第三回 産女が姑獲鳥に変わるとき - 木場貴俊の新・怪異学入門

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第三回

産女が姑獲鳥に変わるとき

 さて第3回です。

 拙著『怪異をつくる』では、いろんな章にたびたび登場する怪異がいます。

 ウブメです。

 こんなにウブメが登場するのは、卒業論文でウブメを扱ったことに由来しています。そして、卒論を出した後も、事ある毎にウブメに関する文献を集めてきました。それは一時期「ウブメノート」として、関係各位に出回ったとか...。

 それも、もともとは京極夏彦さんの『姑獲鳥(うぶめ)の夏』(1994刊)を高校生のときに読んだことがきっかけです。

 とはいえ、妖怪をあまり詳しく知らない人にとっては、ウブメって何?姑獲鳥と書いて何故ウブメと読むの?など、多くの疑問が湧くと思います。詳しくは、拙著『怪異をつくる』第8章ほかを読んでいただけるとよいのですが、今回はそのさわりとして、ウブメとは何かについて紹介をしてみたいと思います。

●中世のウブメ

 ウブメとは、もともと「孕婦」「産女」などと書き、産婦を指す言葉でした。それが、中世の『今昔物語集』では、産女が夜中の川辺に赤子を抱いた姿で現れ、通行人に赤子を抱くように強要するさまが記されています。真夜中に、いきなり赤子を抱いた女性が現れて、この子を抱いてくれと言ってきたら、大抵驚きますよね。そもそも何故この時間に現れるのか、とても気になります。『今昔物語集』では、その理由の一つとして、あれは難産で死んだ女性の変化なのだと説明しています。生きている人間がそんなことをするはずがないということなのでしょう。

 この説明は一定の説得力を持ち、赤子を抱かせようとする難産で死んだ女性の変化という、怪異としての産女が次第に認知されていきます。

●近世のウブメ

 そして、江戸時代になると、ウブメは「姑獲鳥」とも漢字表記されるようになります。かくちょうとは、中国に伝わる毒鳥です。夜飛行して子どもを誘拐したり、子どもの衣類に血を付けて病気にしたりする危険な鳥です。しかも、この鳥は、難産で死んだ女性が変化した鳥なので、雌しかおらず、羽毛をまとって鳥になり、脱ぐと女の姿になるといいます。

 産女も姑獲鳥も難産で死んだ女性の変化として共通しているのですが、行動は抱かせるとさらうので正反対です。同じ出自だけで、産女と姑獲鳥は結びつくものなのでしょうか。

 実は、産女=姑獲鳥という式を誰がつくったのかはハッキリとわかっています。それは、拙著第1章の主人公、はやしざんです。一体彼がどのような根拠でどのように説明しているのかは、拙著でご確認ください。

 羅山の説は出版され、社会に広く受容されていきます。例えば、俳諧を見てみると、松尾芭蕉の弟子かくが『田舎のあわせ』(1678)で詠んだ「俗にいう うぶめ成べし よぶこ鳥」という発句に対して、芭蕉が「うぶめ、ちんが説(『本草ほんぞう綱目こうもく』)に姑獲鳥とかけり。鳥と云字によせて、おもひ出られ候にや」と述べています。芭蕉もウブメ(姑獲鳥)を知っていたのです。

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●遂に物語の主役に

 今では妖怪図鑑の先駆とされている、鳥山とりやま石燕せきえん『画図百鬼夜行』(1776刊)でも「姑獲鳥(うぶめ)」として川辺に立つ赤子を抱いた女性が描かれています。そして、文化3年(1806)には、南杣なんせんしょう楚満そまひと作・歌川豊広画『昔語姑獲鳥仇討(むかしばなしうぶめのあだうち)』という黄表紙が刊行され、とうとう物語の主役になりました。

 このようにウブメは、その歴史が詳しく辿ることができる珍しい怪異です。言い換えれば、歴史の流れのなかで、ウブメは様々に変化していったのです。

 ちなみに、現行の文書作成のソフトウェアで「うぶめ」を変換すると「産女」と「姑獲鳥」が出てきます。間違いなく『姑獲鳥の夏』の影響ですが、卒論を書いていた頃(2001年末~2002年1月)を考えると、隔世の感がします。

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●木場貴俊の新・怪異学入門 全話構成

第一回 怪獣大談義(2020.04.03公開)
第二回 政(まつりごと)(2020.04.10公開)
第三回 産女が姑獲鳥に変わるとき (2020.04.17公開)
第四回 ばけものばなし話してた。(2020.04.24公開)
第五回 河内屋可正とは何者か(2020.05.01公開)
第六回 すごい男も語っていた(2020.05.07公開)
第七回 昌平黌の古賀侗庵を探ります(2020.05.15公開)

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【書いた人】

木場貴俊(きば・たかとし)

[略歴]
1979年、岡山県倉敷市に生まれる。2007年、関西学院大学大学院 文学研究科博士後期課程日本史学専攻単位取得退学。2012年、博士(歴史学 関西学院大学)。現在、国際日本文化研究センタープロジェクト研究員。2020年3月に『怪異をつくる 日本近世怪異文化史』(文学通信)を刊行。