鹿児島歴史資料防災ネットワーク(鹿児島資料ネット)【九州】★『地域歴史文化継承ガイドブック』全文公開

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鹿児島歴史資料防災ネットワーク
(鹿児島資料ネット)

【団体情報】
設立年●2018年
事務局所在地●〒890-0065 鹿児島県鹿児島市郡元1-20-6 鹿児島大学教育学部 佐藤宏之研究室
電話番号●099-285-7846(佐藤宏之/13:00〜17:00〈平日のみ〉)
メールアドレス●kagoshima.shiryounet@gmail.com(佐藤宏之)
ブログ●http://kagoshima-shiryounet.seesaa.net/
【活動地域】
鹿児島県および宮崎県の全域
【参加方法】
入会●ブログ内の「資料ネット参加申込み」からご連絡ください。


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❶鹿児島歴史資料防災ネットワークの取り組み

【設立の経緯】
文●佐藤宏之

人びとの営みの証拠を残すために
中世以来の島津家の長い歴史をもつ鹿児島県は、これまで積み重ねた歴史の長さやその価値に比べ、資料保存に対する意識は決して高いとはいえません。歴史資料といえば、県民の多くは「国宝 島津家文書」(東京大学史料編纂所所蔵)をイメージし、一般家庭に所蔵されている歴史資料が顧みられることとはほとんどなく、多くの人が「自分の家にそんな大それたものはない」と口にします。一方で、市民の歴史に関する興味・関心は非常に高く、講演会や講座などは常に盛況です。こうした場で、歴史の研究者がわかりやすく、おもしろいストーリーを提供することができるのは、先人たちがその根拠となる歴史資料を自然災害(地震・津波・集中豪雨・噴火etc.)や歴史災害(急激な人口移動・高齢化etc.)といった資料滅失の危機から守り伝えてきたことによります。しかしながら、研究者が提供するストーリーに興味を抱いても、それを紡ぎ出す歴史資料の保全に関心が示されることは少ないというのが現実です。

また、鹿児島県は、南北600kmに広がる地域に有人離島26、離島人口159,486人、離島面積約2,474km²を有する全国でも有数の離島県です(2021年〈令和3〉3月現在)。島は海に囲まれ、狭隘性、脆弱性という特徴をもち、そこには独自の自然、文化、社会経済システムが存在している一方、さまざまな環境変動の影響を強く、しかも迅速に受ける地域でもあります。こうした地域では、毎年のように集中豪雨、台風などによる自然災害や時には火山の噴火に見舞われます。それに加え、島外への人口の流出問題が深刻化しており、島の歴史や文化が流出・消滅の危機にあるといえます。

このような状況で災害に見舞われた場合、各一般家庭に所蔵されている歴史資料はなす術もなく失われてしまいます。歴史資料がなければ、「そこに歴史がなかったこと」「人がいなかったこと」になってしまいかねません。地域に生きた人びとの営みの証拠(記録・記憶)が消滅の危機を迎えているといえ、それゆえに意識的に残そうとしなければ残らないものでもあるといえます。

これまで"異常"と判断されてきた災害は、もはや日常と化し、広範囲におよぶ災害から命や地域社会を守る術を、私たちは再考しなければならない段階にあります。これまでのような指定文化財を基本とした歴史資料保存や地域住民による保全ではなく、地域間を横断的かつ社会内部の利害関係やしがらみから自由な部外者の視点からの活動が求められるでしょう。

準備会組織の立ち上げから始動まで
2013年(平成25)9月、鹿児島大学の教員を中心に鹿児島歴史資料防災ネットワークの準備会組織を立ち上げました。災害はその組織化を待ってくれるわけではありません。少しずつですが、①歴史資料の所在情報の把握、②災害時における協力体制の確立、③デジタルカメラによる歴史資料の撮影と保全活動、④歴史資料の研究活用と公開体制の構築に向けて活動を開始しました。また、2016年(平成28)4月の熊本地震を契機に、広域連携の重要性や情報共有と意思決定の力を強める必要性を痛感し、宮崎歴史資料ネットワークとの連携強化を進めてきました。さらに、2018年(平成30)、鹿児島大学と大学共同利用機関法人人間文化研究機構との間で連携協定を締結し、周辺地域との連携を通じた鹿児島の歴史文化資料の保存・活用を推進することとなりました。これにより、歴史資料の保全が大学の地域貢献の柱の一つに位置づけられたといえます。

こうして鹿児島歴史資料防災ネットワークは、5年の準備期間を経て、正式な歴史資料ネットワークとして本格始動したのです。

【活動の特徴】
文●佐藤宏之

歴史学と市民の新たな関係性を構築
鹿児島歴史資料防災ネットワークでは、歴史や歴史資料に携わる人びとの関係に、①未来の歴史研究/未来の地域社会のために、「未来の歴史資料を保全する」という意識への転換と、②歴史研究者が歴史を語り(発信し)、それを享受(受容)する市民/研究者が市民を「啓蒙」するという構図からの脱却を促す取り組みを実践しています[❶]。

歴史研究は、史実を確定させる歴史資料に依拠して行われます。しかし、その歴史資料は決して偶然残ったものではありません。先人たちの資料を残そうという意志や営みがあって残されてきたものです。その上に歴史研究が成り立つとするならば、私たちもまた資料を残すという同じ営みを行わなければならないでしょう。古い資料は、時の経過とともに数が減るため残されたものの価値が高まり、しかもその量も限られているため、すべてを保全の対象とすることができます。しかし、現代において、日々大量に作られる新しい資料は、資料の形態や価値が多様化している上に、近年では資料の廃棄と改竄・偽造が繰り返され、このままでは、将来、「現代」という時代を分析・検証しようにも不可能になってしまいかねません。

また、歴史学が社会に関わるとき、研究成果を社会に「還元」するという言い方をするのが常であり、研究成果をかみ砕いて、わかりやすい、おもしろいストーリーを供給することが主流をなしています。そのストーリーの供給と消費が繰り返されると、研究者と市民の関係性が、生産者と消費者、発信者と受容者という関係に分断・固定化されてしまいかねません。歴史はなにも研究者だけのものではありません。歴史は誰のものか/人びとは歴史研究になにを期待し、その成果はどう利活用されているのか、歴史学と市民の新たな関係性を構築すべき段階にあるのではないでしょうか。

こうした課題は、マン・パワーの不足やシステムの不全を解消すれば解決するというわけではありません。研究者と市民の歴史資料に対する意識や歴史を考えることに対する意識のギャップを解消していくことでしか解決しないのではないでしょうか。そのためにも、現代の歴史をまさにいま、自らの手によって作りつつあるという自覚をもち、自分たちが生きている「現在」を歴史的にとらえる目を養うことが重要だと考えます。

歴史学の実践の「場」を開放する
鹿児島資料ネットは、宮崎歴史資料ネットワークと共催で、2016年7月・11月に宮崎市、2017年(平成29)3月に西都市、同年4月に鹿児島市で「フスマから歴史を取り出してみようワークショップ」を開催し[❷]、解体前の民家から保全した襖から歴史を取り出すことができるという認識の普及や古文書を取り出す技術の習得を目指しました(2017年5月15日「災害から史料守ろう/古文書をデータベース化、保全=鹿児島市に「鹿児島ネット」発足」南日本新聞)。

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❷子どもたちとフスマのなかから歴史を取り出す(2017年4月23日)

また、2016年5月・8月には、鹿児島県出水市教育委員会と共催で中学生を対象に「歴史資料を未来につなぐ」ワークショップを開催したり(2016年6月5日「歴史資料の保全意義を学ぶ/出水市の出水中」南日本新聞、8月30日「歴史資料の保全、中学生が作業体験/出水市」南日本新聞)、資料保全活動自体を博物館の展示の一部として公開したりと[❸]、歴史資料の保全・継承の教育活動に取り組みました。

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❸展示としての資料保全活動(2018年8月29日)

さらに、2018年9月、2019年1月、2020年2月に、宮崎・鹿児島両県の三つの自治体で大規模自然災害の発生を想定した文化財レスキューのためのDIG(Disaster Imagination Game、災害図上訓練)ワークショップを開催しました[❹]。

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❹DIG(Disaster Imagination Game、災害図上訓練)の取り組み(2019年1月28日)

そして、2021年3月には、水害を想定した資料レスキューのワークショップをオンラインで行い、水に濡れて汚れた紙資料の修復技術を学びました(2021年3月7日「水害から資料を守ろう」南日本新聞)。多様な専門をもつ遠隔地の専門家や地域に潜在する多様な「知」をオンラインシステムを活用することで結びつける機会となったといえます。

以上のように、歴史学の実践の「場」を、アカデミックの閉鎖空間から博物館・文書館・図書館へ、さらに教育現場・新聞社などへ開放する取り組みを行ってきました。これによって、多様な「担い手」とそれぞれの「立場性」によって新しい協働関係を築くための素地ができあがりつつあるといえます。

自助・共助・公助・外助
こうした地域の歴史資料の保全に大きな役割を果たす要素として、自助・共助・公助・外助が考えられます。しかし、現状を顧みると、自助は自己責任でがんばれ、共助は地域は高齢化と人口流出、産業の衰退などが相互に絡みあいながら弱体化しているけど何とかがんばれ、公助は地域の歴史文化を観光資源化し、保存・研究・学習よりも商品として消費することを優先せよ/文化財関係の人員整理によって地域やボランティア(外助)へ丸投げ、というような状況であり、このことが在来的・実践的な知恵や記憶の継承を困難にしているように思われます。

地域の歴史資料保全を確かなものとするためには、①「自助」の強化、②地域社会の「外」から来る「外助」の活用、③「公」も「外」も含み込むような「共助」の拡大(ネットワークの形成)を行い、新たな「共」の創造、新しい人間と社会の関係性を創出する必要があるのではないでしょうか。

すべての歴史資料をまるごと保全したからといって歴史文化が未来に継承されるわけでは決してありません。むしろ、それを人びとの日々の生活において活用することができて初めて継承したということができます。未来の歴史のかたちを選択するのは、いまを生きるわたしたちであり、そのための取り組みを実践していきたいと考えています。


【連携団体】

宮崎歴史資料ネットワーク
【活動がわかる主な文献リスト】
1●『平成25年度~平成27年度 日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(B)研究成果報告書「鹿児島県歴史資料の防災ネットワークの構築」』、2017年3月
2●『平成28年度~令和元年度 日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(B)研究成果報告書「鹿児島県の歴史資料ネットワークの実践と展開」』、2020年3月
3●『全国史料ネット研究交流集会報告書』1〜6、2015〜2021年