染谷智幸「巻頭言・「殺じをれ!」のオレ様若衆図鑑」を期間限定全文公開○染谷智幸・畑中千晶編『全訳 男色大鑑〈歌舞伎若衆編〉』(文学通信)

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間もなく刊行の、染谷智幸・畑中千晶編『全訳 男色大鑑〈歌舞伎若衆編〉』(文学通信)から、原稿を一部紹介していきます。

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文学通信
染谷智幸・畑中千晶編『全訳 男色大鑑〈歌舞伎若衆編〉』(文学通信)
ISBN978-4-909658-04-3 C0095
四六判・並製・242頁(8頁カラー口絵+232頁)
定価:本体1,800円(税別)

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巻頭言
「殺じをれ!」のオレ様若衆図鑑


 ちまたでは「推し」という言葉が流行ってます。
 「一推し」「推しメン」「推しキャラ」「箱推し」などなど......。
 江戸時代の歌舞伎界において、この「推し」の役者に贈る最高の賛辞が何だったか知っていますか。それは「殺じをれ」(いっそ、殺してくれ)でした。
 この言葉は、井原西鶴が書いた歌舞伎評判記『難波の㒵は伊勢の白粉』に、自ら一推しの若衆・上村辰弥を評したところに出てきます。

ころじをれ、目もとの海より見物満ちて、今一度出せ出せ......
(いっそのこと殺してくれと、その美しい目元に心射ぬかれた見物客どもが満ち満ちて、舞台の袖に辰弥が引っ込めば、もう一度、舞台に出せ! 出せ! と......)

 つまり、辰弥の美しさに狂った観客が、皆「殺じをれ!」と叫んだのです。こうしたことは辰弥に限ったことではありません。当時、推しの役者を「人殺し」といいました。『男色大鑑』後半に、この言葉はけっこう出てきます。

・「さしかけ傘下行く御風情、これは今の世の人殺し」
(悠然と草履取りがさしかけた傘の下をゆく平井しづまの風情は、今の世の人殺しともいうべきものであった)                    
(巻五の二「命乞ひは三津寺の八幡」)

・「いよういよう、千さま、千之助様、万人の中にも又とござるまい。今の世の人殺しめ、生きながら墓へやらるるは」
(いよー、いよー、千様、小桜千之助様! 万人の中にも二人とござるまいよ。今の世の人殺しめ。生きたまま墓場へ連れてかれるじゃないか)         
(巻六の二「姿は連理の小桜」)

 役者と客がなぜこんな濃密な関係になるかといえば、それは両者が多く「床入り」(肉体関係)したことに加えて、芝居小屋(歌舞伎の劇場)という空間が、役者と客が密着しながら溶け合う坩堝のようだったからです。この芝居小屋を想像する際、現代の歌舞伎座や国立劇場のような場所を思い浮かべてはいけません。そうしたものとは、およそかけ離れた、まさに小屋だったのです。今でいえば、五十人ぐらいが入る場末のストリップ小屋に二〇〇人が雪崩れ込んだとご想像ください(図①)。

 この密集空間では誰もがバランス感覚を失います。『男色大鑑』の後半では、そうした感覚を失ってフラフラになった男女がたくさん登場しますが、その後半で最もバランス感覚を崩しているのは、当の西鶴自身です。 
 西鶴といえば、明治以降の小説家や評論家からリアリストなどと呼ばれ、冷徹な眼差しで人間の欲望や社会の暗部を暴露したと評価されてきたのですが、そうした西鶴は『男色大鑑』後半のどこを探しても見当たりません。そこにいるのは、若衆に完全にのぼせ上がった一人の爺さんです(ちなみに西鶴は一般的には「鶴翁」[『好色一代男』跋文など]と呼ばれましたが、『男色大鑑』後半での西鶴はそんな格調高くないので「鶴爺」と呼んだ方がよいですね。髪もありませんから。失礼!)。

 その西鶴、作品中で作家にあるまじき禁じ手を使ってしまいます。それは、『男色大鑑』の作品中に、あろうことか作者本人が頻繁にしゃしゃり出て来るのです。
 たとえば、巻六の五「京へ見せいで残り多いもの」では、技芸・容色ともに優れた鈴木平八に熱狂し、芝居を見ながら失神してしまった娘が登場しますが、なんと西鶴は、自らその場に助けに入り、俄医者となって、薬だ何だと場を取り仕切ります。そんな舞台というか作品内に飛び出したことへの言い訳として「この道すきものの我なれば」(歌舞伎に関してはほかの誰よりも通じている私なので)と言います。いくら詳しいからといって、作品内に飛び出してはいけません。それじゃ、まるで舞台監督が、下手な役者に替わって自分で演技してしまうようなものですから。
 また、巻六の二「姿は連理の小桜」では、美貌の若衆・小桜千之助が麗しい口元から色っぽく口上を述べようとした場面で、西鶴は芝居の客たちに向かって「ここが聞き所じゃ、黙れ!」と一喝します。恐らく、西鶴は実際の芝居で、観客の声がうるさくて千之助の口上が聞き取れなかったということがあったのでしょう。でも、一喝されて驚くのは、もちろん観客ではなく、いきなり作者に怒鳴られた読者の方です。
 どうも西鶴は「すきもの」ゆえでしょうか、興奮しすぎて、今の自分が、客席にいるのか、原稿の前にいるのかわからなくなっています。

 こうした西鶴のオレオレの姿勢が極まったと思われるのが、『男色大鑑』後半の挿絵です。全二十章のうち三章の挿絵に西鶴本人が登場します(こんなことは、ほかの西鶴作品にはありません!)。驚くべきは、その西鶴の描かれ方です。次に掲出したのは、『男色大鑑』最終章の巻八の五の挿絵(部分)です。元禄歌舞伎を代表する役者で、その美貌をもとに女性から圧倒的な人気を得ていた大和屋甚兵衛、その左隣に坊主頭の西鶴が立っています(図②)。

 ご覧になっておわかりでしょう。この西鶴、実によい男ぶりに描かれています。それは隣の甚兵衛がかすんでしまうほど。実際の西鶴がどんな容貌であったのかは定かではありませんが、現存する肖像画などからすれば、こんなによい男でないことだけは明らかです。私は、西鶴が絵師に向かって「オレを格好よく書け」と迫ったに違いないと見ています。

 こうした西鶴のオレ様ぶりは、若衆の描き方にもよく出ています。その中でも特に注目すべきは、先にも触れた、西鶴一推しの若衆、上村辰弥ですが、これは早川由美さんの優れた解説が巻末に備わっていますので、そちらに譲りましょう。

 いずれにせよ、『男色大鑑』後半は、西鶴がオレ様全開で描き尽くした歌舞伎若衆図鑑です。さすが西鶴だけあって、この世界の喜怒哀楽、栄枯浮沈をうまく描き出しています。よって、現代の我々がこの世界に入るなら、「素敵な若衆やーい」でなく、西鶴以上にオレ様然として「オレを殺せるほどの若衆出てこいやー」と叫ばなくてはなりません。
 さあ、いずれもさまも、ご贔屓さまも。東西、東西!