国際日本文化研究センター:磯前順一先生退任記念講演会 講演Ⅰ「日記の愉しみ」中丸貴史氏・講演Ⅱ「『見るなの禁』の呪いを解く --1982年の河合隼雄と北山修」磯前順一氏(2026年3月6日(金)14:00〜、センター内 講堂)※要申し込み
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https://www.nichibun.ac.jp/ja/events/public_lecture/2026/03/06/
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第74回日文研学術講演会 磯前順一先生 退任記念講演会
講演Ⅰ 「日記の愉しみ」
中丸貴史先生
毎日が愉しい。なぜかと考えると、どうも自分の研究の恩恵をまず自分自身が受けているからだと気がついた。いやむしろ、自分が愉しいと思うことが研究(ライフワーク)になっているというべきかもしれない(自分が愉しいと思うことは、必ずしも他人が愉しいと思うわけではないということも重要である)。自分の幸福をあまり他人に言うもんじゃないという人もいる。だが、学問は第一にそれぞれの幸福のためにあると思うし、なにより私だけのものではないのだ。学者にはそれを発信する責任がある、と私は思う。今回は文学研究、とくに日記を通して、その視点と方法を紹介しつつ、現在における意義について考えてみたい。対象は平安朝の日記・古記録ということになるが、あくまでも材料であって、視野としては、日記から今、そして未来を考えるというところにあることを強調しておきたい。
講演Ⅱ「『見るなの禁』の呪いを解く --1982年の河合隼雄と北山修」
磯前順一先生
世界は幻想にすぎない。しかしその幻想は心的幻想として私たちを縛る。フロイトが原光景と呼んだトラウマ、組織における共同幻想もまた同じである。人はそこから長い時間をかけて解き放たれることを学問の目的とし得る一方で、被害妄想や共同幻想に殉じる道を選ぶこともできる。本発表は、この根源的課題を、日文研二代所長の河合隼雄と精神分析家にしてフォーククルセダーズ元メンバー北山修が、同じ1982年に論じた「見るなの禁」の議論を手がかりに考察する。両者の思索を通じて、報告者自身の人生経験をも踏まえつつ、幻想に囚われることとそこから解放されることの可能性を検討する。
開会挨拶 井上 章一(国際日本文化研究センター 所長)
司会 松田 利彦(国際日本文化研究センター 副所長)
開催日 2026年03月06日(金)
開催場所: 国際日本文化研究センター内 講堂
開場時間: 13:30
開始時間: 14:00
終了時間: 16:15
申込: 要(申込多数の場合は抽選による)
受講料: 無料
★発表は日本語のみ
★本講演につきましては、当日のオンライン配信はいたしません。






































































