【連載】vol.2 古代史研究者などに役立つ本書の読み方ガイド(小川潤) - DHへの誘い〜『欧米圏デジタル・ヒューマニティーズの基礎知識』専門分野別読書ガイド〜

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vol.2
古代史研究者などに役立つ
本書の読み方ガイド

文●小川潤


はじめに

みなさんこんにちは。『欧米圏デジタル・ヒューマニティーズの基礎知識』の編集・共著者の一人、小川潤です。今回は、読書案内シリーズの第2回を担当させていただくことになりました。前回は、山中美潮さんが、ご専門であるアメリカ合衆国研究の視点から本書の活用方法を紹介してくださりました。今回は私の専門である古代に焦点を当てて、古代史研究者や西洋古典学者、文献学者、そしてもちろん、古代に関心をもつ一般読者が本書をどのように活用できるか、本書の記事に触れつつご紹介したいと思います。

本書の中で古代に関わる記事を収めたのは第2部「古代」と、宮川創氏が執筆した記事からなる第3部です。今回はその中から、(1)データ、(2)協働という2つの観点を軸にいくつかの記事を取り上げてみることにします。

じつは、欧米圏における古代DHのプロジェクトは日本では少し想像できないほどに盛んで、さまざまな分野で非常に有用なデータやツールが作られています。そして、そのような成果は、研究者同士の協働、勉強会や研究会といったコミュニティの賜物であると言えると思います。今回の読書案内を通して、そのような活発なDH研究の活動を知り、研究に活かすための足掛かりをつかんでいただければ幸いです。


データ

デジタル技術を用いた人文学研究の基盤は、データにあるといってよいでしょう。一口にデータといっても、テクストデータやメタデータ、画像、音声までさまざまな種類のデータがありますし、その構築についても、テクストの翻刻からXMLなどを用いた高度な構造化まで、いくつかのレベルが考えらます。このようなデータをどのように作り、公開するかはDH研究における最大のテーマの一つといえるでしょう。

古代研究に欠かせないギリシア・ラテン語のテクストを扱う著名なプロジェクトの一つに、Perseus Digital Libraryがあります。これはDH全体でみても先駆的なプロジェクトで、本書でもたびたび言及されています。吉川斉「2-2. Perseus Digital Library」は、Perseus Digital Libararyの基本的な使い方はもちろん、プロジェクトの沿革やオープンデータの意義にまで射程が及んでいて、古代研究のみならず、DH全体にとって重要なテーマにも触れることができる内容になっています。また、同「2-3. The digital Loeb Classical Library」も、Perseus Digital Libararyと比較しつつ読むと新たな発見があるはずです。

古代DHの分野では文献史料のみならず、碑文やパピルス、硬貨などさまざまな形態の資史料がデータ化されています。このうち、パピルスを扱うデータベースについては、宮川創「3-10. ドイツ語圏のパピルス文献で著名なデジタル・アーカイブ」が簡明に紹介していて、非常に勉強になります。また本書では、古代関連史料をデータとして構造化する際のスタンダードになりつつあるEpiDocもしばしば言及されており、これも要チェックです。

このほかにも、さまざまな種類のデータを扱うプロジェクトが、第3部を中心に紹介されています。例えば、歴史文書のOCRやHTRの試み、古代の地名・人名などを集めてデータベース・Linked Open Data (LOD)、統語情報をマークアップするUniversal Dependencies (UD)などです。この記事ではそれぞれについて詳しくは扱えませんが、ぜひ、目を通してみてください。

このように、さまざまな分野においてなされる資史料のデータ構築こそが、デジタル技術を用いた古代研究を支えるものであって、本書はそのような研究のまさに最前線の空気感を伝えてくれます。


協働

宮川創「3-14. 複雑性が人々をインスパイアし、共同作業を促進させ、DHを発展させる:Dgital Humanities 2019 ユトレヒト大会」のタイトルにある通り、DHの発展にとって共同作業、すなわち協働は不可欠です。人文学諸分野、さらには情報学などの分野と学際的な協働を実現することで、意義深いDH研究が生まれることは間違いありません。そしてこれは、古代DHについてももちろん当てはまります。

例えば、上述のPerseus Digital LibararyのプロジェクトリーダーであるGregory Crane氏も、協働については確固たる信念を持っており、その内容は小川潤「2-4. Perseus Digital LibraryのプロジェクトリーダーGregory Crane氏インタビュー」で言及されています。また、実際に国際共同プロジェクトに参加した研究者の声として宮川創「3-3. スウェーデンとアメリカで古代末期関連のDHプロジェクトの作業を行った」は貴重な論考であり、参加者がそれぞれの立場でプロジェクトに貢献する様子が記されています。

宮川氏の記事はまた、非常に実用的な問題として、協働を促進するための技術的工夫についても触れており、参加者の一人が汎用ウェブXMLエディタを開発していることを紹介しています。協働を考えるにあたっては、作業の負担をいかに減らし、幅広い参加者を募れるかが重要なポイントになるため、このようなツールの開発は意義深いものでしょう。この点については、近しい内容を扱ったものとして小川潤「2-5. 西洋古典・古代史史料のデジタル校訂とLeiden+」も参考になるはずです。

最後に、協働といった場合、それは共同プロジェクトに限られるものではなく、研究者同士が交流し、意見の交換をしあえる「場」についても考える必要があるでしょう。この点について、髙橋亮介「2-1. Digital Classicist / ICS Work-in-progress seminar」は必読です。また、そのような場に参加しうる研究者を育成するためのDH教育についても第2部「古代」、第3部を通じてしばしば言及されているので、関心があれば、ぜひ読んでみてください。


おわりに

ここまで、古代を専門とする立場から『欧米圏デジタル・ヒューマニティーズの基礎知識』の読み方を紹介してきました。ただし、これはあくまでも一例であって、実際には読者一人ひとりの関心に沿った読み方ができると思います。このように、多様な読書の可能性を提供してくれる点も、本書の魅力の一つでしょう。

また、今回は古代研究に関わる部分のみを抜粋して紹介しましたが、ここで扱ったデータの構築や協働といったテーマは時代・地域を問わず本書の中で扱われているので、ぜひ古代以外の記事にも広く目を通していただき、欧米圏のDH研究の幅広さと奥深さを感じていただきたいと思います。
 
 
→[vol.3 イギリス研究者に向けた本書の読み方ガイド(小風尚樹)]へ