信州資料ネット【中部】★『地域歴史文化継承ガイドブック』全文公開

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信州資料ネット

【団体情報】
設立年●2019年10月
事務局所在地●〒390-8621 信州大学人文学部日本史研究室
電話番号●0263-37-2247(山本研究室直通/オフィスアワー:水曜12:10〜13:30)
メールアドレス●eijiyam@shinshu-u.ac.jp(代表)
Twitter●https://twitter.com/shinshushiryou
Facebook●https://www.facebook.com/shinshushiryou
【活動地域】
長野県
【参加方法】
入会●上記のメールアドレスまでご連絡ください。
寄付●名称:「信州資料ネット」
ゆうちょ銀行 記号:11100 番号:42566131
他金融機関の場合 店名:一一八 店番:118 種目:普通預金 口座番号:4256613

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❶救出した大般若経の脱水・乾燥処理作業(2019年)

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❷冷凍ストッカーに保管中の古文書(2019年)

【設立の経緯】
文●山本英二

2019年(令和元)東日本台風と信州資料ネット
信州資料ネットは、2019年10月12日から13日にかけて日本列島を襲った台風19号(アジア名:ハギビス/Hagibis)、いわゆる「令和元年東日本台風」を契機として設立されました。このとき長野県では、長野市を中心に、千曲市や上田市、佐久市、須坂市、中野市、飯山市など、主に千曲川流域の市町村が甚大な災害に見舞われました。2021年(令和3)9月6日現在、県内14市町村の人的被害の状況は、死者23人(うち災害関連死21人)・重傷者14人・軽傷者136人を数え、県内35市町村の住家被害は、全壊920棟・半壊2,496棟・一部損壊3,569棟・床上浸水2棟・床下浸水1,358棟、合計8,345棟となっています。

長野市赤沼では、北陸新幹線の長野新幹線車両センターが浸水し、水没した車両10編成が廃車となりました。上田市では、市内を走る上田電鉄別所線の鉄橋が千曲川の増水により一部崩壊しました。また東御市では、千曲川の増水で護岸が削られ、重要伝統的建造物群保存地区である北国街道海野宿にある海野宿橋と駐車場の一部が崩落しました。長野市河川課によると、篠ノ井地区4ヶ所・371ha、松代地区156ha、若穂地区80ha、破堤地点の北部地区では934haの推定浸水地域が確認されています。

今回の台風では、千曲川の堤防決壊により破堤地点の信濃川水系千曲川左岸58k(長野市穂保地先)付近、長野市長沼地区に被害が集中しました。この地域は、歴史的に見ても千曲川の氾濫常習地帯でした。『豊野町誌』によると、今回の被災地周辺では1607年(慶長12)から1867年(慶応4)の262年間に計136回ものさまざまな災害に襲われています。そのほとんどが水害によるものです。なかでも1742年(寛保2)の「戌の満水」は最高水位が5mを超える大水害でしたが、2019年の東日本台風災害はこれに匹敵するものでした。

長野県の大規模災害
長野県では、過去にも何度も災害に見舞われています。1980年(昭和55)以降だけでも、①1984年(昭和59)9月14日の長野県西部地震(木曾郡王滝村)、②2011年(平成23)3月12日の長野県北部地震(上水内郡栄村)、③2014年(平成26)9月27日の御嶽山噴火(木曾郡王滝村)、④2014年11月22日の長野県神城断層地震(北安曇郡白馬村他)といった大規模災害が発生しています。①は文化財レスキューが始まる以前のことですし、③では文化財に関わる被害は確認されていません。②と④は、被害が局所的であったこともあり、被災地に関係する人びとや団体によって文化財の救出・保全活動がおこなわれました。これは地域史研究が盛んな長野県ならでは特徴ですが、それと同時に長野県全体をフォローする文化財レスキュー体制が構築されていない限界を示すものでした。

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❸保全作業風景(2019年)

ところで地震によって被災した文化財は、罹災証明の発行から被災家屋の公的解体までには若干の時間的猶予があります。ですが今回の堤防決壊により水損した文化財、特に紙資料については、冷凍保管や防カビ処理などの救出後の保全作業を可及的速やかにおこなう必要があります。東日本台風災害では、長野市立博物館の原田和彦さんの呼びかけにより、同館および新潟歴史資料救済ネットワーク、神戸にある歴史資料ネットワークが中心となって、2019年10月21日に最初の救出作業がおこなわれました。そして翌日の10月22日付けで、長野市立博物館・信州大学人文学部・松本大学・長野県立歴史館の有志によって、民間団体(人格なき社団)として信州資料ネットが緊急に立ち上げられました。

【活動の特徴】
文●山本英二

信州資料ネットの活動
信州資料ネットは、長野県を拠点に、被災した歴史資料などの文化財の救出と保全を通じて、構成員の相互の交流と歴史資料学の発展とを期することを目的に結成されました。主な活動事業としては、被災歴史資料の救出活動と保全活動を想定しています。また構成員は、長野県内の大学・博物館・文書館の教職員や大学の在学生・卒業生、大学院の在学生・修了生、資料レスキューに関心を持つ者、信州資料ネットの趣旨に賛同する者を対象に考えています。

信州資料ネットの「信州」は、県名の「長野」ではなく旧国名の信濃国=信州に由来し、将来的には長野市や松本市などといった特定の市町村や地域に限定することなく、全県的に広く活動できることを念頭に置いていることによるものです。また信州「史料」ではなく信州「資料」としたのは、今回の東日本台風災害では、仏像や経典・聖教、美術品など、古文書以外の文化財を救出・保全したことから、狭義の史料(historical material)ではなく非文字資料を含む資料(source)の意味から、広く「信州資料ネット」としています。

2020年(令和2)3月時点で、寺院・個人・区有の文化財16件、資料およそ数千点を救出し、救出した資料の保全作業は、主に長野市立博物館において実施されています。同館における救出・保全活動には、全国の博物館学芸員・大学教職員・大学院生・学部生・地元を中心とした市民ボランティアなど、さまざまな人びとが加わっています。また市民ボランティアは、もともと長野市博の活動に参加していたボランティアの皆さんが中心となって活動しています。この市民参加の多さは、なによりも地域史研究が盛んな長野県の地域性を反映したものです。長野市博では、メーリングリスト「ながはく文化財保存グループ」を活用して、資料の保全・安定化のための情報共有や保全活動参加者募集をおこなっています。救出・保全活動は、2019年10~11月はほぼ毎日、同年12月以降は毎週3日おこなわれました。現在は、新型コロナウイルスの影響もあって、週末を中心に活動しています。

信州資料ネットと文化財レスキュー
また事務局が置かれている信州大学人文学部でも、救出資料の一部を保管し、目録整理作業を進めています。またレスキューに必要となる吸水ペーパーや消毒用エタノールなどの物品の保管場所として空き研究室の提供を受けています。

長野県教育委員会文化財・生涯学習課では現在、長野県レスキューガイドラインを策定し、長野県内の文化財が被災したときの対応や平時における文化財防災計画についての体制構築が進められています。長野県は全国第4位と県域面積が広く、南北が約212㎞もあります。加えて冷涼な気候もあって、近世以降の膨大な古文書が残されています。こうした古文書類は未指定文化財と呼ばれますが、未指定文化財に関する情報収集と共有がレスキュー活動には欠かせません。さらに長野県内の各博物館や美術館、文書館などの諸機関や各地域史研究団体などとも情報共有と連携が必要となります。

信州資料ネットは、2019年10月の東日本台風災害の千曲川破堤によって発生した水損資料のレスキューとその保全活動のために緊急に立ち上げられた民間団体です。現在は事務局のみで構成されています。今後は信州資料ネットへの参加者を拡大し、さまざまな災害に備えて、全県的に活動できる体制を構築する必要があります。皆さまの参加をお待ちしています。

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❹掛軸の保全作業(2019年)

【連携団体】
信州大学人文学部、長野市立博物館
【活動がわかる主な文献リスト】
1●長野市立博物館『長野市立博物館紀要(人文系)』21、令和元年東日本台風特集、2020年3月
2●山本英二「2019年台風19号豪雨災害と信州資料ネット」、日本歴史学協会『日本歴史学協会年報』36、2021年3月
3●原田和彦「21世紀の災害と歴史資料・文化遺産(2)─台風19号被害の文化財レスキューと信州資料ネット」『歴史評論』856、2021年8月