第2部 料紙の構造をさぐる 1 繊維をさぐる★『古文書の科学』全文公開

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繊維をさぐる

高島晶彦

1.はじめに
各研究グループ【注】1における非破壊による顕微鏡観察での繊維の判別は、長年にわたって繊維分析・抄紙技術の研究に携わってこられた元高知県立紙産業技術センター技術部長の大川昭典氏の助言(たとえば大川2017)を受けて確立してきたものである。

古文書料紙の繊維観察は、100倍の小型顕微鏡(SUGITOH製ミクロメータスコープ)に、白色LEDライトボード、または有機ELパネルを本紙の下に敷いて透過光で行う。現在は、並行してDino-lite Edge S Polarizer(偏光)を220倍率に固定し撮影している。以下に撮影した画像をあげ、その特徴を述べる。

2.各繊維の特徴
(1)楮(図1)

楮繊維は、断面の形状が円形または楕円形で、縦に長い点が特徴である。繊維幅は狭いものと広いものがあり、均一ではない。線条痕、十字痕がある。細胞壁は厚く、輪郭線もはっきりしている。繊維幅の狭いものは先端が尖り、幅の広いものは先端が丸く見える。また繊維と繊維の間隔が大きい。

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図1 楮紙

(2)雁皮(図2・図3)
雁皮繊維は、断面の形状が扁平で、全体に細やかさが目立つ。繊維幅は狭く、細胞壁も薄いのが特徴である。繊維には透明感があって、途中で細くなる部分や、繊維の折り返しなどが見受けられる。先端は丸く、繊維と繊維との間隔は密着していて一見して詰まった印象を受ける(図3)。これはヘミセルロースに富んだ非繊維細胞(柔細胞)が繊維の交差する箇所で乾燥し、潰れて広い面積をとる(被膜状となる)ためである。このようなものが多いため雁皮繊維で漉かれた紙はパリパリとした感触を持ち、固く締まったものとなる。

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図2 雁皮紙(斐紙)

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図3 雁皮紙の電子顕微鏡写真

(3)三椏(図4)
三椏繊維は、繊維の中央部分が特に幅広く、先端に向かって徐々に狭くなっている。細胞壁の厚さも不均一で、雁皮に比べると繊維に透明感がない。雁皮のように途中で細くなる部分や、繊維の折り返しがない。先端は丸く、なかには分岐しているものを含む。繊維と繊維との間隔は雁皮ほどではないものの、楮に比べると多少密着しているように見受けられる。シュウ酸カルシウムの結晶を含む柔細胞を多く含んでいる。

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図4 三椏紙

(4)竹(図5・図6)
竹繊維は、特に細くて短いものが目立ち、全体に透明感がない。繊維の先端が尖っていて直線的な針状の繊維、非常に幅の広い透明感のある繊維がある。また俵型の薄壁細胞(図5)、管状の組織(図6)、繊維幅よりも数倍大きい網目状の細胞(図6)が見受けられるのもその特徴である。

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図5 竹紙(黒線囲みは網目状の細胞を示す)

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図6 竹紙((1)管状の組織、(2)俵状の薄壁細胞)

(5)麻(大麻)(図7)
麻繊維は、繊維壁が厚く、繊維の断面の形状が、丸みを帯びた多角形をしているため、楮より立体的で太く見える。繊維の先端は丸く、節や分岐した繊維が所々に見受けられる。縦の線条痕がある。また、ぼろ布を再利用するため、繊維が裁断され短くなっている。そのため非繊維細胞(柔細胞)も少ない。

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図7 麻紙

(6)楮打紙加工(図8)
打ち紙加工とは、紙に水分を与えて繊維を膨潤させたのち、その表面を槌などで徐々に満遍なく叩いたものである。繊維がきれいに押し潰されることで、紙面が引き締められて平滑となり、サイジング効果を得ることが可能となる。楮繊維の打紙加工紙は、楮繊維の特徴を残しながら潰れて見える。その厚さは2分の1から3分の1まで圧縮することが可能である。そのため繊維が折れに弱くなる傾向にある。

打ち紙加工を施した紙は、見た目や触感は雁皮紙に近づくため、以前は「楮交り斐」「斐交り楮」「斐紙風」などと呼ばれ認識されていたものである。このことは大川と増田勝彦が古代の写経料紙を顕微鏡観察し、さらに打紙の実験を行い、古代の製紙技術において打紙が重要な意味を持っていたことを証明している(大川・増田1983)。この研究によって、絵巻や典籍の料紙に打紙加工が施されていることが認識されるに至った。「斐」、つまり雁皮繊維であれば細い繊維が潰れることなく詰まっているので、楮打紙との判断は可能である。

楮繊維のみで漉かれた紙で、繊維が緻密に重なりあって、表面の肌理が細かく均一に見えるものがある。密度も0・42~0・46g/㎤と高めの数値を示している。大川氏のご教示によると、一般的な楮紙の密度は0・25~0・35g/㎤程度とのことである。このような料紙は、繊維に切断痕が見受けられ、短く切断されている。これは古代における抄紙工程の「塵取り」と「叩解」の間で行われていた「截」という作業であり、中世では「叩解」での繊維切断が主流となってあまり見受けられなくなるのである(湯山2017)。

なお、原料と填料とは別に混入された異物が顕微鏡観察によって見受けられることがある。一見して白紙に見える紙でも、繊維に墨のついた繊維が見受けられる。これは漉き返しの繊維で、繊維に付着している。これを「墨付繊維」としている。また、繊維が絡み合って縺れている状態の「もつれ繊維」というものがある。大川昭典氏のご教示によると、叩解という木槌や棒で繊維のかたまりを打ち叩いて、繊維を離解切断させる作業が、紙漉きの作業工程にある。これをやり過ぎると繊維が絡み縺れる原因となる。したがって、一度紙にしたものを漉き返すとき、再度叩解を行うため、叩解の「し過ぎ」となり、この現象が起こりやすくなるのである。

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図8 打紙

【注】
1 「古文書料紙原本に見る材質の地域的特質時代的変遷に関する基礎的研究」(1992~94年度科学研究費補助金総合研究(A)、代表富田正弘)、「禅宗寺院文書の古文書学的研究―宗教史と史料論のはざま―」(2002~2004年度基盤研究(A)、代表保立道久)、『紙素材文化財(文書典籍聖教絵図)の年代推定に関する基礎的研究』(2003~07年度科学研究費補助金基盤研究(A)、代表富田正弘)、「和紙の物理分別手法の確立と歴史学データベース化の研究」(2008~2010年度基盤研究(B)、代表保立道久)、「東国地域及び東アジア諸国における前近代文書等の形態・料紙に関する基礎的研究」(2008~11年度基盤研究(A)、代表山本隆志)、「近世文書料紙の形態・紙質に関する系譜論的研究」(2013~16年度基盤研究(B)、代表本多俊彦)

引用文献
大川昭典「古文書紙の繊維組成及び填料の観察」(湯山賢一編『古文書料紙論叢』)、勉誠出版、2017
大川昭典・増田勝彦「製紙に関する古代技術に研究Ⅱ-打紙に関する研究」『保存科学』24、1983
湯山賢一『古文書の研究‐料紙論・筆跡論』青史出版、2017