青森県近代文学館「北村小松生誕120年特別展」(開催中~令和3年9月12日(日))

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展覧会情報です。

●公式サイトはこちら
https://www.plib.pref.aomori.lg.jp/viewer/info.html?id=558
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北村小松生誕120年特別展

令和3年7月10日(土)~9月12日(日)
時間 9:00~17:00(7月10日は10:00から開催)
休館:7月14日(水)・7月29日(木)・8月26日(木)・9月8日(水)
会場:青森県近代文学館企画展示室
入場無料


北村小松(1901~1964)は大正期から昭和30年代にかけて、劇作家・映画脚本家・小説家として活躍しました。

八戸町(現・八戸市)で生まれ育った小松は、大正2年に県立八戸中学校に入学。大正8年に慶応義塾大学予科に進学し、翌9年頃から小山内薫に師事しました。英文科に進んだ大正10年には脚本「山暮るる」が映画化され、翌11年に帝国劇場創立10周年の新劇脚本募集で入選を果たします。卒業後は松竹蒲田撮影所に入社。映画脚本と戯曲を並行して手掛け、昭和2年には戯曲集『猿から貰つた柿の種』を刊行しました。昭和6年、日本初の本格的トーキー「マダムと女房」の原作脚本を担当し、雑誌「キネマ旬報」の人気映画年間ベストテンで第1位を獲得しました。

昭和4年頃から小説も多く発表し、昭和7年に「東京日日新聞」に連載した「限りなき鋪道」では、近代を生きる女性の姿を描き出しました。作家としての従軍を経験する中、昭和14年に「燃ゆる大空」を雑誌「キング」に連載。昭和17年には、原子爆弾についての話題が登場する少年科学小説『火』を刊行しました。戦後には、「空とぶ円ばん」に代表されるSF作品のほか、ユーモア小説『糞坊主』や日本映画界の歴史を振り返った長編小説『銀幕』等を発表しています。

少年の頃からの趣味である模型飛行機作りは、晩年まで続きました。文壇における自動車運転免許取得者第1号であり、東京・八戸間を愛車ダットサンで走破したこともありました。昭和33年にはカメラを携えて北欧を旅し、その際の写真やスケッチが数多く残っています。生誕120年という節目に当たり、遺品や直筆資料等を多数展示し、「モダンボーイ」と呼ばれた多才な作家・北村小松の足跡と素顔に迫ります。