【刊行1周年記念エッセイ】研究を"同人誌"でまとめて"商業出版"にしてみた(V林田 /『麻雀漫画50年史』)

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 阿佐田哲也の小説のヒットに代表される麻雀ブームの発生と青年向け漫画誌の勃興の中から生まれ始めた辺境ジャンル・麻雀漫画は、どのような変遷をたどってきたのか。その半世紀の歴史を、漫画家、原作者、編集者へのインタビューと膨大な資料から明らかにしたV林田『麻雀漫画50年史』。

この本は同じタイトルの同人誌のシリーズから生まれたものです。V林田さんから『土偶を読むを読む』の感想とあわせて、「麻雀漫画50年史」の企画書がメールで届き、その文章とテーマがとても面白く、文学通信としても役に立てそうだったので、一緒に本にすることにしました。

 後々お話を聞いてみると、V林田さんはかねてより商業出版として本を出したかったとのこと。

 そんなV林田さんに、そもそも同人誌で研究をはじめたきっかけ、商業出版で本を出したかった理由、そして『麻雀漫画50年史』の制作過程のあれこれを振り返っていただきました。現状の"同人誌"と"商業出版"ってどうちがうの?と疑問をお持ちの皆さまへヒントにもなるエッセイです。(担当編集・松尾)



文学通信
V林田『麻雀漫画50年史』(文学通信)
ISBN978-4-86766-049-2 C0076
四六判・並製・564頁
定価:本体2,400円(税別)

2011年からはじめた同人活動

 昨年2024年に文学通信より刊行した筆者にとって初の単著『麻雀漫画50年史』は、「はじめに」で"本書は、この麻雀漫画というジャンルの歴史について、筆者が2011〜19年に『麻雀漫画研究』シリーズ(1〜22)という同人誌上で行った関係者(漫画家、原作者、編集者等)へのロングインタビューおよびその他資料を基として、2019〜22年に同人誌の形でまとめた通史に大幅な改稿と再編集を加えたもの"と書いているように、同人誌をベースにした商業出版物である。同人誌版では、『麻雀漫画50年史 70年代編』『80年代編(前後)』『90年代編(前後)』『00年代編』『10〜20年代編』という具合に、10年ごとに区切っての全7冊で刊行している。

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▲「フライング東上のなんか」(boothサイト

分冊にすることで書き上げる

 まず書いておくと、筆者としては、商業出版として出したいという気持ちは最初から強く持っていた。それなのになぜ同人誌を出すことから始めたのかというと、一つは、著者としての実績が特にない以上、書く前に商業で企画を通すのは難しいだろうと判断したということがある。初稿を付けた企画書を人文系の出版社に持ち込んで判断してもらうか、電子書籍としてセルフパブリッシングを行い評価を得た上で出版社からあらためて刊行する(近代食文化研究会『お好み焼きの戦前史』※1などのように)を狙うかだろうと。

 もう一つの理由は、分冊で出したこととも関係するのだが、「書き上げるため」である。筆者は、書籍1冊分以上の長い原稿を書いた経験がない上に、締切がないとどうも筆が進まない。なので、「数カ月ごとの同人誌即売会に申し込み、それを締切として各年代の分を同人誌として出す」というように目標を細かく分割しないと、書き上げる算段がつかなかったのだ。コロナ禍で即売会の中止が続いたことにより執筆が止まりかけるなど目論見通りには行かなかった点も多々ありはしたが、書き上げるという目標自体は最終的に達成することができた。もっとも、統合することを視野に入れていたとはいえ各章の執筆に間が空いたことから、内容の重複や「後の章で触れよう」と考えてそのまま書くのを忘れていたことなどがかなり多くなってしまっており、最終稿の形があまり見えていなかったのは良くないことであった。「不要な部分を削って、本があまり厚くならないようにします」と言って初校ゲラを受け取ったはずの著者から、100ページ以上増える計算になる修正原稿が返ってきては、担当編集松尾氏も困ったであろう。自分も元編集者の身なのでこういうのは困るということは分かっていたのだが、どうにもならなかった。

※1 近代食文化研究会『お好み焼きの物語 執念の調査が解き明かす新戦前史』として新紀元社より刊行された。

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▲同人誌版「麻雀漫画50年史」はそれぞれ24〜42ページ。初稿はインデザインデータで担当編集宛に入稿している。修正原稿はテキストデータを送る。

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▲文学通信版『麻雀漫画50年史』。小見出しを付けて、引用図の下には参照元のページ数や出版社を記載。

Wikipediaの典拠になる

 では、そもそもなぜ同人誌ではなく商業出版を目指していたのか。一つには、「調査した内容がなるべく参照されてほしい」という気持ちがあったからである。

 まず、商業出版の方が後世からアクセスしやすい。もちろん同人誌であっても、納本すれば国会図書館には残る(筆者は国立国会図書館法を守っており、一定部数以上の同人誌についてちゃんと納本してはいる)。時が経てばデジタルコレクションにもおそらく入るだろう。だが、ほとんどの公立図書館や大学図書館には入らない。それはあまり望ましいとは思えなかった。麻雀漫画について、あるいは大衆漫画全体や麻雀文化全体について「気になった、調べてみたい」と考える人間が出たとして、軽く調べただけで「『麻雀漫画50年史』という本が出ているのか」「とりあえず参照してみよう」などとなった方が、書いた甲斐があるというものだ。

 出版社から出た本と同人誌では、資料としての信頼度が違うだろうというのもある。もちろん一般書は査読論文などと違って信頼性が担保されているわけではないが、それでも同人誌とは違う。ウェブ上の情報の代表格であるWikipediaにしても、同人誌は基本的に典拠として適当とはされない。そして本書中では、既存の商業出版物の言説を否定している部分がある。例えば、竹書房元会長・高橋一平氏へのインタビューを中心とした小菅宏『逃げない流儀』という本の内容について、「高橋氏はこう言っているが、当時の出版物や他の関係者の証言とは食い違う」と何箇所かで指摘しているように。これは別に著者に恨みがあるとか腹を立てているとかではなく、「元会長」という信憑性のある肩書がある人の語りに疑義がある場合には殊更にそれを表明しておかないと、それが「竹書房の歴史」として固まってしまう(Wikipediaに出典付きでその内容が記載される等により)だろうと思ったからだ。まあ、いち出版社の正しい歴史が記録されなかったからといって人類が困ることも特にはないだろうが、それはそれとして。

 商業出版を目指したもう一つの理由は、質を高めたかったからである。筆者としてはこの本を、「学術書と全く同じとまでは行かなくても、なるべく近い精緻さ」と「麻雀好き、麻雀漫画好きだけが楽しめるというわけではない、広い層が楽しめる本」の両方を備えたものにしたいという野心があった(どれほど達成できているかはもちろん読者の判断を仰ぐよりないが)。この目標を達成するには、人文書の知見を持った編集者を介在させることが必須だろうと思ったというわけだ。実際、全体構成の組み直し方については打ち合わせでかなり頭をひねっていただいたし、自分が麻雀漫画に慣れすぎていたために見落としていた視点からの指摘なども多々あり、想定通りであった(この指摘を考えてコラムを追加したのも、先述の「初校戻しで増えた100ページ」の理由の一つではあるのだ......)。

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▲担当編集がGoogleドライブで作成し共有していた構成表(初期案)。缶詰状態で3時間ほど考える。

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▲増えたコラム。コラム1〜3まで書き下ろした。

 商業出版を目指した三つ目の理由は、表紙である。本書の表紙は、アニメ化や実写化もされるなど大ヒットした、今世紀の麻雀漫画を代表する作品の一つ『咲-Saki-』(スクウェア・エニックス刊)の登場キャラである龍門渕透華さん(知らない人のために書いておくと、ライバルチームの副将であり、主人公ではない)を作者の小林立氏に描き下ろしてもらったものになっている。これは単に人気作品だからどうというのではなく、純粋に筆者が『咲-Saki-』という作品と龍門渕さんをとても好いている(筆者は知人に描いてもらった龍門渕さんのファンアートを10年以上Twitterのアイコンとして使い続けていた)ということと、麻雀漫画の歴史を研究する同人誌を出すようになった最初の動機が「SNSなどでしばしば見られる、主人公を含めて非現実的なアガリ方をするキャラが多く出ることを理由に『咲-Saki-』の麻雀シーンを低く評価するのは、麻雀漫画をあまり読んでいない人の意見」(なぜそういう結論になるのかの理由は本書中に書いたつもりだ)という憤りにあったということに依る。あと龍門渕さんは、今まで単行本の表紙や書店特典の描き下ろしイラストのメインに選ばれたことが一度もなかったので、表紙を飾ってほしかった。もちろん、商業出版で出せばこのような野望が常に叶うわけではないが。 というか叶わないほうが普通だと思う。

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▲101通のうち30通、3ヶ月ほどは表紙・カバーに関しての相談をしている。

どうやって宣伝して知ってもらう?

 触れてほしいと文学通信から言われた「刊行前後にやって良かったプロモーション」についても書いておく。ただ最初に書いておくと、本書の場合、プロモーション的な意味で最も大きかったのは明らかに表紙の力だ。最初の告知はX(旧Twitter)で約2400RT+3000イイネと、テーマのマニアックさと筆者の知名度を考えれば異常なほど拡散されたが、これは低めに見ても表紙の力が8割というところであろう。人文書が話題になることが普段なさそうな画像掲示板でまでスレッドが立っていたのを確認したほどだ。

▲Amazonでの予約開始を待って、告知を行った。

 表紙の話以外でのプロモーションの話としてはまず、文学通信のサイト上で目次と索引が公開されたのが非常に効果的であったと思う。このような本の存在を目にした場合、麻雀漫画好きであれば、こと「大メジャーとは言えないだろうが自分は好きな作品」について「載っているだろうか」という疑問を持つのは必定であろうが、それに対し索引を示して「載っています」と即座に答えられたのは効果が高かったのではないか。

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▲Xでのリプライ。
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▲公開した索引。

 加えて、刊行後の企画として、神保町の東京古書会館にて、「『麻雀漫画50年史』刊行記念 麻雀漫画の歩み展〜1969-2024」という、執筆に使った麻雀漫画雑誌や単行本といった資料から選んだ226点を時代順に配置した展示会を行ったことも良かったと思う。会場の様子などは【展示会を開催してみて】を参照していただきたい。筆者は会期中の毎日在廊して受付および解説などを行っており、どのような人に足を運んでもらえたかをチェックできたのだが、「本を読んで展覧会に来た」という人だけでなく、「展覧会の存在を先に知り、会場で本も購入」という人が思ったよりかなり多かった(7日間で446人の来場があり、77冊を販売)。百聞は一見にしかずというか、「麻雀漫画というジャンルには思われているより面白い歴史があり、本書はそれをまとめたものである」ということが伝わりやすかったのではないかと思う。かかった経費については分からないので、プロモーションとしての成果は筆者からははっきりとは言えないところはあるが、やれて良かった企画であった。

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▲展示会場と配布した展示資料リスト。

 こうしてあらためて書き起こしてみると、他の企画ではあまり参考にならないだろうかと思われるところが多いが、「同人誌上での研究を商業出版に」と考えている著者・出版社が企画を考える一助になれば幸いである。


V林田(ぶい・はやしだ)
1982年生まれ。神奈川県川崎市高津区出身。東京都立大学人文学部社会福祉学科卒業後、古書店、時刻表編集、ライトノベル編集、業界新聞、ITベンチャーなど一貫性なく職を転々とした末にフリーライターとなる。『SFマガジン』『本の雑誌』等で記事を執筆しているほか、漫画総合情報サイト「マンバ」上でノンジャンル漫画紹介コラム『珍しマンガ探訪記』を連載。並行して、同人サークル「フライング東上」で、埋もれた麻雀漫画作品や大ファンであるほんまりう氏の漫画作品を復刻したりもしている。その他、kashmir氏の漫画『てるみな』(白泉社)の幕間コラム執筆、『ハヤカワ文庫JA総解説1500』(早川書房)の一部執筆、アダルトゲーム『なつくもゆるる』(すみっこソフト)の生物部監修などを担当。2025年9月に『本の雑誌』20~23年連載の鉄道書紹介コラムをまとめた『鉄道書の本棚』(本の雑誌社)が刊行予定。