おわりに★『歴史情報学の教科書』全文公開

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おわりに


 本書は、国立歴史民俗博物館(歴博)が行う基幹研究プロジェクト「総合資料学の創成」の中で、特に歴史情報学(人文情報学)を学ぶための教科書である。総合資料学とは、歴史資料への人文・社会科学と自然科学の分析について、さまざまな学問分野からの統合的アプローチによる研究を行うことを通じて、異分野連携・文理融合を図り、新たな知の発見につながる学問分野の創成を目指す学問である。この異分野連携の基盤として、情報技術を用い、歴博のみならず各大学の所蔵する歴史資料もネットワーク化して共同利用可能にした情報インフラストラクチャを構築することも、本事業の中に含まれている。
 上記の事業を達成するため、本事業は歴史学の研究に基づいた資料の情報基盤を作る「人文情報ユニット」、その情報基盤を活用し、多様な分野の研究者が歴史資料を用いて研究を行う「異分野連携ユニット」、そしてそれらの成果を大学教育や地域への展開へと結びつける展開を行う「地域連携・教育ユニット」の3つのユニットによって進められている。
 歴博をハブとして、複数の大学による資料情報基盤の高度なネットワークを構築し、それをもとに分野を超えた研究を行い、その成果を大学教育や地域に展開することが全体の目標である。さらに、それのみならず、大学教育や地域連携・展示などで見えてきた課題を研究に還元し(これらの営みを歴博では「博物館型研究統合」と称している)、研究で作られた知見やデータを情報基盤に還元する、つまり情報基盤(共同利用)⇔異分野研究(共同研究)⇔地域・教育展開(大学への貢献)という全体で循環をなす構造を作っている点も特徴である。

 本プロジェクトも、本書の出版段階で3年間を終えたことになる。本プロジェクトは6年間計画で進められており、ちょうど折り返しの段階である。この段階で総合資料学の一部をなす学問のひとつの「枠」を提示できたことは大変にありがたく思っており、本プロジェクトに関係する歴博館外・館内を含む多くの皆さまへは心より感謝を申し上げたい。
 そして、後半の3年間、また状況が大きく変わるであろうと考えている。ひとつにはプロジェクト自体が、新たな局面を迎えることになり、より具体的に多様な分野のデータを入れられるような仕組み作りが求められるであろう。歴史資料の多面性を見せるための人文情報学的なシステムとはどのようなものかなどを、考えさせられる局面も多く出てくると思われる。また、第6章で天野氏が触れたように、今後は歴史文化資料をいかに災害時や平時の消失から守るのか、そしてそれらを地域における社会や文化に活用していくのかなどといった課題とも向き合うような、新たな歴史情報学のかたちが求められるようになるであろう。
 もうひとつの点としては、プロジェクトを超えた歴史情報学・人文情報学を含む学問全体の文脈もまた大きく変わると考えられる。第10章でも触れたように、デジタルに関わる業界の状況変化は非常に速い。3年の間でも、オープンデータにまつわる状況は大きく整備され、ジャパンサーチのような大型ポータルが完成するなどの変化があった。今後3年間でも、それらの状況は次々と変化し、まったく異なる状況が3年後には生まれているであろう。特に、歴史のデータの最も基盤となる部分をどのように維持するのかなどは、このプロジェクトに関わっては大きな変革があるかもしれない。
 そのような変化のただなかで本書は編まれている。「はじめに」でも触れた通り、編者の一人(後藤)は、10年前に『情報歴史学入門』の編者としても加わっている。『情報歴史学入門』の基礎となる技術部分はすでに古くなってしまっており、やはり時代の変化を感じさせるものである。しかし、その時期において「何を学ぶべきであると考えていたか」という学史を知るためには、重要な記録になっているとも考えている。学問は単にその中身だけではなく、学史や枠組みを含んだ「メタな視点」も含むことで、大きなディシプリンになるのである。本書も、現在は実用的なものとして、そして将来は学史の中の記録の一部として残ることができれば幸いである。
 本書はデジタルデータでのダウンロード版としても作成されている。今後の状況変化に応じて、柔軟に増補・改訂ができればと(個人的には)考えている。無論、さまざまな状況が許せばということにはなるが。

 近年、ほぼ定型句のようになっているが、大学や大学共同利用機関をめぐる状況は決して楽なものではない。予算自体はいうまでもないことであるが、日本だけではなく国際的にも過当な競争や研究評価をめぐる問題、人文学の総体的な位置の低下などは進行しつつあり、国内外のあらゆる場所でその苦境を聞く。また、日本を対象とする研究の位置も国際的に着々と下がりつつあり、多くの日本学の講座やポストが減少しつつある。そのような状況から少しでも脱却し、人文学や日本歴史研究、日本資料・日本研究を見せることができるのが、この歴史情報学であると考えている。
 最後にこのような書籍を、極めてタイトなスケジュールの中、デジタル版と紙の両者で出版まで結びつけてくださった文学通信には心より感謝を申し上げたい。文学通信による適切な進捗管理がなければ、本書は「絶対に」完成しなかったであろう。
 人文学・歴史学にはまだまだポテンシャルが多くある。そのポテンシャルを伸ばし、成果をより見えるようにするお手伝いを、本書や今後の活動を通じてさらに進めていければ幸いである。


編者一同


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【全体目次】

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ご挨拶○新たな学の創成に向けて(久留島 浩)
はじめに(後藤 真)
chapter1 人文情報学と歴史学
後藤 真(国立歴史民俗博物館)
chapter2 歴史データをつなぐこと―目録データ―
山田太造(東京大学史料編纂所)
chapter3 歴史データをつなぐこと―画像データ―
中村 覚(東京大学情報基盤センター)
●column.1 画像データの分析から歴史を探る―「武鑑全集」における「差読」の可能性―
北本朝展(ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター/国立情報学研究所)
chapter4 歴史データをひらくこと―オープンデータ―
橋本雄太(国立歴史民俗博物館)
chapter5 歴史データをひらくこと―クラウドの可能性―
橋本雄太(国立歴史民俗博物館)
chapter6 歴史データはどのように使うのか―災害時の歴史文化資料と情報―
天野真志(国立歴史民俗博物館)
●column.2 歴史データにおける時空間情報の活用
関野 樹(国際日本文化研究センター)
chapter7 歴史データはどのように使うのか―博物館展示とデジタルデータ―
鈴木卓治(国立歴史民俗博物館)
chapter8 歴史データのさまざまな応用―Text Encoding Initiative の現在―
永崎研宣(人文情報学研究所)
chapter9 デジタルアーカイブの現在とデータ持続性
後藤 真(国立歴史民俗博物館)
●column.3 さわれる文化財レプリカとお身代わり仏像―3Dデータで歴史と信仰の継承を支える―
大河内智之(和歌山県立博物館)
chapter10 歴史情報学の未来
後藤 真(国立歴史民俗博物館)
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