井浪真吾『古典教育と古典文学研究を架橋する 国語科教員の古文教材化の手順』(文学通信)

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3月下旬の刊行予定です。

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井浪真吾『古典教育と古典文学研究を架橋する 国語科教員の古文教材化の手順』(文学通信)
ISBN978-4-909658-26-5 C1037
A5判・並製・344頁
定価:本体2,700円(税別)


古文テキストの教材化は、こうして行う。
古典教育研究、古典文学研究の架橋を試み、生徒たちの古典教育を考える。

「古典を勉強する意味ってあるんですか?」近年、こういった問いに対して応答する人が増えてきました。
しかしその問いについて、古典文学研究者からの提言は「生徒の古典嫌い」をどう打開していくかに議論が集中し、教科書教材の面白い読み方、教科書に採録されていない古文テキストの紹介など、古典世界へのアプローチばかりが言い立てられています。そこでは「古典世界の奥深さ」「古典文学の魅力」など、古文テキストの価値は先験的に認めらており、学習の意義との回路が明示されることはありません。

古典文学研究者にとって古典教育の世界は、授業作り提案と実践報告、学習指導要領解説で埋め尽くされている、研究者が踏み込めない世界と映り、教員は時間的な余裕もなく、古典文学研究の細分化や領域拡張もあり、自らとの間のに切実さが見えないものと映ってしまっています。では互いの相互疎外状況を変えていくにはどうすればいいのか。

本書は、古典文学研究が明らかにしてきたものを生かし、古典教育研究や古典教育実践が明らかにしてきた古典教育の意義や目標と照合し、現在の古典教育をめぐる状況を踏まえながら、『宇治拾遺物語』を手掛かりに、教材化を試みた実践の書です。

これから教員になる人と、すでに教壇に立っているすべての人に。古文テキストの教材化の手順を知りたいすべての人に。古典教育研究と古典文学研究の相互疎外状況を感じている人に。

【本書は『宇治拾遺』の教材化を提案するわけですが、この手順は古典文学研究と古典教育とを架橋した形で古文テキストを教材化する際の手順でもあります。テキストの何がどのような手法で明らかにされているのか、それと生徒たちとの接点をどこに見いだすのか、そのテキストは古典教育ではどのように扱われてきたのか、古典教育の目標や意義をどこに見いだすのか、それらを踏まえた上でテキストをどう教材化するのか。これが本書の手順です。もちろん、いつもここまで詳細にできるわけではありませんし、本書での「教材化」から実際の授業での「教材化」に至るには、ほかにも考慮すべき要素はあります。とはいえ、歩み寄ろうとしながらも「相互疎外状況」が深刻化している古典教育の現状を打破するために、本書の手順はモニタリングする際の観点の一つとして使っていただけるのではないかと考えています。本書を起点に、古典文学研究と古典教育との架橋の試みがこれまで以上に行われるようになり、少しでも読んでいただいている皆様の役に立つことができたならば、これほど嬉しいことはありません。】......「序章」より

井浪真吾「古典教育に携わる方々の「連帯」のために」★『古典教育と古典文学研究を架橋する 国語科教員の古文教材化の手順』刊行について文章をお寄せいただきました。

本書序章より「相互疎外状況から見える課題」(原稿[校正中])を期間限定公開中
ぜひご一読ください!

☆本書コラムより、以下公開中。教員をめざす人、教員になったばかりの人のために。
コラム① 文学研究の成果を知るために
コラム② 古典教育研究・古典教育実践を知るために
コラム③ 説話(集テキスト)の表現・教材分析のために

読者はがきより(2020.5.12)★井浪真吾『古典教育と古典文学研究を架橋する 国語科教員の古文教材化の手順』

〈知的なおもしろさ〉を求めて日々の授業準備に取り組む者として、若者の問題意識には深い共感を覚えます。また幅広い研究の成果を丁寧に論述されており、大変読みやすく勉強になりました。欲を言えば、「第三部」のボリュームがもう少しあれば...と現場にいる者としては思います。情けない話、「架橋したくても時間がない」というのが本音です...。が、せっかく理論的な整理をしていただいたので、あとは各々がやるしかない!! とモチベーションを高めることができました。





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【著者紹介】

井浪真吾(いなみ・しんご)

1985年滋賀県生まれ。2009年広島大学教育学部第三類国語文化系コース卒業。2011年同大学院教育学研究科教科教育学専攻国語文化教育学専修修了。2019年同大学院教育学研究科教育学習科学専攻教科教育学分野国語文化教育学領域修了。神戸龍谷中学校高等学校講師、教諭を経て、2019年現在、奈良女子大学附属中等教育学校教諭。

【目次】

序章 古典教育の課題
 第一節 相互疎外状況から見える課題
 第二節 本書の方法

第一部 教材分析の方法─『宇治拾遺物語』の表現とその位相を考える

第一章 最新研究の調べ方─説話研究と『宇治拾遺物語』研究の現在
 第一節 説話研究の現在
 第二節 『宇治拾遺物語』研究の現在
 第三節 これからの『宇治拾遺物語』研究にむけて

第二章 先行研究の調べ方─『宇治拾遺物語』の表現はどう分析されてきたか
 第一節 転回した説話研究
 第二節 佐藤晃─説話排列、相対化
 第三節 荒木浩─読書行為
 第四節 森正人、小峯和明、竹村信治─言語行為、言語場
 第五節 先行研究を整理する

コラム1 文学研究の成果を知るために

第三章 表現を分析する─『宇治拾遺物語』の表現の実際
 第一節 他者の言葉への懐疑
 第二節 〈他者のことば〉との対話(1)─〈歴史〉をめぐって
 第三節 〈他者のことば〉との対話(2)─〈信〉をめぐって

第四章 言語場を分析する─『宇治拾遺物語』が営まれた空間

 第一節 『宇治拾遺物語』と文学場
 第二節 『宇治拾遺物語』と仏教場

第二部 教材化の前に考えておきたいこと─古典教育の目標と古典教材を考え直す

第一章 中等教育における国語教科書の中の古典教材の現状─説話教材を中心に
 第一節 教科書の古典教材の現状
 第二節 入門教材としての説話教材
 第三節 中等教育における国語科教科書の説話教材
 第四節 〈入門教材としての説話教材〉の問題

第二章 国語教育誌の中の〈古典〉の現状─国語教室で創られる〈古典〉
 第一節 〈古典〉を取り巻く現状
 第二節 カノンとしての〈古典〉
 第三節 関係概念としての〈古典〉
 第四節 国語教室で創られる〈古典〉に対する疑義
 第五節 国語教室の〈古典〉とその更新に向けて

コラム2 古典教育研究・古典教育実践を知るために

第三章 公共性・主体・古典教育─50年代における益田勝実古典教育論
 第一節 国語教育に関する益田勝実の仕事
 第二節 益田勝実と文化運動
 第三節 益田勝実の文学教育論
 第四節 益田勝実の古典教育論
 第五節 公共性・主体・古典教育

第四章 公共性・言説の資源・古典教育─60年代における益田勝実古典教育論 

 第一節 益田勝実の反省
 第二節 柳田国男との出会い
 第三節 60年代における益田勝実古典教育論
 第四節 公共性・言説の資源・古典教育

第三部 教材化の構想─『宇治拾遺物語』を例に

第一章 国語教室の『宇治拾遺物語』
 第一節 中等教育国語科教科書の『宇治拾遺物語』
 第二節 『宇治拾遺物語』に対する教材観
 第三節 国語教室の『宇治拾遺物語』

第二章 『宇治拾遺物語』の教材化にむけて
 第一節 これからの古典学習にむけて
 第二節 公共的空間
 第三節 テキストの対話、テキストとの対話
 第四節 『宇治拾遺物語』と公共的空間

第三章 『宇治拾遺物語』の教材化案
 第一節 第104段の編述
 第二節 第104段教材案

コラム3 説話(集テキスト)の表現・教材分析のために

参考引用文献
あとがき
索引(書名・人名・事項) 左開