【連載エッセイ】其の五「料紙観察と紙の多様性」 - 白戸満喜子の料紙観察の手控〈メモ〉

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其の五
料紙観察と紙の多様性


■そうめんとベビースターラーメン

書誌学入門ノベル! 書医あづさの手控〔クロニクル〕』(以下『書医』)の推薦文で延広真治先生が

いつもペン型ルーペ2本を持ち、
紙の正体を即座に見破る白戸さん
と筆者をご紹介くださいました。この2本は倍率がそれぞれ50倍と100倍で、一般的な和古書に用いられている紙はこれでほぼ見分けがつきます。和紙の主原料であるコウゾ・ガンピ・ミツマタの繊維は50倍で、明治期以降に輸入あるいは国内で生産された木材パルプは100倍で形状確認できます。

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PEAK社 ペン型ルーペ 先端部分はサンドペーパーで滑らかにし、資料を傷つけないようにしておく】

この料紙観察が最も有効な場面は、明治以降に江戸期の板木で刷られている版本や浮世絵に対してです。日本で木材パルプが使用され始めるのは明治期からで、江戸以前の元号が記されていたとしても、紙の原料に木材パルプが確認された場合、資料の成立年はあてにならないことになります。他にも、付箋的に貼られている別紙が本体と同じ紙なのか、明治より後の時代に貼られたものかは形状観察で見分けられます。

どちらも白色の糸状繊維であるものの、靭皮繊維であるコウゾはほぼまっすぐでそうめん、短繊維の針葉樹木材パルプは長さ2〜4 mm、幅約 50μm(マイクロメートル)でベビースターラーメンのような形状です。

■料紙観察に使用するツール

連載エッセイ其の二「紙は白い」から今回まで、高精度デジタル顕微鏡で撮影したさまざまな繊維をご紹介しました。料紙観察用には他に『書医』京都編其の十四の挿絵にあるような、PC接続のマイクロスコープが各種あり、また顕微鏡モード付のデジタルカメラもあります。

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SKYBASIC Wifi デジタル 顕微鏡 画像は観察現場にいるメンバー各自のスマートフォン・iPadなどに保存可能】

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RICOH社 顕微鏡モード付デジタルカメラ 書影(資料全体)と繊維の両方を撮影可能】

撮影する機器の一番の違いは、主に倍率と画像のわかりやすさです。繊維長や繊維幅がわかるスケール(目盛)が入るかどうか、立体的な画像であるかという点は高精度顕微鏡が優位になるものの、形状観察だけならどれでも可能です。逆に顕微鏡では、ステージという台座の部分に乗せられるサイズと厚さにより、撮影できる資料が限られてしまうという制限があります。

ただ、これらのデジタル機器よりもルーペでの料紙観察の方が繊維の立体感や形状を確実にとらえられる気がします。個人的な見解ですが、デジタル処理をした繊維の画像は、プリクラやアーティスト写真のように補正されています(「盛ってる」感アリアリ)。実際に会って話をすると人の個性がわかってくるのと同様に、ルーペを通して肉眼で確認する繊維形状とデジタル補正された画像上の形状は微妙な差があることは、ぜひとも知っておいてください。

また、紙の上でルーペを少しずつ動かしながら形状確認する作業は、一本の繊維で先端と中央部の幅が異なるミツマタの繊維確認には必ず必要です。

■打ち紙の繊維はアイスコーヒーの入っているストロー

料紙観察は原料植物の繊維(セルロース)がもっている特徴を見つけることがポイントになります。大まかな特徴は以下の通りです。

・コウゾ...円筒形で長い
・ガンピ...リボン状で長い
・ミツマタ...リボン状で先端と中央部の幅が異なる
・モウソウチク...短繊維で糸状・勾玉(まがたま)状・ノコギリの歯状など、さまざまな形状がある
・木質パルプ...短繊維で縮れていることが多い

連載エッセイ其の二「紙は白い」でお伝えした通り、1枚の紙は一皿のカレーやシチューのようなもので、一部分だけ見て原料を判断するのは早計です。一枚の紙ならば数か所、一冊の本ならば数丁分を確認することをおすすめします。特に、斐楮(ひちょ)混ぜ漉きという、ガンピとコウゾを混合して漉いた紙と思われる場合は、紙全体をじっくり観察する必要があります。

斐楮混ぜ漉きと打ち紙は触感だけでは混同されがちです。『書医』京都編其の三「助け舟」に出てくる打ち紙の画像をご紹介しましょう。液体が入っていないストローと、アイスコーヒーを飲んでいるときのストローぐらいの違いがあります。

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【打っていないコウゾ原料の紙(200倍)】

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【打ち紙しているコウゾ原料の紙(200倍)打ち紙の加工度合いにより繊維の状態も異なります】

■紙の多種多様性を知る料紙観察

書医』付録第7講で製紙の基本原理を紹介しました。

(1)植物から原料となる繊維を取り出す(パルプ化)
(2)水に原料繊維を入れて漉く
(3)乾燥させる

という原理は後漢の105年に紙を発明したといわれる蔡倫(さいりん)の時代から同じであるものの、(1)粘剤(ネリ)も含めた原料となる植物、繊維の取り出し方(パルプ化)、(2)水質、漉き方、漉く時の道具、漉く時期、(3)乾燥方法(平面に貼る、吊り下げる、日光・火力使用の有無)により、同じシート状の物質であっても品質が変わります。

2000年にわたりアップデートしている紙は、実に多種多様で、書物に仕立てられている紙には、製紙後さらに加工が施されています。「紙」というモノを知っていても、目の前にある紙がどのような紙であるのか、正確に把握するためには紙に関する背景知識が必要になってきます。

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【中国では切手になっている蔡倫】

2005年に公開された映画「キンキー・ブーツ」には、ずっと紳士靴を作っていた老人がハイヒールを手にして、今までの経験を下地に男性用ハイヒールという新しい製品に取り組もうとするシーンが出てきます。時代も洋の東西も問わず、自分の作るモノの本質を知っていて、仕事に矜持を持つ職人は変化に対応可能なのだと思います。

一枚の紙にも、作った人の矜持やその時代の流行・傾向が現れていますから、そこを見つけるのが料紙観察の醍醐味です。誰でも知っているモノの、普段は気が付かない部分を俯瞰(ふかん)的な視点とミクロの視点の双方から総合判断していくのは、ある意味、探偵的な作業なのかもしれません。一度ハマると癖になります。

書誌学入門ノベル! 書医あづさの手控〔クロニクル〕』で紙に興味が出てきた方、どうぞこちらの世界へお越しください。歓迎いたします。