第六回 すごい男も語っていた - 木場貴俊の新・怪異学入門
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すごい男も語っていた
コラム第3回「産女が姑獲鳥に変わるとき」では、拙著『怪異をつくる』にしばしば登場する怪異ウブメを取り上げましたが、今回はしばしば登場する人物について。
その人物とは、林羅山(1583~1657)です。
●林羅山とは
日本史教科書の江戸時代前期の文化には、まず間違いなく登場する有名人なので、みなさんも名前くらいは知っているだろうと思います。
彼は、儒学、特に朱子学を学び、藤原惺窩とともに江戸時代の儒学の発展に大きく寄与した人物です。そして、徳川家康から四代徳川家綱の歴代将軍に仕え、外交文書や法度の起草、朝鮮からの使者の応対など、学問や儀礼に関わる公務に携わったブレーンとして知られています。また、儒学と仏教は理念的に相反するものでしたが、家康の命により剃髪して道春と改称したことで、その思想と行動の矛盾から毀誉褒貶のはげしい人物でした。
そんな羅山は、徳川政権のブレーンとしての面が強調されがちですが、儒学だけに留まらない博識ぶりを活かした幅広い文化活動こそ高く評価したいところです。幼少の砌には『太平記』を暗唱していたという羅山は、その博覧強記を買われて家康に仕えることになりました。その後も歴代将軍の侍講を務めながら、古書旧記の調査蒐集や幕府の出版事業に携わっていきました。そうして多くのものを著しました。
その学術的な成果の一部を紹介すると、
歴史:『寛永諸家系図伝』『本朝編年録』
兵学:『三略諺解』『六韜諺解』
文学:『野槌』(『徒然草』注釈書)
宗教:『本朝神社考』『排耶蘇』
などがあり、その内容は多岐にわたりました。また、羅山が漢文を読み下すために考案した訓点は、「道春点」と呼ばれ、江戸時代の漢文訓読の基となりました。
●何故羅山は怪異を語るのか
羅山の著述の中で、拙著と大きく関係しているのは、『恠談』と『多識編』です。
『恠談』は、徳川家光が煩っていたときの慰みとして編んだ、中国の怪異譚を翻案したものです。没後には『怪談全書』として出版されました。鳥山石燕『今昔画図続百鬼』(1779刊)「陰摩羅鬼」も本書に由来しています。
また、『多識編』は、李時珍の本草書『本草綱目』などを使った和漢名対照辞典です。たとえば「章魚」という漢字に「たこ」という和語を当てています。『多識編』は、江戸時代の本草学の基本文献の一つとして、重宝されていきます。『多識編』に注目するのは、コラム第1回「怪獣大談義」でも触れたように、『本草綱目』が怪異を取り上げているためです。
他にも、羅山の著したものには怪異に触れた箇所が多く、それは拙著第一章「林羅山」を読んでいただければ幸いです。
ただ、注意しなければならないのは、何故羅山は怪異を語るのかということです。『論語』には、「子は、怪力乱神を語らず」という一文があるからです。孔子は「怪力乱神」を語らないというのに、どうして儒学を学んでいる羅山は怪異(怪力乱神)を語るのか、という学問的な問いがそこには潜んでいます。そもそも、儒学における怪異とは何なのでしょう。
そして、そんな羅山こそが、日本近世の怪異に多大な影響を与えた「はじまりの人」なのだと、私は考えています。
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●木場貴俊の新・怪異学入門 全話構成
第一回 怪獣大談義(2020.04.03公開)
第二回 政(まつりごと)(2020.04.10公開)
第三回 産女が姑獲鳥に変わるとき (2020.04.17公開)
第四回 ばけものばなし話してた。(2020.04.24公開)
第五回 河内屋可正とは何者か(2020.05.01公開)
第六回 すごい男も語っていた(2020.05.07公開)
第七回 昌平黌の古賀侗庵を探ります(2020.05.15公開)
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【書いた人】
木場貴俊(きば・たかとし)
[略歴]
1979年、岡山県倉敷市に生まれる。2007年、関西学院大学大学院 文学研究科博士後期課程日本史学専攻単位取得退学。2012年、博士(歴史学 関西学院大学)。現在、国際日本文化研究センタープロジェクト研究員。2020年3月に『怪異をつくる 日本近世怪異文化史』(文学通信)を刊行。