第四回 ばけものばなし話してた。 - 木場貴俊の新・怪異学入門
Tweet第四回
ばけものばなし話してた。
第4回です。
拙著補論3「大坂」でも取り上げている、井原西鶴『西鶴諸国はなし』(1685刊)はさまざまな珍しい話が載っています。本作は、各話が挿絵つきの1,000字程度の短編で、比較的読みやすい作品です。今回は、その中から拙著では詳しく取り上げることができなかった「ばけもの」のはなしをいくつか紹介してみたいと思います(ネタバレ注意 以下、引用は『日本古典文学全集67 井原西鶴集2』小学館、1996より)。
●飛び乗物
最初は、巻2「姿の飛び乗物」です。目録にあるテーマは「因果」。摂津国池田(大阪府池田市)であった話です。
寛永2年(1625)呉服の宮山にある松の下に新しい女乗物(駕籠のように二人で前後に担いで運ぶ乗物)が放置されていました。不審に思った町人たちが集まって、乗物の中を覗くと綺麗な着物を着た美女がいました。人びとは、その女に何処から来たのかを尋ねましたが、全く答えてくれません。結局、一晩このままにしておいて、翌日役人へ報告しようということになり、帰って行きました。
しかし、翌日になると、その女乗物は一里(約4キロ)南の瀬川の砂浜に移動していました。この乗物は、二人が担がないと移動できないはずなのに...。その夜、数人の馬方がこの女性にちょっかいを出そうとしたところ、乗物から蛇が現れて噛みつかれ、病みついてしまいました。
その後も、芥川(大阪府高槻市)や松尾大社(京都市西京区)などへと、知らぬ間に女乗物は移ってしまいます。事情を知らぬ旅人が、思わず肩を乗物の棒につけて動かそうとすると、棒が肩から外れず、さらに最初軽かったのに次第に重くなって難儀に遭う始末でした。
そして、乗物に乗っているのも美女とは限らず、美しい少女や80才余りの翁、顔が二つあるもの、目鼻のない姥など、見る人によって違いました。地元の人は、この乗物を「陸縄手の飛び乗物」と呼び、怖がって夜出歩かなくなりました。
●紫女
二つ目は、巻3「紫女」、テーマは「夢人」。
筑前国(福岡県)の海岸付近に、武士としてふるまいながらも仏教に思いを入れて遁世している、伊織という独身男が住んでいました。冬の初め、物思いにふけっていると、窓から自分の名を呼ぶ女性のやさしい声がします。様子を窺うと、紫色の着物をまとった美しき女性。伊織はその瞬間、妻を持たずに仏道へ入れ込んできた年月を忘れるほど、夢心地になってしまいました。契りを交わしてからは、すっかりこの女に懸想してしまい、やせ細ってしまいました。
それを見かねた懇意の薬師が、伊織を咎めて事情を追及したところ、最初は黙っていた伊織もとうとう白状してしまいます。薬師は「これぞ世に伝へし、紫女といふ者なるべし。人の血を吸ひ、一命を取」ったこともあると伝え、すぐに斬り捨てるように忠告します。伊織は、何故縁のない美女がいきなりやってきたのか、その不気味さに気づき、やってきた女を斬り付けたところ、逃げ去ってしまいました。
その後も紫女は執心を残し、あさましい姿を現したので、最後は国中の仏道を修行している者たちによって弔われ、伊織は一命をとりとめました。
怪談「牡丹燈籠」のような話です。ちなみに寺島良安『和漢三才図会』によれば、狐が化けた淫婦を「紫」というそうです。
●身を捨てて油壺
最後は、巻5「身を捨てて油壺」、テーマは「後家」。
河内国平岡(枚岡 現東大阪市)に住んでいたよき家柄の見目麗しき娘は、何の因果か、愛した男が11人も淡雪のように亡くなってしまう悲劇に見舞われました。次第に、里人も娘をおそれて付き合うのをやめてしまい、娘も後家を貫いたまま88歳になってしまいました。
「見るもおそろしげ」な容貌になってしまった姥は、生活のため木綿の糸を紡いでいましたが、夜なべをするため、枚岡神社の灯明の油をよく盗んでいました。
社人たちは不審に思い、ある夜待ち伏せをしたところ、夜半の鐘が鳴る頃に「おそろしげなる山姥」が現れるではありませんか。弓の上手な者が姥の細い首を射落としたところ、姥の首は火を吹きながら天に昇っていきました。社人たちは夜明けに死体を確認すると、評判の悪い姥だったので不憫に思うことはありませんでした。
その後、火をまとった姥の首は夜な夜な現れ、この火に肩越しに追い越されると命を失いました。今でも現れ、すごい速さで移動するものの、近くで「油さし」といえば忽ち消えてしまうとのことです。
少しかわいそうな話ですが、これはいわゆる「姥が火」と呼ばれる怪異で、西鶴とも交流があった三田浄久『河内鑑名所記』にも紹介されています。
この他にも、さまざまな「ばけもの」が本作では登場していますが、序には「人はばけもの、世にない物はなし」と記されています。一体、西鶴にとって「ばけもの」とは何だったのでしょうか。それは、拙著をお読みください。
拙著もまた「ばけもの」づくしの一冊です。
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●木場貴俊の新・怪異学入門 全話構成
第一回 怪獣大談義(2020.04.03公開)
第二回 政(まつりごと)(2020.04.10公開)
第三回 産女が姑獲鳥に変わるとき (2020.04.17公開)
第四回 ばけものばなし話してた。(2020.04.24公開)
第五回 河内屋可正とは何者か(2020.05.01公開)
第六回 すごい男も語っていた(2020.05.07公開)
第七回 昌平黌の古賀侗庵を探ります(2020.05.15公開)
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ISBN978-4-909658-22-7 C0020
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【書いた人】
木場貴俊(きば・たかとし)
[略歴]
1979年、岡山県倉敷市に生まれる。2007年、関西学院大学大学院 文学研究科博士後期課程日本史学専攻単位取得退学。2012年、博士(歴史学 関西学院大学)。現在、国際日本文化研究センタープロジェクト研究員。2020年3月に『怪異をつくる 日本近世怪異文化史』(文学通信)を刊行。