紙製地域資料を遺す技術─手当てとその考え方─(山口悟史)★『地域歴史文化継承ガイドブック』全文公開

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紙製地域資料を遺す技術
─手当てとその考え方─
文●山口悟史 

はじめに

紙製の地域歴史文化資料といってまず思い浮かべるのは、近世史料の地方文書(以下、地域資料)ではないだろうか。地域資料は個人所有で住宅内や土蔵に収められていることが多く、その環境は決してよいとはいえない。そのため、虫損、水損、カビなどの影響を受けて損傷・劣化した資料をよく目にする。このままでは利用や保存に支障をきたすため、適切な対処が必要となる。

歴史研究者がよく行う資料調査は整理・目録化が主作業で、修理や保存までは考慮されていない。損傷・劣化した地域資料への望ましい対応としては専門技術を持つ修理技術者(指定文化財を修理できる技術者や町の表具師)に修理依頼をすることだが、地域資料特有の量、資金不足、個人所有の難しさなどの問題があって思うように進んでいない。また、指定文化財を修理する技術者は地域資料を含む未指定文化財にまで手が回らない状態である。

その現状を鑑み、地域資料を遺していくためには、歴史研究者や文化財取り扱い従事者をはじめとした非技術者が積極的に修理や保存に関与する必要がある。具体的には、修理技術者の本格的な処置に委ねる前、もしくはそこまでの処置は求めない場合に有効な手段である「手当て」について学び、実践していくことである。

本章は「手当て」を中心に話を進めながら、修理と手当の違いを整理し、地域資料を継承する上で有効な知識・技術を身に付ける手助けになることを目的とする。

まず、本題に入る前に、地域資料を修理する上での基本原則を確認しておきたい。

①原形保存の原則→原形をできる限り変更せず、必要最小限の処置を施す。
②安全性の原則 →安全で安定した道具、材料、処置方法を選択する。
③可逆性の原則 →いつでも修理前の状態に戻せる材料や処置を選択する。
④記録の原則  →保存上、その秩序や原形を変更する場合は、元の状態を詳細に記録する。また、修理作業の記録も作成する。

この原則を常に念頭において作業を行う。手当ても同様の考えのもと、処置を施していく。

1.地域資料を修理するとは

一般的に修理というと、裏打ちや繕いといった技術をイメージすることが多いが、実際は以下の工程を総称して「修理」と呼ぶ。正確には保存を含むので「保存修理」と称するのが妥当であろう。修理は研究や展示への活用を意識することも必要で、修理品を利用せずに収蔵しておくだけ(死蔵)では修理を施した意味がないことは自明の理である。工程は資料の状態によって順番や処置が変わるので、その都度適切に対応していくが、そうしたなかでも共通する認識や基本的な方法、考え方は存在するので以下で紹介する。

①調査...いわゆる目録情報のほか、材質、形状、損傷具合などを把握し、修理方針の決定、補修紙の作成・選別、仕立て方法の検討などを行う。
②解体...巻子装などの装丁を解装し、本紙一枚の状態にする。冊子で紙数の多いものは錯簡しないように番号札を付けるなどして対応する。
③修理前処置...旧裏打紙の除去、ドライクリーニング、水によるクリーニング、滲み止め、補修紙や裏打紙の選択、紙染めなど、必要に応じた処置をする。
④技術処置...裏打ち(裏面に新しい和紙を貼る)、繕い(欠損部の形に喰い裂いて形取った補修紙をはめ込む)、リーフキャスティング(機械による欠損部穴埋め処理。その応用方法もある)が主な技術である[❶・❷]。

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⑤仕立て...基本は元の装丁に戻すが、状態や仕様によっては逆に資料を傷めることになる場合は形態を変更することがある(例:一枚ものが貼られていた巻子装を一枚ものだけの保存形態にする)。
⑥保存...収蔵場所・環境に適した保存方法(保存容器など)を考える。合わせて、修理後の状態調査を行い、修理記録を作成して資料とともに遺す。

以上のように、修理は装丁の解体を伴うことから分かる通り、資料全体にかかる処置といえる。逆に手当ては装丁を崩さないで行う部分的な処置が多い。つまり、修理は全体、手当ては部分という違いが見いだせる。しかし、1点に集中して資料を処置することはどちらも同じである。

2.地域資料の手当て

手当てのうち、ドライクリーニング・虫糞の除去・カビの除去・皺、折れ伸ばし・クリップの除去・ホッチキスの除去・セロハンテープの除去・輪ゴムの除去については、紙幅の関係上、先学に譲り〔参考文献参照〕、ここでは糊(修理技術者が用いる小麦澱粉糊)や和紙(主に楮紙)を用いる手当てに限定して話を進める。
なお、手当てで使用する道具に関しては❸に、糊の濃度は❹に示したので参考にしてほしい。

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❸道具(ネガフィルム・ピンセット・ヘラ・筆)

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綴じ直し(紙捻綴・糸綴)
紙捻や糸が切れているときは綴じ直す必要がある。市販されている紙捻は長さや太さが統一されていて調整が効かないので、和紙で自作するほうがよい[❺]。
紙捻綴は小間結び・蝶結び・大福帳結びなど様々な結び方があり、結び目(裏表紙側)は中央や綴じ穴の上にくることがあるので、事前に確認しておく[❻・❼]。

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糸綴は紙捻で中綴じしていることが多いので、それが切れていない限りは資料が散逸する可能性は低い。綴じ直すときは糸の太さや色、材質、綴じ方(四つ目綴や康煕綴など)を調べておく[❽・❾]。
なお、四つ目綴は参考文献にある中藤靖之の著書を参照されたい。

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付箋貼り直し
付箋の状況は、しっかり付いている、剝がれそうになっている、剝がれてしまい冊子などのノド部分に挟まっている、剝がれて別置してあるなど様々で、特に剝がれている場合、必ずしもその頁、その資料のものとは限らないので注意する。
貼る位置は内容や本紙の糊跡、虫損があればその形から特定する[❿]。位置がわからない場合は無理に貼らず和紙などで包み、所在を明記して別置したほうが無難である。付箋に破損があれば、その部分は補修しておくとよい[⓫・⓬。後述の簡易補修を参照]。

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❿付箋貼り直し前

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糊は濃いと硬くなり、薄いと水染みができやすいので、マヨネーズ状の濃さのものを薄く塗布することを心掛ける。糊は平筆や小筆で付箋側に付けるが、天側のみ、天地両側、四方周囲、全面と色々な糊付け方があるので糊跡を確認する[⓭・⓮]。
貼り付けた後は該当箇所を上下から不織布(ポリエステル)、吸取紙(和紙でも可)、板もしくは定規で挟み、上に重石(文鎮など)をのせて圧力をかけて乾かす[⓯]。

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⓭付箋糊付け(天側のみ)

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⓮付箋貼り直し

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題箋貼り直し
題箋が部分的に剝がれていた場合は、接着している他の部分も剝がれるかヘラで確認を行うが、題箋が破損する恐れがあるので無理に行わない[⓰]。

題箋が完全に剝がれた場合、糊付けは題箋の裏面全体に濃厚ソース状の糊を付ける方法と、題箋の周囲にマヨネーズ状の糊を付ける方法の二通りある。前者は主に冊子などの折り曲げが少ない資料に、後者は巻子装などの折り曲げがある資料に適している[⓱]。

部分的にしか剝がれない場合は、マヨネーズ状の糊を小筆やネガフィルム、クリアファイルなどを用いて、隙間に差し入れて糊付けする[⓲]。

貼り付けた後は表表紙側から不織布、吸取紙、定規、重石の順に置いて乾燥させる[⓳・⓴]。乾燥と接着具合を確認し、剝がれていれば再度糊を入れる。

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包み表紙直し
地域資料の冊子には、紙捻で綴じた後、背全体、天地もしくは背の中央を和紙で包む形態の資料がある。天や地を包む部分は消失したり、表(裏)側だけ外れたりしていることが多い[21]。仮にこの部分がなかったとしても、紙捻が結ばれていれば散逸の恐れはないが、修理原則に基づき、包み部分が剝がれていれば貼り直し、完全に欠失している場合は和紙で新調する。部分的な欠失は新しい和紙を継ぎ足す必要がある。

天や地を包む和紙は、表もしくは裏の表紙面と接する部分に糊付けする。糊付けの位置や幅は本紙の糊跡を確認する。特に包みで覆われていた部分とそれ以外とでは埃などの影響で色差ができやすく判別しやすい[22・23]。

糊は濃厚ソース状のものを小筆や平筆で付け、貼り付け後は題箋と同じように乾燥させる。背全体を包む方法は後掲の中藤靖之の著書が詳しい。

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継ぎ直し
継紙などの継ぎ目が部分的に剥がれている場合、まだ剝がれていない部分にヘラや水気を用いて無理のない範囲で剥がす作業を試みる。継ぎ目は完全に剥がれていた方が、継ぎ直した時のバランスがよい。水気を用いる場合は、大量の水分が本紙に入らないように注意する。継紙は右側の和紙が上に、左側の和紙が下になって重なっているので間違わないようにする。

本来の糊付けは継ぎ目部分を重ねずらして刷毛で二紙とも一度に糊付けするが、一紙ずつ糊付けしても問題ない。手当てであれば刷毛ではなく平筆を使用して構わない。

糊はマヨネーズ状に調整し、糊がはみ出さないように注意して薄く糊付けする。はみ出しが心配な場合は下敷きやフィルムシートを糊代に沿って本紙側に置くと防ぐことができる[24]。糊付けや貼り直す際にはその部分に近い位置に定規と文鎮を置いて本紙が動かないように固定する。

継ぎ方は、継目上の表面や裏面に文字や花押、判があればその形とおりに継ぐ[25]。もし継目上に文字などがなかった場合は、糊跡や虫損のパターンから判断する。それでも判断できない場合は基本幅の3mmから4.5mm幅で継ぐ。継いだ後は外れないようにヘラや爪、定規などで圧着させ、継ぎ目部分を表裏両面から不織布と吸取紙で挟み、さらに板で挟んで重石をのせて乾燥させる。

継ぎ目の剥がれが一部分のみの場合は、題箋と同様に小筆やネガフィルムなどを用いて糊を付ける。

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破片の仮止め
冊子や一枚ものを展開していく過程で、本体とつながっていない破片や虫糞や唾液で固められた破片の塊に遭遇する。その場合、紛失を防ぐために破片と本体を短冊状の小和紙片で仮につなぎ止める必要がある[26・27]。破片に文字が書かれていることが多く、位置を特定し正確に仮止めするには文字面(表面)に施す。むしろ、その方が繕い(もしくは裏打ち)で処置した後に小和紙片を除去しやすい。破片の塊は一枚ずつ剝がすことになるが、何丁にも行き渡るので破片の順番を間違わないように注意する。

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仮止めするときの糊はウスターソース状の薄いものを小筆で小和紙片の両端に付ける。裏打ちや繕いを施すことを前提に仮止めする場合は、小麦澱粉糊より接着力の弱い布海苔やメチルセルロースを用いることも有効である。小和紙片が文字上にかからないように注意し、貼る時はピンセットを使う[28・29]。

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破れ直し
破損のうち、亀裂のように裂けている部分には、和紙を喰い裂いて作成した帯を用いて処置する。できるだけ薄い和紙で作ると違和感が少ない。亀裂は紙の性質上、微妙に重なり合うように裂けるため、よく観察して裂け目の重なりの上下を見極める[30]。亀裂を跨ぐ帯幅が広すぎるとその部分は厚く、また糊の影響で硬くなるので、できるだけ細い帯をつくる[31]。糊は濃厚ソース状の小麦澱粉糊を喰い裂きの毛先をつぶさないように帯全面に糊付けして貼る[32]。

冊子の場合は該当する丁目の前後に糊気が移らないようにフィルムシートなどでカバーしておくとよい。冊子は袋綴じになっているため、可能であれば冊子を解体したい。それが不可能な場合は表面から直してもよいが、帯が文字にかからないように注意する。乾燥は今まで述べてきた方法と同様に行う。

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簡易補修(膏薬貼り)
今までの手当では対応しきれない虫損・欠損があり、その部分を補填しておけば修理技術者へ依頼する可能性が低くなって活用の機会が増える場合は、簡易的に繕う方法がある。通常の繕いは補修紙を虫損・欠損の形通りに整えるが、簡易的な方法は、虫損・欠損が収まる大きさに補修紙を切って貼るのみの手法である[膏薬貼り・33]。

糊はマヨネーズ状のものを本紙の虫損・欠損に沿って付けるが、膏薬貼りの場合、接着されていない部分がめくれてしまう。その部分への糊付けは、厚みがでて硬くなってしまうため施さない。そうならないためには、技術者レベルではないにしろ、できるだけ虫損・欠損の形に合わせた補修紙を印刀などの刃物で削って形取るように努める[34]。

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その他、35のように小さい穴が二つ並んでいるものは取り扱いの過程で二つがつながってしまうことがあるので、早めに二つまとめて補修する[36]。また、37のような小さい形もよく見られるが、数が多く、一つひとつ形取るのも難儀なので、31の喰い裂き帯を作って、それをちぎって貼る方法もある[38]。

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3.地域資料を修理する?しない?

修理する見極め
修理するかしないかの判断は、劣化や酸化具合、虫損の量、紙力の有無など複合的に考える必要があり、その見極めは技術と同様に経験を積まなければ困難といえる。たとえば、虫損で本紙がレース状になってしまった場合やカビや細菌で本紙がフケて(紙力の低下)しまい、触ると破損してしまうものは修理対象となる。逆に水損していても紙がしっかりしていて、触っても崩壊しないのであれば緊急度は低いといえる。以下に事例をあげて検討する。

事例1[39]
一枚ものの資料で袖部分を中心に大きめの虫損が確認できる。紙力は弱っておらずしっかりしていて、虫損部分に注意すれば、この状態でも取り扱いは問題ない。修理はそのタイミングがあえば施す程度でよいと判断できる。

事例2[40]
冊子の一紙を開いたもの。中央部分(冊子の小口)が水損で茶変色し、触れると崩壊してしまうほどフケている状態で、繕いや部分的な裏打ちをするのであれば表打ちの必要がある。それ以外の部分は問題ない。冊子の紙数、資料群全体の量や質などを考慮すると裏打ちのみの処置が妥当と判断できる。

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おわりに

本章の冒頭でも述べたが、地域資料の修理が進まない中、非技術者が手当に積極的に関与して、その価値の維持に努め、継承へとつなげていくことは、もはや必要不可欠になりつつある。ただし、非技術者であることは忘れずに、「無理をしない」処置を心掛けたい。手当てであっても経験が重要なことは否めず、実践をどれだけ積めるのかが、よい判断、よい処置の鍵となるといえる。

近年、災害に伴う被災資料の保全活動の中で、修理技術は紙製品の応急処置に応用されているが、応急処置した後の修理の時にこそ必要となる技術である。その技術を被災した資料すべてに施していては時間的にも金銭的にも大変厳しい。そこで、「処置が必要ないもの・手当てで対応できるもの・修理するもの」に分け、手当ては非技術者に、修理は修理技術者に振り分ければ、作業もスムーズになるのではなかろうか。作業が進むにつれて、手当てに関わる人手が増えていけば、大量の被災資料の処置も捗るであろう。

手当ては通常時でも非常時でも有効な手段であり、そうすることが地域資料の継承につながるのであれば、身に付けておいて損はない技術である。

付記
本章の資料写真は特に断りがない限り、鶴見大学文学部文化財学科所蔵の文書群を活用した。資料調査にあたっては、同大学石田千尋教授、戸田さゆり実習助手の協力を得た。末尾ながら御礼申し上げる。

参考文献
下向井祐子「広島県立文書館における文書の保存手当てについて」『広島県立文書館紀要』11、2011年
「防ぐ技術・治す技術─紙資料保存マニュアル─」編集ワーキング・グループ編『防ぐ技術・治す技術─紙資料保存マニュアル─』日本図書館協会、2005年
国立国会図書館ホームページhttps://www.ndl.go.jp/jp/preservation/collectioncare/disaster_p/response.html(最終閲覧日:2021年10月1日)
広島県立文書館「水害などで被災した文書への応急処置(対処の手引き)」 広島県立文書館ホームページ https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki_file/monjokan/hozonkanri/leaflet2018suigai.pdf(最終閲覧日:2021年10月1日)

☞ さらに深く知りたいときは

①神奈川大学日本常民文化研究所監修・中藤靖之著『古文書の補修と取り扱い』雄山閣、1998年
表装の技術書は数多くあるが、古文書の修理に特化した技術書は珍しい。修理の基礎や工程について写真を多用してわかりやすく解説している。掛軸や巻子装の取り扱い方や箱紐の結び方も収録されているのは有り難い。

②「防ぐ技術・治す技術─紙資料保存マニュアル─」編集ワーキング・グループ『防ぐ技術・治す技術─紙資料保存マニュアル─』日本図書館協会、2005年
図書館の資料保存、主に洋装本に対しての「防ぐ」「治す」技術を紹介した本。図書館員向けではあるが、地域資料や和装本に共通する手法が掲載されている。イラスト入りで細部にまで情報が記されていて理解しやすい。

③下向井裕子「広島県立文書館における文書の保存手当てについて─受入後の整理を中心として─」『広島県立文書館紀要』11、2011年
広島県立文書館内での整理や手当ての取り組みについて実例をあげて紹介している。作業で必要な道具や材料、手順が掲載されていてわかりやすい。作業者は非技術者で、その視点から書かれているのは興味深い。

④神奈川大学日本常民文化研究所主催 常民文化研究講座 古文書修復実習
毎年開催されている講座で、古文書の記録・解体、裏打ち・繕い、製本、襖などの下張り解体の四工程を学ぶことができる。地域博物館や図書館、大学関係者の参加が多い。筆者も講師として裏打ち・繕いを担当している。