『麒麟がくる』の染谷将太と、演じられた信長像の系譜(井上泰至)―『信長徹底解読』刊行記念エッセイ

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『信長徹底解読』刊行記念エッセイとしてお届けいたします。ご一読ください!
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『麒麟がくる』の染谷将太と、
演じられた信長像の系譜

井上泰至

▶︎染谷将太が演じる織田信長

染谷将太という役者を認識したのは、NHK特別大河ドラマ『坂の上の雲』(二〇〇九年)で、少年時代の秋山好古を演じた時だった。武士身分の撤廃による貧乏にもめげず、真っすぐに学問に向かい、弟思いで、教員から軍人に転身する秋山兄を爽やかに演じた。

しかし、子役出身の俳優は、成人後が難しい。8月30日(日)から再開予定のNHK大河ドラマ『麒麟がくる』で信長役を務めると耳にした時、心配になった。余りに信長のイメージからかけ離れているからである。

今日のドラマの信長イメージを作ったのは、『信長徹底解読』の序で記したように、大佛次郎の新歌舞伎「若き日の信長」である。11代目市川団十郎に向けて書かれて以来、成田屋の新しい十八番となり、映画やテレビドラマでも引き継がれていっている。11代目は海老蔵時代から凛々しい美貌で、戦後の歌舞伎を引っ張った花形だった。

これを受けて、映画やテレビドラマで信長を演じたのは、市川雷蔵・高橋幸治・高橋英樹・渡哲也等々、堂々たる風姿や体躯の役者達である。童顔の染谷君で、本当に大丈夫なのか?しかし、ドラマが進むうち、それは杞憂に終わった。親に喜ばれようとしても理解されない。出来る弟ばかりが褒められる。その淋しさを抱えつつ、自己を貫く信長。こういう信長もアリか。

そして、それを支える帰蝶。帰蝶を演じる川口春奈は周知の通り、沢尻エリカのトラブルによる代役だが、年格好も美貌もかえってお似合い。信長の唯一の理解者として、ドラマを盛り上げている。

▶︎分裂する信長像―大佛次郎・前田青邨・司馬遼太郎

考えてみると、「麒麟がくる」の信長は、それまで築き上げられてきた信長像を踏まえるところは踏まえている。『信長徹底解読』の各章の扉文を書いている時期とドラマの進行が重なっていたので、しみじみそう思うのだが、信長という人物の像は江戸時代から分裂している。透徹した革新者と、残虐な暴君、この二つのイメージがなかなか一つに結び付かない。

信長という男は理解者の少ない、孤独な男だったのではないか?こういう疑問が湧いてくるのも当然だ。大佛次郎も、華やかな美男子の人気役者ながら、大名跡を継ぐ重圧からか、癇性だった11代目団十郎の孤独を意識しながら、この脚本を書いたと述懐している。大佛の意を受けて、11代目の後援会長でもあった、日本画の巨匠前田青邨は、芝居の冒頭、たらし込みの技法を使った新機軸で、柿がたわわに生る秋の夕景を背景に描き、孤独な若き日の信長の心象とした。

他方、『国盗り物語』の司馬遼太郎は、信長の数少ない理解者として斎藤道三を配し、道三亡き後、国盗りの系譜を継いでいく信長の理解者として、帰蝶は本能寺で信長に殉じていく。この設定が、司馬独自のものであることも、『信長徹底解読』では詳しく「解読」されている。

理解者の少ない信長像は、歴史学者の方からも近年提示されている。『信長徹底解読』の8章「長篠の戦い」実像編の担当者金子拓さんは、『織田信長 不器用過ぎた天下人』(河出書房新社、二〇一七年)で、次々と同盟相手や家臣に裏切られる、信長の人の心の読めなさを浮かび上がらせておられる。この点も、『信長徹底解読』では参考にさせて頂いた。さて。ドラマ後半の信長は、どう天下人になっていくのだろう。

▶︎『麒麟がくる』の見所―正親町天皇・朝倉氏

8月30日からの放映再開に先んじて、個人的に注目している点が、二つある。一つは、このドラマの展開が、坂東玉三郎演じる正親町天皇を中心に、文字通りの宮廷政治に信長も光秀も巻き込まれていくことが予想される点だ。『信長徹底解読』の12章「信長と天皇・朝廷」の章では、勤皇でも反朝廷でもない、双方が利用しあう関係に焦点を当てた。その辺がドラマでは、どう描かれていくのか。玉三郎が、ただやんごとなき天皇像で収まるとも思えない。なにしろ京都は「伏魔殿」としてドラマでは設定されている。「魔」の首魁として側面を持つ天皇像を玉三郎がどう両性具有的に、あるいは男性的に演じていくのか、見ものである。

もう一点は、信長に滅ぼされる数多の大名家の中から朝倉氏に焦点が当てられる点である。これまでは、信長を追い詰めながら、信玄の病死から反転、滅亡していく武田家や、信長の妹婿でありながら、決裂して信長に滅ぼされる浅井長政に光が当てられることが多かった。そこをあえて今回は、朝倉ということらしい。『信長徹底解読』6章「元亀の争乱」で紹介したように、信長包囲網の中、信長の反転攻勢への契機をつくる失策は、全て朝倉義景一人の「暗愚」に集約されていく視点は、江戸の軍記類から始まった。

ところが、『麒麟がくる』では、朝倉氏の外交交渉役で、志賀の陣では信長麾下の有力武将を討ち取る山崎吉家を榎木孝明が演じる。また、土壇場で朝倉義景を裏切る朝倉景鏡を、曲者俳優として売り出しの手塚とおるが務めるという。「麒麟」の到来が象徴する太平の世まで、幾多の犠牲が生じるのだろうが、その象徴でもある朝倉の滅亡は、おそらくドラマ最大の見せ場である本能寺の変にもつながっていくはずだ。その中で、染谷君が、どんな新しい信長像を提示してくれるのか、今からわくわくしている。

【書いた人】

井上泰至(いのうえ・やすし)

1961年生まれ。防衛大学校教授。著書に、『サムライの書斎 江戸武家文人列伝』(ぺりかん社、2007年)、『江戸の発禁本』(角川選書、2013年)、『近世刊行軍書論 教訓・娯楽・考証』(笠間書院、2014年)、共編著に、『秀吉の対外戦争 変容する語りとイメージ 前近代日朝の言説空間』(共著、笠間書院、2011年)、『秀吉の虚像と実像』(共編、笠間書院、2016年)『関ケ原はいかに語られたか』(編著、勉誠出版、2017年)、『関ケ原合戦を読む 慶長軍記翻刻・解説』(共編、勉誠出版、2019年)などがある。

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●『信長徹底解読』の詳細はこちらから
文学通信
https://bungaku-report.com/books/ISBN978-4-909658-31-9.html

堀 新・井上泰至編『信長徹底解読 ここまでわかった本当の姿』(文学通信)
ISBN978-4-909658-31-9 C0021
A5判・並製・400頁
定価:本体2,700円(税別)

本書の概要紹介はこちらです!
https://bungaku-report.com/blog/2020/07/post-785.html
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