地域と資料保存(天野真志)★『地域歴史文化継承ガイドブック』全文公開

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地域と資料保存
文●天野真志



1."資料"を保存すること

資料保存という取り組み
資料保存と聞いてどのような取り組みを想像するだろうか。博物館や図書館、文書館などを拠点とした収蔵品の管理をイメージする方もいるだろうし、もしかしたら国宝や重要文化財など、いわゆる「文化財」の修理を想起することもあるかもしれない。資料保存という言葉は様々な場面で用いられており、専門分野や立場の違いによってその具体的な取り組み方は異なってくる。ただし、ある分野や空間でなんらかの価値を見出したモノを"資料"と捉え、それらを伝えるための行動という共通点は指摘できる。その意味で資料保存とは、ある価値観を共有する人びとや団体が"資料"たるモノを見出し、それらの継承を目指した活動の総体、ととらえることができるだろう。

それでは、地域をテーマとして資料保存を考える場合、いかなるモノを"資料"として見出すことができるだろうか。まず想定されるのは、その地域の成り立ちや特徴を示すモノである。村や町など人びとが生活する場がいつ、どのような経緯で形成され、現在に至るのか。その空間ではどのような生活が営まれ、いかなるものごとを経験してきたのか。時間を重ねるなかで地域が経験したものごとは、記憶として語り継がれるとともに記録としても残されてきた。また、かつて営まれた生活は、道具類を通して想起され、地域で醸成された文化や信仰は、美術品などによって伝えられている。これらのいくつかは博物館等に収蔵され、展示品として観賞されているが、多くのものは現在も個人宅など地域に伝来している。これまでも多様かつ膨大に残されるモノに地域の歴史文化を伝える意義を見出し、それらを"資料"として後世に伝える活動が展開している。すなわち、地域における資料保存とは、そこに生活する人びとと対話し、残された多くのモノを観察するなかで、地域の歴史文化を伝える"資料"を発見し、後世に伝える取り組みといえよう。

危機から資料を守る
近年の資料保存で特徴的なのは、自然災害からの救出を目的とした活動の展開である。地震や津波、豪雨、台風など、多発する自然災害は、各地に残された多様な資料の存続にも深刻な危機をおよぼしている。たとえば、地震の発生にともない家屋が倒壊すると、そこに伝来した資料も行き場を失い、消失の危機に直面する。また、豪雨や台風などによって浸水被害が生じると、水濡れ被害を受けた資料はカビの発生や腐敗といった深刻なリスクを抱えてしまう。そこで、被災した地域の資料を救い出し、再び地域の歴史文化を伝えるものとして保存する取り組みが被災各地で進められている。

歴史文化に関わる資料を災害から守る取り組みは、世界各地で多くの事例が蓄積され、長年にわたる技術検証や組織整備など日本の資料保存にも影響を与えている。日本のなかで災害対策として資料保存の必要性が強く意識されたのは、1995年(平成7)阪神・淡路大震災が大きな契機である。その後、全国各地で大規模な地震や台風被害を経験し、災害対策を想定した資料保存のあり方が幅広く議論される。特に2011年(平成23)東日本大震災以降、資料の災害対策に関する議論は専門分野を超えて展開する。続発する自然災害への対応として各地での取り組みが進展するなかで、地域における資料保存の活動には、いくつかの課題が表出している[❶]。

写真1 東日本大震災時のレスキュー.jpg
❶東日本大震災時におけるレスキュー活動(宮城県亘理町、2011年6月29日、筆者撮影)

まず、救済すべき"資料"の多様化である。「レスキュー」と総称される取り組みでは、被災地に所在する資料の救済が目指されるが、救済の対象となる"資料"とは何か、という課題は常に議論されている。たとえば阪神・淡路大震災時、被災地域の資料救出を行うため、文化庁の呼びかけにより「阪神・淡路大震災被災文化財等救援委員会」が博物館や美術館、文化財保護関係団体によって組織された。「文化財レスキュー」と呼ばれたこの取り組みでは、主に国や自治体が指定した文化財や寺社などに所蔵される資料を中心に救済が進められる一方で、活動の過程で人知れず地域に伝えられる膨大な資料の存在とそれらの危機が指摘された〔文化財保存修復学会編1999〕。とりわけ、地域の成り立ちや出来事を伝える文書資料や人びとの生活を示す民具など、文化財行政単独では網羅的に把握しきれない個人所蔵資料への対応が課題となり、やがて地域に残された多様なモノを"資料"として把握し、地域の歴史文化として守り伝える取り組みが広がっていく。

次に、救出した資料をどの段階まで対応するのかという課題である。「レスキュー」という言葉からは、資料を危機的な状況から救い出すことが想定される。しかし、安全な場所へ資料を運び出すだけでは活動が完結しない事態も各地で起こっている。東日本大震災時に発生した大規模な津波被害は、東日本の太平洋沖沿岸各地で資料の存続に関して深刻な危機をもたらした。また、各地で多発する台風・豪雨でも、水濡れ被害によって急速な腐敗や劣化の進行が予想された[❷]。安全な場所での一時保管を行うまでを「レスキュー」と想定した場合、水濡れなど物理的な被害を受けた資料の「レスキュー」は、搬出をはじめとする緊急的な対応にとどまらず、一時保管が可能となる状態に導くための応急的な対応も求められる。すなわち、資料の乾燥から汚損物を除去するクリーニング、場合によっては簡易的な修理も想定した一連の対応が必要となる。地域に伝わる資料を対象とした資料保存では、災害時に資料を救い出すための技術的検討や実践が進められ、資料に関わるさまざまな専門的知見をふまえた方法論が模索されている[❸]。

写真2 津波被害を受けた古文書(2013年7月16日筆者撮影).jpg
❷津波被害を受けた古文書(2013年7月16日、筆者撮影)

図 災害対策として求められる段階的対応と「レスキュー」.jpg
❸災害対策として求められる資料保存のイメージと「レスキュー」の位置


2.多様な"資料"を見出す取り組み

地域に伝来する資料と向き合う
地域にどのような資料が伝えられているのかを把握するには、各地域での調査が不可欠となる。これまでも歴史学や民俗学などの研究活動によって地域調査が行われ、地域住民からの聞き取りや資料の分析を通した地域研究が広く行われているが、近年では研究活用を前提とした調査だけでなく、資料の保存を第一義的な目的とした調査活動が注目される。そこで進められるのは、主に災害などの非常事態に備えた資料の所在把握であり、悉皆調査と呼ばれる網羅的な所在確認作業である。これらの取り組みは、阪神・淡路大震災以降、大分県や和歌山県、埼玉県など、主に文書館が中心となって実施され、地域に伝わる古文書など記録資料の把握が目指された。

こうした動向と並行して、各地域を拠点とした資料保存として、「資料ネット」と総称される取り組みが注目されている。「資料ネット」という活動は、阪神・淡路大震災時に兵庫県で設立された「歴史資料ネットワーク」を端緒とし、地域との対話を通して多様な資料を見出し、それらの保存・継承を進める取り組みである。「資料ネット」と呼ばれる取り組みについては、第2部で詳しく紹介する。

それでは、地域の歴史文化を伝える"資料"とは、いかなるモノが想定されているのだろうか。まず手かがりとして災害時における救済対象から確認してみよう。2011年東日本大震災時、文化庁は被災地における「文化財レスキュー」を掲げて「東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援委員会」を設置したが、同事業で救済の対象として想定されたのは次の通りであった。

3 事業の対象物
国・地方の指定等の有無を問わず、当面、絵画、彫刻、工芸品、書跡、典籍、古文書、考古資料、歴史資料、有形民俗文化財等の動産文化財及び美術品を中心とする。
(平成23年3月30日文化庁次長決定「東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援事業(文化財レスキュー事業)実施要項」https://www.bunka.go.jp/earthquake/rescue/pdf/bunkazai_rescue_jigyo_ver04.pdf

ここで対象とされたのは、文化財保護法で「有形文化財」および「民俗文化財」と定義されたものが中心であるが、注目しておきたいのは、冒頭に「国・地方の指定等の有無を問わず」と明記されている点である。すなわち、国宝や重要文化財、または自治体によって指定された文化財に限定せず、被災地に伝わる多様なモノを「文化財等」として救済の対象に加えることが明示されている。ここでの対象を解釈するなら、国もしくは地域にとっての歴史的・文化的意義が確認された有形物は、基本的にあらゆるモノが救済の対象となり得る。実際、同事業では多様な構成団体が連携して救済活動を展開したが、その過程で通常であれば「文化財」として認知されないであろう多くのモノが救済されていった。

その象徴として挙げられるのが、個人や地域の記憶に関わるモノである。東日本大震災時、津波被害を受けた地域では、ガレキで埋め尽くされた空間から地域や家、個人に関わるモノが当事者だけでなく、ボランティア等の手によって救い出されていった。「思い出の品」と呼ばれたこうしたモノの救出は、必ずしも「文化財レスキュー」の主眼とされたわけではない。それでも、被災した個人宅などでの救済活動が進められるなかで、古文書や民具、美術資料とともにこれらの品が見出され、地域や家の履歴を構成するモノとして、"資料"とともに救済されていった。被災現場における活動では、限られた時間のなかで地域や家の歴史文化を伝える"資料"を、より多く救済することが求められる。そのため、歴史文化に関わり得る要素が少しでも確認されたモノは救済の対象とされる傾向にあり、結果として通常であれば意識されることのない多くのモノが"資料"として見出されようとしている。

新たな"資料"の発見
"資料"をめぐる範囲の拡大は、災害対応のみならず、日常的な社会観察からも行われる。時間の経過とともに"資料"に対する認識は変容する。古文書といえば一般的には江戸時代以前の記録が想定されるが、過去を伝える記録は前近代に限定されない。一例を挙げると、かつて戦争体験はあらゆる人びとが共有した記憶であった。しかし、戦後生まれ世代が大半を占める現在、戦争時の社会状況や地域変容を理解するためには、語り継ぎだけでなく記録やモノを介した記憶の継承が必要となる。そのため、戦争を経験した人びとの日記や手紙といった諸記録や、当時使用された道具なども重要な"資料"として認知されるようになる。同様の観点から、近年では地域の学校運営に関する諸記録や戦後の社会運動関係資料なども、地域の歴史を物語る資料として調査・保存されている。地域で生活する人びとと対話するなかで、さまざまな記録やモノが"資料"として見出され、地域の履歴として位置づけられつつある。

また、大規模な自然災害を始め非日常的な事態に遭遇した経験を歴史的事件ととらえ、その経過を後世に伝えようとする取り組みもさかんに行われている。「震災資料」、「災害資料」、「震災遺産」などと呼ばれるこれらの資料は、阪神・淡路大震災を直接の契機として各地で収集・保存活動が行われている。震災の記憶を伝えるモノとして保存される"資料"は多岐にわたるが、ここでは福島県における取り組みを紹介しておきたい。福島県浜通り地域は、地震・津波に加えて原発事故の影響により地域そのものが存続の危機に直面するなか、災害経験を継承する取り組みを行っていく。福島県立博物館が中心となって進められた活動は、震災によって現出した状況を「ふくしまの経験」ととらえ、その記憶を"資料"として継承するものである〔ふくしま震災遺産保全プロジェクト2017〕。福島県の取り組みで特徴的なのは、収集された多様なモノに博物館資料としての意義を見出していることである。福島県立博物館の内山大介は、博物館活動としてこうした資料の収集・保存を位置づけ、震災前までに蓄積した地域の歴史文化と災害経験とを連続的にとらえることの重要性を指摘している〔内山2019〕。この取り組みは、博物館という地域の歴史文化を展示する空間に震災の記憶を伝える多様なモノを取り込み、福島が経験した歴史として位置づける営為ともとらえられる。その過程で福島県では各地で多様なモノが地域の歴史を伝える資料として見出され、博物館資料として保存されている。

その中でも特徴的な活動を続けているのが、福島県富岡町である。福島県浜通り地域の中央部に位置する富岡町は、原発事故の影響で2011年3月12日に全町民が地域からの退避を余儀なくされるなか、残された地域の記憶を保存・継承する活動を展開する。2014年(平成26)より富岡町役場内の有志によって進められた活動では、町内に残された古文書や写真、民具などが精力的に調査・保存され、あわせて複合災害の経験を伝えるための多様な資料が、町民への聞き取りとともに収集されていった。いわば地域の歴史を構成する一つとして震災経験が位置づけられ、それらを象徴するモノが資料として保存されていった〔門馬2021、徳竹2018〕。富岡町の取り組みは、やがて災害経験も含めて富岡の成り立ちを守り伝える活動へと発展し、2021年(令和3)7月には富岡町をアーカイブする拠点として「とみおかアーカイブ・ミュージアム」がオープンした。地域の経験を伝えるモノとして多様な資料を見出し、それらを通して地域住民を始めとする多くの人びとに伝えるこうした取り組みは、複眼的な視点で地域を観察し、地域にとっての歴史や文化をとらえ直す営為でもある。そこで見出された多様なモノは、地域資料として認知され、地域の歴史経過を見つめ直し、未来を考える基盤として重視されていくものとなるだろう[❹]。

写真3 地震や津波、原発事故の影響で針が止まった時計の収集・展示(とみおかアーカイブ・ミュージアム).jpg
❹地震や津波、原発事故の影響で針が止まった時計の収集(福島県富岡町、とみおかアーカイブ・ミュージアム提供)

3.資料保存の実務

資料保存を支える技術と考え方
地域における資料保存では、それぞれの地域が蓄積する歴史や文化の特性に応じて"資料"が見出され、それらを通した歴史文化像の検討・発信が行われている。歴史学や民俗学などの調査では、資料に含まれる歴史文化情報を検討し、そこから地域の歴史文化像を導き出すことが行われるが、「資料を残す」という行為に注目すると、そこではどのような技術や考え方が用いられるのだろうか。

地域に伝わる資料の調査を行った際、虫や鼠などに荒らされた資料が頻繁に確認され、保存環境によってはカビが発生していることもある。博物館のように温湿度が管理され、免震や生物被害対策が施されている環境とは違い、個人宅や蔵などで保管される資料は、劣化や破損の危険に晒されやすい。特に、台風・豪雨によって水濡れ被害を受けると、資料の状態は急速に悪化してしまう。こうした資料を危機から救い出すために、資料から劣化の要因となるリスクを取り除く技術が求められる。

資料を適切な状態で保存・継承するためには、資料の素材に応じた対応が必要となるが、共通する考え方として、予防的措置を重視する点が指摘できる。たとえば紙資料の保存を専門とする木部徹は、「資料保存の基本は、治すことよりも防ぐこと」と、予防的措置の重要性を指摘し、「治療よりも予防を先行させる。資料が劣化・損傷しないようにする対処こそ、まっさきに行わねばならない保存対策」であると、劣化の抑制対策を重視した資料保存のあり方を提起する〔木部1995〕。この点は、博物館等収蔵機関に保管される資料に限定されず、個人宅など地域に伝来する資料に対しても同様であろう。

一方、災害などによる突発的な被害を受けた資料に対しては、緊急的な対応が不可欠となる。先に掲げた図のように、災害時における資料の「レスキュー」を緊急対応と応急対応の2段階に分類した場合、緊急対応として取り組むべき課題は、水濡れなど急速な劣化が懸念されるリスクを除去する作業である。小規模であればその場で乾燥作業を行うことが可能であるが、膨大な資料が被災した場合、古文書など紙製品については冷凍庫を確保して一時的に冷凍措置を行うなど、資料の延命措置を施すことが重要となる[❺・❻]。

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❺・❻2018年に発生した西日本豪雨時、広島県立文書館では救出した水濡れ資料のうち大部分を一時的に冷凍保管した上で解凍しながら乾燥作業を実施した(広島県立文書館、2018年12月10日、吉原大志氏撮影)

応急処置の段階では、一時保管を想定した資料のクリーニングがテーマとなる。その際留意すべきは、資料の状態観察とともに作業者の健康管理である。被災地から救出した資料には、多くの汚損物が付着しており、場合によっては作業者の健康被害をもたらしかねない。そのため作業に際しては、カビの胞子を吸引しないような性能のマスクを着用し、なるべく素手で資料を取り扱わないよう対策を講じることが必要である。なお、紙資料の汚れを除去するためのクリーニングについては、島田要「資料に付着した汚れやカビのドライ・クリーニング」(『文化財の虫菌害』69、2015年)が具体的な方法や留意点を詳述しているので、参考にされたい。

応急対応に至る一連の作業で課題となるのは、処置を施す程度であろう。災害現場では、多くの場合が保存や修理といった専門的技術を習得していない人びとが作業の主体となる。その場合、どのような専門家と相談し、どこまでを目標として作業すべきかを判断することが必要となるが、対象となる資料の規模や状態、作業場所の環境などによってその基準は一様ではない。ただし、緊急対応として水濡れなどに起因する急速な劣化を回避し(乾燥作業)、応急対応でカビや泥汚れなどのリスクを取り除くことで(クリーニング)、資料が直面する危機的な状況はひとまず脱することができる。その上で、臭気や破損など長期保存において課題となる点を検討することが理想的であろう。近年では、地域を拠点に活動するボランティアと専門家をつなぐワークショップが各地で開催され、現場対応を想定した作業訓練や行動シミュレーションの検討が実施されている。地域資料をどのようなかたちで残すべきか、分野を超えた総合的な議論を通して地域それぞれの実情に沿った資料保存のあり方を検討・実践することが、近年の地域を基盤とした資料保存では模索されている。

資料保存のネットワーク
以上のように、資料保存という取り組みは、地域を構成する多様な価値観やそれに基づく事物を多角的に観察し、歴史文化を伝える膨大なモノを"資料"として見出す営為の総体としてとらえることができる。その意味で資料保存とは、歴史学や民俗学、美術史、考古学、保存科学など、資料を保存・継承するために必要となるさまざまな専門領域が複合的に関わり合う地域実践の場として位置づけることも可能であろう。また、地域を基盤に展開する近年の資料保存では、単に資料として見出されたモノを保存するにとどまらず、地域住民との対話や協業を通して地域にとっての歴史文化を見つめ合う取り組みが進展し、その過程で地域にとっての"資料"が継承されている〔白水2015、荒武・高橋編2019など〕。

加えて、最近の資料保存をとりまく特徴として、デジタル技術を用いたデータの蓄積と活用が挙げられる。デジタル技術の普及は、人びとの生活や地域の履歴を容易に記録することを可能にした。デジタルデータとして画像や動画、音声が膨大に蓄積され、かつては想像もできなかったほどの地域情報がデジタルの"資料"として日々増幅している。これからの資料保存では、これまでに蓄積された膨大なモノだけでなく、取り組みの過程で生成されるデジタルデータを地域情報としていかに保存・活用していくかが問われている。

こうしたさまざまな課題を抱えた地域の資料保存を進めていくために模索されているのが、ネットワークの構築である。特に大規模な自然災害が多発する近年は、被災地を多方面から支援するための広域ネットワークを構築する取り組みが進展している。象徴的な取り組みが、「文化財防災センター」の設立である。2020年(令和2)10月1日に独立行政法人国立文化財機構に設置された同センターは、東日本大震災以降進められた全国規模による広域ネットワークの取り組みを継承し、歴史文化に関わる多様な団体との連携を通した防災体制を指向する〔高妻2020〕。多様な専門家や地域の担い手を網羅的に取り結び、あらゆる方面から地域の資料保存を支援・検討するネットワークは、国や自治体単位から個人レベルまで重層的に広がりつつある。これらのネットワークを通して相互連携が促進され、地域に残された膨大な資料の保存・継承に向けた新たな展開が期待されている。

参考文献
荒武賢一朗・高橋陽一編『古文書がつなぐ人と地域 これからの歴史資料保全活動』東北大学出版会、2019年
内山大介「震災・原発被災と日常/非日常の博物館活動」『国立歴史民俗博物館研究報告』214、2019年
奥村弘編『歴史文化を大災害から守る』東京大学出版会、2014年
木部徹「紙資料の保存修復技術」、国立国会図書館編『コンサベーションの現在』日本図書館協会、1995年
高妻洋成「文化財防災の現状と課題」『文化財の虫菌害』80、2020年
島田要「資料に付着した汚れやカビのドライ・クリーニング」『文化財の虫菌害』69、2015年
白水智『古文書はいかに歴史を描くのか フィールドワークがつなぐ過去と未来』NHK出版、2015年
徳竹剛「地域資料の継承と歴史意識」『行政社会論集』31-2、2018年
門馬健「「記憶資料」の保全活動」『BIOCITY』86、2021年
『ふくしま震災遺産保全プロジェクト これまでの活動報告』、ふくしま震災遺産保全プロジェクト実行委員会、2017年 https://general-museum.fcs.ed.jp/wysiwyg/file/download/1/337(最終閲覧日:2021年9月24日)
文化財保存修復学会編『文化財は守れるのか?「阪神・淡路大震災の検証」』クバプロ、1999年
天野真志「歴史文化資料の保存・継承に向けた課題と可能性」、国立歴史民俗博物館編『Integrated Studies of Cultural and Research Resources』ミシガン大学出版会fulcrum、2019年
天野真志「資料保存をとりまくネットワーク」『カレントアウェアネス』347、2021年
天野真志「災害経験をめぐる記憶の行方」『歴史学研究』1005、2021年

☞ さらに深く知りたいときは

①神戸大学大学院人文学研究科地域連携センター編『「地域歴史遺産」の可能性』岩田書院、2013年
地域に伝わる多様な資料を地域とともに残し伝えることで、資料の保存だけでなく、地域における継承の担い手を見出し、新たな歴史文化を形成する基盤形成へとつながっていくことを複眼的に論じており、地域の資料保存を行うことの可能性について学ぶことができる。

②日高真吾『災害と文化財─ある文化財科学者の視点から─』千里文化財団、2015年
災害時における「レスキュー」とは何か、一連の取り組みで表出する技術的・組織的課題を通して展望が示されたものである。民俗文化財の保存・修復を専門とする著者が、文化財科学者としての立場から論じた本書は、今後の資料保存を考える上で指針となる多くの問題提起を含んでいる。

③加藤幸治『復興キュレーション─語りのオーナーシップで作り伝える"くじらまち"』社会評論社、2017年
東日本大震災で甚大な被害を受けた民具を地域の文化としていかに復旧させていくのか。被災民具を通して地域との対話を続けた著者の経験から提起された本書は、被災した資料を被災地にとってどのような存在として伝えていくことができるのかを考える手がかりとなる。

④西村慎太郎・泉田邦彦編『大字誌両竹』1・2・3、蕃山房、2019・2020・2021年
福島県浪江町と双葉町にまたがる両竹地区を舞台として、地震や津波、原子力災害の影響で消滅の危機に瀕する地域の歴史文化を再発見し、未来の地域を展望する取り組みである。2人の編者によって進められる本企画は、全10巻の刊行が予定されており、地域の歴史文化は誰がどのように伝えていくのかを考えさせるプロジェクトである。