歴史資料ネットワーク(史料ネット〈神戸史料ネット〉)【近畿】★『地域歴史文化継承ガイドブック』全文公開

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歴史資料ネットワーク
(史料ネット〈神戸史料ネット〉)

【団体情報】
設立年●1995年
前身団体●歴史資料保全情報ネットワーク(1996年4月まで)
事務局所在地●〒657-8501 神戸市灘区六甲台町1-1 神戸大学文学部内
電話番号●078-803-5565(代表/13:00〜17:00〈平日のみ〉)
メールアドレス●s-net@lit.kobe-u.ac.jp(代表)
HP●http://siryo-net.jp
Twitter●https://twitter.com/siryo_net
【活動地域】
阪神・淡路大震災の被災地を中心に、災害現場
【参加方法】
入会●個人会員、サポーター会員、ニュースレター会員、学生会員の種別あり。随時受付中。詳細はwebサイトを参照してください。
寄付●随時受付中。口座番号00930-1-53945(名義:歴史資料ネットワーク)。※寄付金控除は適用されません。

1阪神・淡路大震災での資料レスキュー(1995年2月、兵庫県芦屋市).jpg
❶阪神・淡路大震災での資料レスキュー(兵庫県芦屋市、1995年2月)

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❷第7回歴史と文化を考える市民講座(御影公会堂、1997年9月)

【設立の経緯】
文●小野塚航一・吉原大志

阪神・淡路大震災後に前身団体が発足
歴史資料ネットワーク(以下、神戸史料ネットと表記)は、関西に拠点を置く4つの歴史系学会(大阪歴史科学協議会・大阪歴史学会・京都民科歴史部会・日本史研究会)が阪神・淡路大震災のおよそ1カ月後に歴史資料保全のために設けた「阪神大震災対策歴史学会連絡会」の連絡窓口として立ち上げられた「歴史資料保全情報ネットワーク」を前身とする団体です。

震災以前の日本の歴史学や文化財保存事業において、大規模災害時に組織的な歴史資料・文化財保全活動が取り組まれたことはありませんでした。しかし、この4学会では1992年(平成4)の最高裁による永年保存とされてきた民事判決原本の一部廃棄の通達に端を発する司法資料保存運動のみならず、それ以前から埋蔵文化財保存や遺跡保存、あるいは公文書館設立など、歴史資料や文化財の保存に関わるさまざまな取り組みを若手研究者の委員を中心に展開しており、こうした学会の恒常的な活動が被災史料救出活動の前提となりました。

また、事務局の置かれた尼崎市立地域研究史料館(現:あまがさきアーカイブズ)は、研究機能も重視していたことにより震災前から関西の歴史研究者との連携が図られていたところでした。このように震災前に形成されていたさまざまなネットワークが一つに合流するような形で「歴史資料保全情報ネットワーク」は発足したのです。

歴史資料ネットワークへの改称
阪神・淡路大震災の被災地では、地元の郷土史研究者やNGO、資料保存関係機関、文化庁など、さまざまな団体が活動を続けており、神戸史料ネットは、これらと新しいネットワークを築きながら、被災史料救出活動に取り組んでいきました[❶]。その活動のなかでは、市民と歴史研究者との間で歴史資料をめぐる認識にズレがあることが明らかになるなど、多くの課題に直面しました。そこで、震災後の緊急の活動がおおよそ終了した1996年(平成8)4月に「歴史資料ネットワーク」へと改称し、(1)史料の救出・保全など震災処理の継続、(2)市民講座などを通じた被災地の歴史・文化を守る活動[❷]、(3)これまでの活動で明らかとなった「普遍的課題」(市民、歴史研究者、行政などがともに地域の歴史資料の保全と歴史文化を継承すること)に向けた取り組み、以上の3つを課題として掲げるボランティア組織として新たにスタートを切りました。途中、2002年(平成14)には長期的な活動を支えるために組織形態を「会員制」へ移行し、2011年(平成23)からは資料保全活動に関わる情報発信の強化の一環として「登録ボランティア制度」の運用を開始しました。2021年(令和3)9月末現在、神戸史料ネットは250名を超える会員とおよそ160名の登録ボランティアを抱える組織となっています。

【活動の特徴】
文●小野塚航一・吉原大志

保全の対象としてきた歴史資料
神戸史料ネットが保全の対象としてきた歴史資料は、大きく2つに分けることができます。①被災した歴史資料、②自然災害それ自体の資料(災害資料)の2つです。①は、近世以来の古文書や、近現代に作成された文書や写真、映像など、地域やそこに住む人びとの歴史的なあゆみを記録する多様な資料群を対象としています。

また、②について、阪神・淡路大震災に関する記録資料は、震災直後から広範な市民の手によって作成され、保存されてきました。そこには、地震を体験した人びとの手記や、被災者向けの生活情報を記したビラやチラシ、被災者支援のためのボランティア団体が発行したニュースレターや、被災地の様子を撮影した映像や写真のほか、当時の状況を伝える新聞や雑誌、図書など、震災を伝えるあらゆるものを含んでいます。神戸史料ネットは、資料保存機関や被災自治体と協力しながら、これらの災害資料の収集と保存を進めてきました。こうした取り組みはその後、新潟県中越地震や東日本大震災の現場にも広がりを見せています。

全国の資料ネットとの連携
阪神・淡路大震災後、神戸史料ネットは、日本列島各地で頻発する地震や水害に際して、被災地の歴史研究者や資料保存関係者を中心としたネットワーク活動の立ち上げを支援してきました。現在では全国に約30の資料ネットがあり、それぞれが各地域固有のつながりを活かしたネットワークをつくり、それを基盤に相互協力の関係を構築しています。

2015年(平成27)には、全国の資料ネットをはじめ、各地で資料保全活動を担う人びとが集う場として「全国史料ネット研究交流集会」を兵庫県神戸市で開催しました。地域ごとの多様な資料保全活動について情報を交換し、今後の課題と可能性を展望するこの交流集会は、その後、各地で開催が続き、全国の資料ネットどうしの持続的な関係構築の機会のひとつになっています。

各地の資料ネットとの連携は、近年頻発する豪雨災害への対応に際して、重要な役割を果たしています。神戸史料ネットは、構成団体である歴史系学会を通じて全国的に募金を呼びかけ、現地活動の支援につなげるほか、活動初期の現場へ委員を派遣し、水損資料の劣化を抑えるための最低限の応急処置方法をレクチャーするなど、保全作業を軌道に乗せるための支援に取り組んできました[❸]。特に、初めて災害対応を行う資料ネットにおいては、水損資料の応急処置に関するノウハウが十分に蓄積されていない場合もあるため、こうした活動初期の段階でのレクチャーが重要な意味を持っています。

3東日本台風で水損した資料のレスキュー(2019年11月16日、栃木県佐野市).jpg
❸東日本台風で水損した資料レスキュー(栃木県佐野市、2019年11月)

こうした神戸史料ネットによる水損資料応急処置のノウハウは、兵庫県・京都府に大きな被害をおよぼした2004年(平成16)台風23号豪雨水害を機に生まれました。このときの水害対応では、紙資料の保存修復専門家からの支援を得ながら、非専門家でもできる方法を用いて、多くの学生や市民ボランティアが応急処置に取り組み、数多くの資料を保全することができました。

その方法を学ぶ場として、神戸史料ネットは、「水損資料応急処置ワークショップ」[❹]を開催しています。ここでは、水損資料の洗浄や乾燥などの応急処置について、「どこでも・誰でも・簡単に」をコンセプトに、主に日用品を用いた方法を参加者が体験する機会としています。具体的な応急処置方法を習得することよりも、学生やシニア層など、誰もが資料保全に参加することができるという考え方の共有を特に重視しています。

4愛媛資料ネットとの共催で実施したWS(2010年6月、愛媛大学).jpg
❹愛媛資料ネットとの共催で実施した水損資料応急処置ワークショップ(愛媛大学、2010年6月)

市民を主体とした資料保全活動を重視するという立場から、近年では、市民ボランティアを募っての被災資料整理活動にも力を入れています。東日本大震災で津波被害にあった岩手県大船渡市の個人所蔵資料や、2018年(平成30)台風21号で被災した大阪市内の住宅から保全した資料などを対象に、神戸史料ネットは事務局のある神戸大学を会場に、クリーニングや撮影作業を市民ボランティアとともに続けてきました[❺]。公式webサイトやSNSを通じて参加者を募ったことで、近隣地域だけではなく、遠方からの参加者も数多く見られ、高校生からシニア層まで幅広いボランティアの協力を得ています。

5岩手県大船渡市の津波被災資料整理作業のようす(2017年5月22日).jpg
❺岩手県大船渡市の津波被災資料の整理作業(神戸大学、2017年5月)

コロナ禍でのオンラインツールを活用した取り組み
しかしながら、2020年(令和2)からの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大の影響により、こうした活動は一時的に中断せざるをえませんでした。このような状況のなかで、新たにオンラインツールを活用した取り組みを始めています。以下、2つの取り組みを紹介します。

ひとつめは、web会議システムを用いて、市民ボランティアとともに進めている、資料の解読作業です。この作業では、戦時期の大阪市内で作成された家計簿を翻刻・解読しています。作業はあらかじめボランティアの方に翻刻の担当範囲を伝え、当日は翻刻を読み上げてもらい、判読が難しい箇所や疑問点などを自由に話し合う形式としています。職場での経験を活かして当時の鉄道路線図を復元する、Microsoft Office Excelを用いて出費の傾向を検討するなど、参加者の生活や経験をもとにした観点から史料を読み解いています。このように、日々の生活に関わる記載内容の資料を素材としたことによって、参加者も歴史資料をより身近なものとして感じることができるようになりました。また、もともとボランティア作業は平日夜間に行われることも少なくありませんでしたが、オンライン実施によって、作業に参加しやすい環境をつくることが可能となりました。

いまひとつは、被災資料保全に関する動画コンテンツの作成です[❻]。コロナ禍より前から、神戸史料ネットはシンポジウムの様子を中継するなど、動画配信を行ってきました。その経験も活かし、動画コンテンツの作成にあたっては、被災地での閲覧を想定して、「できるだけ尺は短く」と「ひとつの動画で伝えるトピックはひとつ」の2点を重視し、Adobe Premiere Proで動画編集を行い、YouTube公式チャンネルでの公開を予定しています。今後、現場での活用を前提とし、こうしたコンテンツの発信・利用の面において、SNSの積極的な活用も視野に入れる必要があるでしょう。

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❻資料保全に関する動画コンテンツ(神戸大学、2020年9月撮影)

日本社会においては、民間所在資料が膨大に存在しており、それは多様な担い手によってはじめて守ることができます。阪神・淡路大震災を起点とする神戸史料ネットの四半世紀を超える活動に通底する課題は、歴史研究者と市民が持続的に協力しながら、歴史資料保全と社会におけるその活用をいかに進めるかということでした。その実現のために、これからもさまざまな場所の、多くの人びとと手を取り合いながら活動を続けていきます。

【連携団体】
各地資料ネット、神戸大学大学院人文学研究科地域連携センター、歴史系学会
【活動がわかる主な文献リスト】
1●『歴史資料ネットワーク活動報告書』歴史資料ネットワーク、2002年
2●松下正和・河野未央編『水損史料を救う─風水害からの歴史資料保全─』岩田書院、2009年
3●板垣貴志・川内淳史編『阪神・淡路大震災像の形成と受容─震災資料の可能性─』岩田書院、2011年
4●奥村弘『大震災と歴史資料保存』吉川弘文館、2012年