おわりに(永村 眞)★『地域歴史文化継承ガイドブック』全文公開

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おわりに
文●永村 眞


近年の阪神・淡路大震災、東日本大震災、そして例年続く台風等により、国土や国民の生活は大きな被害を受けてきた。そのなかで、日本人が伝えてきた貴重な歴史・文化遺産も損なわれ、時が紡いだ貴重な文物・記憶が失われていった。しかし喪失のなかから国土・社会の復興が図られ、失われた時の所産を取り戻そうという強い思いとともに、将来へ備えるための取り組みが、さまざまな事業主体によって着々と進められている。

また地域に伝えられてきたさまざまな歴史的な遺産が、過疎化等により、所蔵者や地域の社会的な条件の変化のなかで、忘れ去られ消滅する事例は全国的に多々見られる。そこで地域資料を積極的に見いだし、調査・保存の措置を行うという活動が、単に地方公共団体の業務としてではなく、大学や地域社会から生まれ、その成果が蓄積されている。

この流れを積極的に支えるために、人間文化研究機構では「歴史文化資料保全の大学・共同利用機関ネットワーク事業」が企てられた。国立歴史民俗博物館・東北大学・神戸大学を拠点として、被害を受けたさまざまな文化遺産の復旧とともに、社会的に忘れ去られようとしている地域資料の掘り起こし、その保全を意図する組織の全国的な展開を推進してきた。今や全国で過半の地域がその連携に加わり、災害にあたっては、地域相互の協力のもとで被害を受けた文化財の救済活動を実現している。

本書は、地域を結ぶ資料保全活動の成果であり、将来にその事業を企画・推進するにあたって、実践活動の指針の提供を目指すものである。

本書は、大きく「第Ⅰ部 歴史文化資料の基礎知識」と「第Ⅱ部 全国資料ネット総覧」から構成され、多くの諸氏により分担執筆されている。

第Ⅰ部では、①「地域社会と歴史文化資料」で、地域に伝わる多彩な資料が果たす歴史文化の継承から、その保存の意義を述べる。②「具体例と特徴」では、資料の調査・保存の現場から、「古文書(記録資料)」、「民具」、「美術資料」、「公文書」、「震災資料」という分野で、現場を経験された諸氏ならではの知見が多数盛り込まれる。さらに③「保存・活用方法」では、「歴史資料保全のためのデジタルデータ」(資料情報の処理)、「紙製地域資料を遺す技術」、「地域に埋没する木製文化遺産」、「資料保存の担い手と技術をつなぐ」という、地域資料の保存・活用をさらに深化するための取り組みが、極めて具体的に記述される。特に臨場感に富んだ「震災資料」には、阪神・淡路大震災の現場で生まれ残された多様な震災資料を、その性格を踏まえ、改めて地域資料としても集積し、後に伝えるためのさまざまな提言が記されている。また紙製・木製という、素人には簡単には触れがたい資料について、それらに向かいいかに判断して処理を行うか、その具体的な提言は貴重である。加えて、各項目の末尾には「さらに深く知りたいときは」という項目を立て、当該の分野におけるガイドブックが掲げられており、より深い知識を得るための一助となろう。

第Ⅱ部では、東北から九州に及ぶ各地の資料ネットの組織とその活動が列記され、その広がりを実現するため、「全国史料ネット研究交流集会」をはじめさまざまな研究交流集会の実績も記されている。また資料ネットごとの具体的かつ示唆的な活動実績は、極めて貴重な記録である。将来的にこの連携がさらに広まり、全国のいかなる地域においても資料救済や緊急調査の必要が生じた時には、資料の内容・性格により各資料ネットが機能的に任務分担し対応できる環境の実現を大いに期待したい。

なお本書は書籍として刊行・販売されるとともに、文学通信のホームページから、無償でダウンロードが可能となっており、多くの方々には貴重な知見に触れていただきたいと念願している。

改めてこの全国的な広がりをもつ当機構の事業にご参画くださった皆さま、とりわけ調査・保存の成果を本書に掲載された多くの執筆者諸氏に、心からお礼申し上げるとともに、さらなる事業の展開にご協力を賜りたく、お願い申し上げる次第である。また厳しい出版事情のもとで、書籍とWEB公開という特殊な成果刊行をお引き受けいただいた文学通信の担当者諸氏に感謝申し上げたい。