第二回 政(まつりごと) - 木場貴俊の新・怪異学入門
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政(まつりごと)
第2回は、「政治」がテーマです。
江戸時代の怪異は、都市の民衆文化のなかで取り上げられることが一般的に多いようです。鳥山石燕の『画図百鬼夜行』に始まる一連の作品や鶴屋南北(4世)作『東海道四谷怪談』などはその代表といえます。その中で、政治絡みのものとしては、幕政批判として解釈された歌川国芳『源頼光公舘土蜘作妖怪図』が挙げられます。
しかし、政治とより直接に関わった怪異も当時起きていました。いやむしろ怪異は、本来政治と切り離せない関係にありました。拙著『怪異をつくる』第2章「政治」では、怪異と政治について、古代からの流れを意識しながら、さまざまな角度から検討しています。今回は、拙著であまり深く紹介できなかった事例を使って、その一端に触れてみようと思います。
●京都の政治的怪異
詳細は省きますが、7世紀当時の政権が、中国から政治と怪異に関する思想を導入しました。その後、紆余曲折を経て、平安時代後期には、怪異とは(政治的な)凶事が起きる前に神仏が起こす前兆だと理解されるようになっていきます。代表的な例としては、石清水八幡宮がある男山や将軍塚の「鳴動」、奈良の多武峰(談山神社)にある大職冠(藤原鎌足)の木像の「破裂」があります。他にも、神社で垂らしていた布をネズミがかじったり、境内に犬の死体があったりする事件も、怪異と認識されました。神仏と関係が深い寺社で怪異は、よく起きたのです。
江戸時代になっても、そうした怪異はよく起きています。
まず京都の朝廷を見てみると、公卿の柳原紀光が記した朝廷の通史『続史愚抄』によれば、この時代においても、朝廷内や寺社などで多くの不思議な出来事が起き、儀礼が行われていました。とりわけ、『続史愚抄』に記された最後の天皇、後桃園天皇が亡くなる間際(1779年10月29日没)には、さまざまな出来事が起きています。10月16日には皆既月蝕が起き、翌16日には奈良の多武峰が、20日には京都の将軍塚が「鳴」りました。また、この頃神祇伯(神祇官の長官)の白川資顕が、後桃園の病気平癒のために鳴弦(弓の弦を鳴らして邪気や魔物をはらう)を行っていたところ、大きなネズミが現れ、これを「怪物」といっています。これらは後桃園が逝去する前兆として解釈されたのです。
●江戸の政治的怪異
一方、幕府がある江戸に目を向けてみると、元禄6年(1693)6月に「馬のもの云」事件というものが起きていました。幕府からの御触によれば、近頃馬がものをいったという噂が流行っているので、言い触らしている者を取り締まるというものです。何故そんな噂を取り締まるのかといえば、翌年斬罪に処された浪人の筑紫園右衛門の罪状を見ると、「此の者儀、去年夏中馬ものを申す由虚説申し出し、其の上はやり煩いよけの札ならびに薬の法組を作り、実なき事を書き付け、流布」していたそうです(『御触書寛保集成』)。今でいう霊感商法のような悪徳な商売をしていたために死罪になったのです。怪異そのものに対処したというより、怪異を吹聴し(商売を行っ)た人間を取り締まった事例ですが、当時の将軍徳川綱吉の政策から怪異がどのように扱われていたのかがよくわかります。
また、馬が人間の言葉を話すことなんて、そんなバカなの一言で片付けると思いますが(といいつつ、スポーツの勝敗など、動物の動きで占わせることはよく目にします)、古くから動物が人間の言葉を話すことは怪異と見なされていました(日本だけでなく中国においても)。江戸時代を代表する怪談集の浅井了意『伽婢子』(1666刊)にも、「馬人語をなす怪異」という話が載っています。そうした古くからある怪異を逆手にとって、社会不安に乗じた商売をする人たちが多く出てきたのも、江戸時代の特徴だといえます。
このように、政治と怪異の関係は、近世になってもさまざまにうかがうことができるのです。そうした怪異に対して、当時の人びとがどのように対応していたのかは、拙著の第2章、そして第6章「民衆の怪異認識」で説明しています。
また、政治と怪異の関係を上手く活用して、新しい怪異の話を生み出した人物に林羅山がいます。彼は、自分の思惑によって政治的な怪異を生み出しています。彼の戦略的な怪異については、補論1で紹介しています。あわせてご一読ください。
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●木場貴俊の新・怪異学入門 全話構成
第一回 怪獣大談義(2020.04.03公開)
第二回 政(まつりごと)(2020.04.10公開)
第三回 産女が姑獲鳥に変わるとき (2020.04.17公開)
第四回 ばけものばなし話してた。(2020.04.24公開)
第五回 河内屋可正とは何者か(2020.05.01公開)
第六回 すごい男も語っていた(2020.05.07公開)
第七回 昌平黌の古賀侗庵を探ります(2020.05.15公開)
●絶賛発売中!
ISBN978-4-909658-22-7 C0020
A5判・並製・カバー装・396頁
定価:本体2,800円(税別)
【書いた人】
木場貴俊(きば・たかとし)
[略歴]
1979年、岡山県倉敷市に生まれる。2007年、関西学院大学大学院 文学研究科博士後期課程日本史学専攻単位取得退学。2012年、博士(歴史学 関西学院大学)。現在、国際日本文化研究センタープロジェクト研究員。2020年3月に『怪異をつくる 日本近世怪異文化史』(文学通信)を刊行。