新入社員週報第5回「古典本文とどう向き合っていくか、変わるもの・変わらないもの」(持田玲)

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ゴールデンウィークを挟み、久しぶりの新入社員週報、今回が最終回です。
前回は、大学院時代の研究についてお話ししましたが、今日はそこから話を広げて、古典文学のテキストデータ化や、古典の本文とどう向き合っていくかについて考えます。

大学・大学院時代、分野の違う友人に「和歌表現」はどう研究するのか、とよく聞かれました。確かに「表現」を解釈するというと、抽象的なイメージを抱かれるかもしれません。
けれども実際は、言葉や助動詞のレベルで、時代の横軸と縦軸の両方から和歌表現を比較・分析するとともに、文化的な側面からのアプローチや、古記録等の史料も参照して進める、具体的な研究です。その研究に必須なのが、『新編国歌大観』『新編私家集大成』という索引、それをデータベース化した古典ライブラリーの日本文学web図書館です。
日本文学web図書館では、『国歌大観』『私家集大成』の本文や解題を閲覧するだけではなく、句・語彙検索、人名での検索もできるので、私は本当にお世話になってきました。

このように日本文学web図書館は、便利なツールではあるのですが、一方で、歌ことばを検索したらすぐに一覧が出てしまうために、個々の歌には出会えても、「和歌集」としての配列やつながりを視野に入れながら向き合うことから逃げてしまう、という側面もあります。研究会や勉強会に参加すると、私はデータベースありきで、まず純粋に、和歌を読んできた量が少ないということを痛感します※。更には、採用されなかった伝本があったり、校訂によりデータ上に出てこない本文が多く隠されているので、一口に利用するといっても難しいと感じています。

このような中で、最近では、中世歌合DBプロジェクト(https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-22K00303/)にて、『国歌大観』『私家集大成』とは異なる、新たなデータベースの構築も行われています。

TEI古典籍ビューワはこちら。
https://tei.dhii.jp/teiviewer4eaj

中世歌合DBプロジェクト Xアカウントはこちら。
@shinshoshigaku

具体的には、永崎研宣・幾浦裕之・藤原静香「古典本文をWEBに載せる―TEIガイドラインに準拠したテキストデータ構築」(盛田帝子編『古典の再生』文学通信、2024年)にまとめられていますが、対校本文や判詞との対応、題詠のマークアップなど、歌本文だけを落とし込んだものではなく、これまでの研究の積み重ねの上で構築されるデータベースです。

私は、データの構築というと、膨大なものを広く扱う印象で、遠い存在のように感じていたのですが、実際にビューワを扱ってみると、そうではなく、基本的な和歌の精読がいかに大切かを再認識しました。古典本文にアクセスするツールや、研究成果の公開の方法は変わってゆきますが、本文を読むという研究の根幹部分は変わらない、データベースを使ってみて、むしろその普遍性のようなものも感じました。

この上で、日本文学に携わる出版社に何ができるのか、ということですが、私にはまだそれを具体的に話せるだけのものを持っていません。
ただ、これは常套的な答えになってしまうかもしれませんが、結局は、紙・WEBどちらも、知を流通させるものとして必要不可欠な存在なのだと思います。紙に付随するものとしてのWEBではなく、常に両輪であることが必要ですし、紙でもWEBでも、研究を世の中と繋げていくという出版社の基本的な姿勢が変わることはないと思います。

ここまで全5回、新入社員週報をお読みいただき、ありがとうございました。
週報は一旦今回で終わりますが、今後も、文学研究や出版にまつわること、仕事のことなど、何かブログにできたらと考えています。ぜひ、お待ちいただますと嬉しいです。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

※これは、和歌、古典文学研究に広く共有された課題点だと思います。加藤弓枝「日本古典文学資料のテキストデータ構築をめぐる課題と展望─Lies, damned lies, and statistics?」(盛田帝子編『古典の再生』文学通信、2024年)に、詳細にまとめられています。


盛田帝子編『古典の再生』(文学通信)の詳細はこちら。
文学通信
盛田帝子編『古典の再生』(文学通信)
ISBN978-4-86766-042-3 C0095
A5判・並製・448頁
定価:本体2,800円(税別)


【週報バックナンバー】
新入社員週報第1回「「丁寧さを失わずに」 これからよろしくお願いいたします」
新入社員週報第2回「出版社と社会と私」
新入社員週報第3回「140字でなんとかしてみる」
新入社員週報第4回「「好き」を社会に伝えてゆく」