新入社員週報第7回「学術モノグラフをめぐるトピック2つ」(渡辺哲史)

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こんにちは。文学通信の渡辺です。
今週取り上げたいトピックは「学術モノグラフ」についてです。


論文だけでなく学術書もオープンに
イギリスの研究助成機関(UKRI)が研究成果物のオープンアクセス(OA)化政策に関する提案を新たに発表しました。
特に目を惹いたのがOA化の対象を従来の学術論文のみならず、モノグラフを始めとする書籍にまで拡大しようとする提案です。

提案内容によれば、
公的な研究機関から助成を得て出版された学術書は、刊行から12ヶ月以内にオープンアクセスすることを義務付ける。できれば即時公開が望ましい。
あらゆる分野の学術モノグラフ(monograph)、本の章単位(book chapter)、編纂書(edited collection)が対象。
実施開始は2024年1月から。
当提案に関する意見はイギリス内外からオンライン上で募集(2020年4月17日正午まで)

UKRIによれば、公金が投入された研究成果については、当然公衆にとってもアクセスしやすいものであるべきで、さらなる成果を生む資源となることが期待されており、その達成にあたって研究成果のOA化を重視しているとしています。

しかしすでに一部の研究者から指摘されている通り、OA義務化によって学術単行書の出版が他分野より一般的になっている人文系の分野に及ぼす影響が懸念されています。記事によれば人文学分野は他分野と比べて、研究成果を書籍としてまとめて発表する慣習がいまだ根強く、OAにあたって出版社に支払う費用が何らかの形で補填されない限り、研究者の出版機会を損ない、キャリア形成に悪影響を与えかねないとしています。

同記事で触れられているモノグラフ刊行の分野ごとの傾向について、今年の2月に出版された研究論文がこの点に触れていたので以下に紹介します。


人文・社会科学分野で根強いモノグラフ出版
Scientometrics誌に発表された論文「学術モノグラフを出版している研究者はより生産的・ローカル志向」では、ポーランドの研究者67,000人を対象に、2013-2016年のあいだの研究出版活動を分析しています。

同論文によれば、
モノグラフを出版する研究者は論文出版には積極的ではないとこれまで考えられてきたがそうではなかった。
モノグラフを出版した研究者は、出版しなかった研究者に比べて、分野・ジェンダー・年功問わず、論文も多く出版しており、学術出版数において生産性が高い。(あくまで各論文の質ではなく数を計測している)
研究者レベルの傾向を見ることで、社会科学・人文学分野においてモノグラフはもっとも重視されている出版チャンネルであることがより明確になった。
モノグラフを書いた研究者は国際的な学術誌よりも、ローカルな学術誌で論文を出版する頻度が高い。
モノグラフを出版した人とそうでない人の出版活動の傾向が異なる理由について、当論文のデータをもってしては説明できない。
一つの仮説として、モノグラフを出版する研究者が関心を向けるトピックにはローカル(国レベル)な側面があるためかもしれない。


研究者の研究出版活動自体がこうして一つの研究トピックになるということがとても面白く、また、今回導き出された結論が上述のOA化の流れによってどのように変化するのか(あるいはしないのか)、今後も気になります。
今週は以上です。最後までお読みいただきありがとうございました。
それではまた来週。


【これまでの週報】
新入社員週報第1回「中途半端なエクソフォニー」

新入社員週報第2回「書名翻訳のストラテジー」

新入社員週報第3回「海外日本研究通信(仮)」

新入社員週報第4回「海外日本研究通信(仮)その2 (East)Asian Studiesの歴史を追ってみた」

新入社員週報第5回「海外日本研究通信(仮)その3 ロナルド・ドーアとダルウィッチ・ボーイズ」

新入社員週報第6回「海外の独立/在野研究者が直面する二重の疎外」