【連載】vol.1 アメリカ研究者に役立つ本書の読み方ガイド(山中美潮) - DHへの誘い〜『欧米圏デジタル・ヒューマニティーズの基礎知識』専門分野別読書ガイド〜

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vol.1
アメリカ研究者に役立つ
本書の読み方ガイド

文●山中美潮


はじめに

みなさんこんにちは。『欧米圏デジタル・ヒューマニティーズの基礎知識』共編者の一人、山中美潮です。このたび我々共編者は、学際性や協働作業といったデジタル・ヒューマニティーズ(以下DH)の特色を活かしつつ、読者の関心や専門分野からより身近に本書に親しんでいただけるよう、読書案内シリーズを分担執筆することにしました。

本書のキーワードである「欧米圏」という用語は、特定の地理空間を指し示すだけでなく、概念そのものの歴史性やそれに対する批判的考察も含有しています。欧米圏のDHはこうした学術的潮流を土台にデジタル技術を利用し取り組む分野横断的学問です。

本書の強みは、この、ともすると見慣れぬ文脈を持つ欧米圏DHの特徴を概観できることです。同時に各章で論じられる課題や問題に対し、個人の興味に合わせた読書法を構築できることも本書の醍醐味と言えるでしょう。

初回は私の専門対象であるアメリカ合衆国(以下アメリカ)を例に、アメリカ研究者にとって本書がどう役立つか、当地を拠点とする研究者の動向をひもとく読書法を提示したいと思います。特に今回は(1)教育・研究発表と(2)DH批評という観点に注目します。


アメリカDHの見取り図

まず、本書492・493頁のDH Mapを見てください。

これは本書で触れられている主要研究機関の位置を地図にしたものです。掲載されている162機関のうち、アメリカ国内にあるものは何と56機関にもなります。この地図を眺めるだけで、アメリカのどんな研究機関がDHの拠点となっているか視覚的に把握することができます。

凡例からは、各機関がどの章で言及されているかわかるようになっているので、気になる研究機関から論考を読むこともできます。例えば凡例「37.ジョージタウン大学」は、3-1、3-3、3-4章で触れられていますが、そのうち宮川創「3-3.スウェーデンとアメリカで古代末期関連のDHプロジェクトの作業を行った」では、宮川がジョージタウン大学の研究者とコプト語コーパスの開発作業を行ったことを報告しています。

次に第1部に戻り、Neil Fraistat(訳・長野壮一)による「1-1.デジタル・ヒューマニティーズの哲学--デジタル人文学の将来--」に、ぜひ目を通していただきたいと思います。これは2014年3月、当時メリーランド大学教授でかつADHO(Alliance of Digital Humanities Organizations)議長であったFraistatが、オーストラリア圏デジタル・ヒューマニティーズ学会で行った基調講演の貴重な翻訳です。一度読み始めれば、Fraistatが言及する研究潮流の多くがアメリカ発であることがわかるでしょう。彼の講演があまりにもアメリカ国内の学術研究に偏重しているのは問題ですが、本稿は国際的なDHコミュニティの中で、誰がアメリカのDHを動かしてきたのか、論点や特徴を知る足がかりとなります。


教育・研究発表

ここからは(1)教育、(2)DH批評という観点から読書案内をしたいと思います。

まず(1)教育ですが、大学院課程でのDHについては、菊池信彦「1-9.デジタル博士論文のガイドライン--ジョージ・メイソン大学歴史学・美術史学研究科が発表--」および、山中美潮「1-15.カロライナ・デジタル・ヒューマニティーズ・イニシアティブ・大学院生フェローの経験を通じてが、それぞれジョージ・メイソン大学及びノースカロライナ大学チャペルヒル校における事例を伝えています。

DH教育については鈴木親彦による「1-14.イベントレポート Digital Humanities 2018」にも注目いただきたいと思います。鈴木は当学会で、アメリカ拠点の研究者が大学での人材育成の問題を取り上げるだけでなく、中等教育機関をも視野に入れた早期教育を論じていたことを指摘しています。主要発表者の一部はアメリカ研究の専門家であり、DHに関する基礎的なリテラシーを持つことが、分野を志す者にとってますます重要になっていることを示唆しています。

また研究者であれば、アメリカの人文学研究諸学会において発表する機会もあるかと思います。そんな時は、Alex Gil(訳・北村紗衣)「1-5.イベントレポート MLA2014覚え書き」小風尚樹「1-6.イベントレポート 第132回アメリカ歴史学協会年次国際大会」を読み、アメリカの主要学会がデジタル・ヒューマニティーズをどう位置づけてきたか、具体例を参考にすることもできるでしょう。


DH批評

欧米圏のDH批評に通底するものの一つに、人文学がデジタル技術を媒介に社会とどう関わるべきか、という問題意識が挙げられます。

アメリカを中心とした例では菊池信彦「1-2.人文学の危機に組織的に抵抗する--研究者による人文学アドヴォカシープロジェクト 4Humanities--」が、DH研究者による人文学研究を守るための運動を論じています。また、山中美潮「2-32.アメリカ史研究におけるデジタル・マッピングとパブリック・ヒストリー」では、アメリカのパブリック・ヒストリーがデジタル技術とどう結びついているのか、という観点からマッピングに着目します。

またアメリカのDHは、人文学と社会正義の関わり方についても積極的に提言しています。横山説子「1-3.デジタル時代における人文学者の社会的責任--前編--」および次章の後編は、DH研究者がデジタル技術やDHコミュニティそのものに対し、人種問題やフェミニズムなどの視点から批評を行っていることを分析しており、必読の論考となっています。こうした批評は日本のDHでもより本格的に取り入れる必要があると思います。

おわりに

このように『欧米圏デジタル・ヒューマニティーズの基礎知識』は、アメリカ研究者にとってDHの現状や論点を学ぶさまざまな視角を提示しています。

今回はアメリカに注目して本書の中身を紹介しましたが、そこから一歩進んでアメリカの事例をフランスやドイツなどの他国、地域と比較することもできますし、特定の技術やプロジェクトに着目して本書を読み進めることも可能です。本書から、欧米圏のDHの面白さが伝わることを願っています。