新入社員週報第6回「海外の独立/在野研究者が直面する二重の疎外」(渡辺哲史)

このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

こんにちは。文学通信の渡辺です。
今週は「日本研究」から少し離れて、海外の独立/在野研究事情について取り上げたいと思います。

●「独立研究者と呼ぶのはやめてほしい」という声
『在野研究ビギナーズ』の盛り上がりもあり、もはや「在野研究」という呼び方が国内では定着しつつあるように思われますが、英語だと「independent scholar」、すなわち「独立研究者」と呼ばれることが多いようです。
しかしこの「independent scholar」という呼び方についても賛否あり、「独立研究者と呼ぶのはやめてほしい」と訴えている記事もありました。

この記事によれば
「independent scholar」とは博士号を取得したものの学術機関に所属していないが、アカデミーに参加(学会、論文、学術書を発表)している人のことを指しています。しかし、例えば「独立弁護士」「独立ビジネスマン」という呼び方はないのに、研究者だけ「独立」という呼び方なのはおかしい、と指摘しています。

また、この語の使用は対象となる無所属の研究者を軽んじている/無力化(marginalize)している、とあります。このことをもっとも感じるのは学会や国際会議などで所属を登録するときのようで、まれに「independent scholar」や「その他」という項目があるが、ほとんどの場合そういった選択肢はなく、自分の立場を明確にできない・表現できないこのような事態は疎外(alienating)である、としています。

このような事態に対する著者の提案は以下の通りです。
    ① 研究者がどのように認識/呼ばれたいかを尋ねる。「独立研究者」がいいならそれで。そうでないならその人自身に決めてもらうこと。
    ② 初対面では「どこで研究しているんですか?」ではなく、「何を研究しているんですか?」と聞くこと。
    ③ カンファレンス登録や研究発表提出のサイトで、研究者に自分自身を定義する機会を与えるか、あるいはそもそも所属の記載をやめるべきである。
    ④ シンポやラウンドテーブル等はなるべく多様な研究者で組まれるべきである。

一見ささいに見える呼び方の問題ですが、この記事を読むと独立研究者にとっては大きな問題であることがよくわかります。
余談ですが、日本民俗学会では肩書きに居住県名や住んでいるマンション名を使っても許されるようです。


●「独立研究者連盟」の存在
「独立研究者と呼ぶのはやめてほしい」という声の一方で、「独立研究者連盟」National Coalition of Independent Scholars(以下、NCIS)を名乗るグループもあります。

沿革によれば1989年に創設されたアメリカを拠点にしたNPOで、テニュア(終身在職権)でない研究者であればどの分野の研究者も加盟できるとあります。(ただし加盟には審査があり、業績によって正会員か準会員として判定。大学院生や駆け出しの研究者は後者にふり分けられることが多い模様)

また同連盟は「The Independent Scholar」というピアレビューのオープンアクセスジャーナルを刊行しており、出版機会の提供もしているようです。

会員になる主な利点として、
  ・所属機関の提供、会員証発行(NCISを所属として使える)
  ・アーカイブや図書館への紹介状作成
  ・JSTORへのアクセスや校正・翻訳料の割引適用
  ・研究助成金
が挙げられています。

やはり所属機関が無く、そこで支給される研究費もない独立研究者にとって、アクセスできる情報資源・申請できる助成などは大幅に制限されてしまうため、上記のような支援があるようです。

さらに言えば海外のジャーナルは毎年のように値上がりしており、分野によってはとても無所属の個人のポケットマネーではまかえないような金額になっていますが、仮に所属していても機関によっては負担できない金額規模に達しており、同じアカデミー内でも研究環境の格差はさらに広まっているように思えます。


●海外の独立/在野研究者が直面する二重の疎外
上記の記事と連盟のサイトを読んでみましたが、海外の独立研究者は二重に疎外されていると言えるのではないでしょうか。
すなわち、
    ・定義の問題(カンファレンス等の手続きで自分自身の立場を明確にできる項目/肩書きがない)
    ・制度の問題(所属がないとアーカイブやジャーナルにアクセスすることが手続き的にも金銭的にも困難)

これらの問題は海外のみならず、国内にもあてはまる部分が多いのではないかと思います。
今週はひとまず以上です。最後までお読みいただきありがとうございました。
それではまた来週。


【これまでの週報】