第1部 古文書料紙への視点 COLUMN 料紙研究を語る★『古文書の科学』全文公開

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料紙研究を語る

渋谷綾子・貫井裕恵・天野真志・高島晶彦・山家浩樹
協力:大川昭典・富田正弘・湯山賢一

1.はじめに
2022年9月6日(火)、東京大学史料編纂所において研究座談会「料紙研究を語る」(非公開、主催:科学研究費補助金基盤研究(A)「『国際古文書料紙学』の確立」、共催:東京大学史料編纂所附属前近代日本史情報国際センター)を開催した。本座談会では、長年料紙分析を進めてこられた大川昭典氏(元高知県立紙産業技術センター)・富田正弘氏(富山大学名誉教授)・湯山賢一氏(神奈川県立金沢文庫長)をお迎えし、①古文書料紙に注目し研究を進めてきた経緯、②研究の現在地点とそのなかで見えてきた課題、③今後の古文書料紙研究への期待、という3点を中心にお話を伺った。聞き手は、執筆者の渋谷・貫井・天野・高島・山家の5名が務めた。

座談会で語られた古文書学における研究動向は本書第1部の高島原稿で触れており、座談会全体の記録については別稿で取り上げる予定である。本コラムでは座談会のトピックから、第1部のまとめとして「料紙分析を始めたきっかけ」と第2部以降のテーマにつながる「研究データの可視化と共通認識」について、概要を紹介する。

2.料紙分析を始めたきっかけ
富田氏・湯山氏・大川氏らを中心とする研究グループは、古文書研究に自然科学的視点を早くから取り入れ、研究を積み重ねてきた。彼らの成果は、現在の古文書料紙研究に大きな影響を与えている。そこで、三氏がどのような経緯で料紙分析に携わるようになったのか、どのような背景から共同研究を行うようになったのかをお聞きした。

大川氏は、高知県紙業試験場(1995年より高知県立紙産業技術センター)の業務を行うなかで、文化財に用いられた紙の繊維調査などを行ってきた。さらに、増田勝彦氏(元昭和女子大学大学院教授・東京文化財研究所名誉研究員)、林功氏(日本画家)、岡岩太郎氏(岡墨光堂)らと知り合い、以後、多くの共同研究・調査を進めてきている。

湯山氏は、文化庁書跡・古文書部門に在職していたときに指定文化財の台帳整備を行っており、京都国立博物館所蔵「後深草天皇宸翰消息」の打紙を調査したことがきっかけで料紙研究を始めることとなった。この史料は巻子本で裏にお経を書写した供養経として伝来したものであり、「後深草宸翰書状がこんなつるっとした紙なんてあり得ない」と思ったのがきっかけだという。その後、東大寺未成巻文書の指定調査で田中稔氏(奈良国立文化財研究所)に指導をいただき、「幅広い文献史料のなかで、古文書にみえる歴史事実の価値のことを改めて考え、結果的に古文書の料紙に目がいった」。現在、東大寺未成巻文書の料紙について調書の取り直しを始めており、以前の見解とは異なって、中世の料紙は地域性をもつものが少なくないことがわかってきたという。
富田氏は、京都府立総合資料館(現在は京都府立京都学・歴彩館)古文書課に在職中、東寺百合文書の整理と目録作成に携わるなかで料紙に関心を持ち、上島有氏(摂南大学名誉教授)の料紙研究を検討するようになったという。東寺百合文書は、1975年度から目録の刊行が始まり、1979年度に全5冊の目録が完成している。それと並行して、文化庁による重要文化財指定の調査が行われ、その折に富田氏は文化庁在職中の湯山氏と知り合った。この東寺百合文書の修理時に関するさまざまな議論が、のちに富田氏が研究代表者を務めた科学研究費(以下、科研費)補助金総合研究(A)「古文書料紙原本にみる材質の地域的特質・時代的変遷に関する基礎的研究」(研究課題番号0431039)につながる。湯山氏によると、「東寺百合文書の修理のときにいろんなことがわかってきた一方で、さまざまな課題が出てきたことが、料紙研究のきっかけになった」という。

3.研究データの可視化と共通認識
現在、文化財の所蔵機関などがウェブ上で所蔵品データベースを公開しており、高精細画像をデジタルアーカイブとして閲覧に供しているものもある。データベースの基本情報の多くは目録情報にもとづいており、文献に限定すれば、必要な基本情報は目録が刊行されることによって、ある程度共有されている。一方、料紙研究で必要となる情報は、文化財保存の観点、つまり非破壊で調査を行うという原則にもとづくと、すべての研究者が原本にあたって科学分析を行うことは難しい。そのため、調査で獲得されたデータを公開し、共有することが求められる。たとえば、料紙の特定に関わる項目や料紙の繊維写真などの高精細画像をデータベースに盛り込めば、誰もが情報にアクセスすることができ、それらのデータを通じて研究手法を学び、議論することが可能となる。これまでの調査経験から調査データをどのように共有し、料紙研究の共通認識を獲得していくべきかという問題について、富田氏・大川氏・湯山氏の意見をお聞きした。

富田氏は、『多可町立和紙博物館壽岳文庫所蔵寿岳文章和紙コレクション料紙調査研究:東京大学史料編纂所一般共同研究報告書』(安平勝利編、2022年)のように、調査データをすべて公開する、つまり調査時に顕微鏡で観察・撮影した画像をカラーで報告書等へ掲載し、また検索できるようにデジタル情報としても公開することが重要だという。顕微鏡による撮影画像は、鮮明なカラーのデータでこそ初めて説得力をもつ。料紙の物理的データと顕微鏡画像データをセットにして公開するとともに、他の研究者や専門家以外の人も、それらのデータを見て理解できるように環境を整備することが必要である。環境が整えば、「非破壊でも調査ができるのだということが浸透していく」とのことである。

また大川氏は、1984年にドイツ・ダルムシュタット工科大学を訪問した折、マニラ麻と思われる紙の繊維を分析しており、顕微鏡の撮影画像がコンピュータへ取り込まれ、画像に見られる繊維の形状から分析が行われていたという。大川氏・富田氏の意見をふまえると、画像からの判断や同定が困難な場合は原本自体を見ることになるが、可能な限り鮮明な画像データを獲得すると同時に、観察・撮影手法の向上化を考える必要があるだろう。

湯山氏は、現存する文書で生ぶの状態(製作当初の姿で後代に手を加えられていない状態)を保っているものは非常に少なく、整理されて巻物や掛物に装幀されているものが多い、その理由はそれだけ大切にしてきたからだという。画像をどれだけよい形で情報化して公開できるのか、また可視化されたデータが増えれば料紙分析の共通認識も広まっていく。成巻された史料であっても、修理で解体したとき、本紙に何も手が加えられていなければ、生ぶの姿でのデータを取ることが可能である。解体時の料紙特性とその史料が成巻された時では「紙面がこうなっている、といったところまで、画像で解析できることができたら理想的だ」という。

料紙の表面拡大写真や顕微鏡撮影画像を蓄積し公開すること、その次に重要となるのは画像の内容に対する解析である。

富田氏は、画像内に現れたそれぞれの物質が何であるのか、また米粉が含まれている場合、料紙においてどのような意味を持つのか理解できる必要があるという。渋谷が進めている料紙研究データの標準化につながる話であるが、研究データの情報化を実践し、共有化を進めることによって、分析結果に対する再現性の確保が可能となる。富田氏・大川氏・湯山氏がこれまで実践してきた「主観ではない形でみんながわかることを見せていく」ことは、今後も求められるものである。

以上のように、研究座談会の概略として、本書第1部と第2部以降をつなぐトピック二つを紹介した。後者の研究データの可視化や共有化をどう進めるべきかという項目は、料紙研究の現状や課題、今後どのように展開することが望ましいか、研究全体の方向性に関するものである。今回、三氏と議論を共有することができたことは大きな意義があると考える。

2019年からの新型コロナウイルス感染症の影響が依然として続くなかにもかかわらず、直接会場に来ていただき、お話しくださった大川氏・富田氏・湯山氏には心より厚く御礼申し上げたい。また、本座談会の開催にあたって、会場の設営・記録や事務手続き等をお手伝いいただいた横田あゆみ氏にも感謝申し上げる。

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写真1 研究座談会の様子
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写真2 前列左から湯山賢一氏・富田正弘氏・大川昭典氏、後列左から貫井裕恵・渋谷綾子・天野真志・高島晶彦・山家浩樹