第一回 怪獣大談義 - 木場貴俊の新・怪異学入門
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怪獣大談義
さて、この3月に『怪異をつくる 日本近世怪異文化史』(文学通信)を刊行しました。「つくる」をキーワードに、近世を生きた人びとと怪異のかかわりを歴史学から解き明かした本です。しばらく刊行にちなんだエッセイを週1回のペースで配信していきたいと思います。
第1回は、「怪獣」がテーマです。
●むかしの「怪獣」
私、怪獣が好きです。
既存の生物の枠組みをいろんな意味で超越している異形の存在、怪獣。特に今では、尋常でない大きさの異形を指して使われているようです。
しかし、近代以前の「怪獣」は今のそれとズレがあるようです。明治政府の肝煎りで、明治12年(1879)に編纂が始まった大百科事典『古事類苑』(1896~1914刊行)、その動物篇獣七には「怪獣」という項目が立っています。そこで挙げられているのは、江戸時代の随筆類に載っている山丈・狒々・山童・山女・獏・鵺・海坊主などが列挙されています。
また、駿河国の地誌『駿国雑志』獣部には、猫に翼が生えた「怪獣」が図入りで、そして宮崎成身の記録集『視聴草』には奥州会津磐梯山(福島県会津磐梯山)で撃ち殺された鼻の長い長髪の怪獣が紹介されています。これらは、『日本国語大辞典』で「正体不明の不思議なけもの。常識では考えられない能力をもっていたり、行動をしたりする動物」と説明される「怪獣」に近い意味です。「怪」しい―見たことがない珍しい―「獣」ということで、「怪獣」なのでしょう。
拙著『怪異をつくる』でも、こうした「怪獣」が多く登場しています。「怪獣」なので、獣の一種として紹介されていますが、それは参考にした中国の書物に由来しています。
明代の李時珍が編んだ『本草綱目』は、動植物や鉱物などあらゆるものの薬効を考究する学問、本草学の集大成とされるもので、日本文化にも大きな影響を与えました。その『本草綱目』巻51は、獣部のうち寓類と怪類が収められています。寓類は猿の仲間、そして怪類は怪物の類です。立項されている怪類は、罔両、彭侯、封ですが、寓類である狒々の附録にも「山怪」として山都、山鬼などが取り上げられています。
こうした怪類や「山怪」が日本での何に相当するのか、あるいは日本で怪類に該当するのは何かという関心から、学者たちが「怪獣」に注目するようになります。
●怪獣カッパ
その代表が、河童です。その事例数の多さで、『古事類苑』では雷獣とともに独立して立項されています。貝原益軒『大和本草』でも、河童は罔両とともに獣類として紹介されています。一方で、河童が中国の何に相当するのかは議論が起きています。封と水虎です。そんなことはどっちでもいいじゃないかと思いそうですが、名前と形状を一致させることが大事な本草学にとっては大問題でした。何故なら封は獣なのに対し、水虎は虫だからです。封と水虎のどちらが選択されたのかは、拙著第9章「河童」で論じています。
河童のみならず、怪異としての獣を考えるということは、何故獣として分類するのか、つまり、結局怪異とは一体何なのかを考えることにつながっていたのです。
そして、中国由来の本草学とは別に、日本では独自の解釈で妖怪や化物を生きものとして理解する向きもありました。今でも使われる「化生の物」という言葉が、その理解と大きく関係しています。
いずれにしろ怪異と生きものの関係は、日本近世の怪異を考える上でとても重要なものでした(第3章「本草学」と第4章「語彙①」)。
ちなみに、私の推し怪獣は、ムカデンダー(『ウルトラマンタロウ』に初登場)です。「百足怪獣」という二つ名の割に顔が龍ぽくて、なにより頭部が胴体よりもかなり前面に出ている重心のアンバランスさが、すごく生きづらそうで好きです。それに鳥山石燕『百器徒然袋』(1784刊)の白容裔とフォルムが似ているところも魅力的です。他にも推しはいるのですが、それはまた別の機会に。
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●木場貴俊の新・怪異学入門 全話構成
第一回 怪獣大談義(2020.04.03公開)
第二回 政(まつりごと)(2020.04.10公開)
第三回 産女が姑獲鳥に変わるとき (2020.04.17公開)
第四回 ばけものばなし話してた。(2020.04.24公開)
第五回 河内屋可正とは何者か(2020.05.01公開)
第六回 すごい男も語っていた(2020.05.07公開)
第七回 昌平黌の古賀侗庵を探ります(2020.05.15公開)
●絶賛発売中!
ISBN978-4-909658-22-7 C0020
A5判・並製・カバー装・396頁
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【書いた人】
木場貴俊(きば・たかとし)
[略歴]
1979年、岡山県倉敷市に生まれる。2007年、関西学院大学大学院 文学研究科博士後期課程日本史学専攻単位取得退学。2012年、博士(歴史学 関西学院大学)。現在、国際日本文化研究センタープロジェクト研究員。2020年3月に『怪異をつくる 日本近世怪異文化史』(文学通信)を刊行。