリカのホームランドでベトナムを再緑化する/反例外主義的光学
第6章 ハーマン・メルヴィル「バートルビー」におけるグローバル市場と受益者
グローバル市場のなかのバートルビー/「なにひとつ変えないほうが助かるのですが」/「ご自分で理由がおわかりになりませんか」
第7章 『トップガン』シリーズにおけるアメリカの軍事史と例外主義
ベトナム・シンドロームを蹴っとばす/「テロとの戦争」とノスタルジア/シリーズ化と相続
第8章 村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』におけるアジア太平洋戦争のポストメモリー
トラウマと加害国のポストメモリー/満州──被害者と加害者を超えて/日本の軍事主義と性的暴力/トオルのポストメモリーとコミットメント/歴史、虚構、倫理
第9章 ティム・オブライエンとヴィエト・タン・ウェンにおけるベトナム帰還兵と癒しの旅
ティム・オブライエンと快癒する白人帰還兵/ヴィエト・タン・ウェンとアフロ・アジア/結論
第10章 トマス・ピンチョン『重力の虹』におけるエコロジカル・ナショナリズム
シュヴァルツコマンドーの人種的ナショナリズム/カウンターフォースの局所的撹乱/ピンチョンのエコロジカル・ナショナリズム/グローバル時代のラディカリズム
あとがき
初出一覧
索引(左開)
■カバーアート
Cai Guo-Qiang, Clear Sky Black Cloud, 2006.
Explosion event realized at The Iris and B. Gerald Cantor Roof Garden,
The Metropolitan Museum of Art, New York.
Photo by Teresa Christiansen, courtesy The Metropolitan Museum of Art
■推薦文
人文学の意義とは何か。リベラルと保守の硬直した分断を超克しようする本書は、この問いに一つの強力な回答を与えている。阿部は『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』で人文学の目的を「暴力の否定」と説いてみせたが、本書はその実践編である。「暴力の否定?」と疑問に思った人にこそ―私もその一人だった──この本を読んでもらいたい。議論の学術的緻密さ、テクスト読解の面白さ、抜群の読みやすさを兼ね備えた稀有な一冊。
──立教大学教授 古井義昭(『誘惑する他者―メルヴィル文学の倫理』法政大学出版局)
阿部幸大『ナラティヴの被害学』は、彼のアカデミック・ライティング本の実践編でありながらも、それ自体として比類なき力強さを備えた、私たちの読みのありかたを一変させてしまう書物である。本書が提起する「ナラティヴの被害学」という枠組みは、いかに私たちが「善き」被害性を無批判に称揚してしまうのかを見極めることで、私たち自身による暴力への共犯に向き合うための方法論だ。鮮烈にして独創的、学際研究の模範というべき本書は、人間の経験を解明せんとする営為たる人文学を、新たな視座から再考せよと迫る苛烈な挑戦状である。
──筑波大学教授 竹谷悦子(Aerial Archives of Race, University of California Press)