宮崎歴史資料ネットワーク(宮崎資料ネット)【九州】★『地域歴史文化継承ガイドブック』全文公開

このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

pres-network_b.jpg

トップへ戻る

■本論のPDFはこちら。

■本書全体のepub/PDFはこちら。


宮崎歴史資料ネットワーク
(宮崎資料ネット)

【団体情報】
設立年●2005年
事務局所在地●〒882-8508 宮崎県延岡市吉野町1714-1 九州保健福祉大学博物館学研究室内電話番号●0982-23-5632(山内利秋/平日のみ)
メールアドレス●yamatosh@phoenix.ac.jp(事務局:山内宛)
Facebook●https://www.facebook.com/111102067127659
【活動地域】
主に宮崎県内
【参加方法】
入会●会員制ではないので、活動参加希望の場合はご連絡ください。
寄付●梱包材・保存包材等の現物をお願いしております。


1*200509_平成17年台風14号によって被災した写真の処理.jpg
❶平成17年台風14号によって被災した写真の処理(2005年9月)

2*201604_解体される明治期の商家からの資料保全.jpg
❷解体される明治期の商家からの資料保全(2016年4月)


【設立の経緯】
文●山内利秋

台風14号の被害により設立
2005年(平成17)に発生した台風14号は九州地方を中心に大きな被害をもたらしましたが、特に宮崎県での被害は重大で、県内の代表的な河川である五ヶ瀬川・大淀川の氾濫によって河川沿いのさまざまな場所で建物が浸水したのみならず、高千穂鉄道での橋梁等の流出(その結果廃線となった)や国道の崩壊、浄水場の浸水といった大規模なインフラへの影響、土砂崩れによる文化財建造物に対する影響もありました。

県内の近世・近代の歴史に関わる地区も被害を受けていますが、この時には資料保全を目的とした研究者間の連携もなかったこともあって、組織的な資料の保全活動にはおよびませんでした。

そうした中、宮崎市に被害状況確認のため歴史資料ネットワーク(神戸)のメンバーである松下正和さんが来訪し、大淀川中流域で河川が蛇行することからたびたび大きな水害が発生している高岡町(現宮崎市高岡町)を調査しました。同町は鹿児島藩の麓があったところで歴史資料被災の可能性が危惧されていましたが、この際には写真資料の被災を確認するにとどまっています。しかし、松下さんは宮崎県内の研究者に対して資料保全を行う組織的な活動の必要性を説き、そのことが契機となって県内研究者の間で団体設立が模索されました。

一方、全く別の活動として近世城下町さらには大正期からの企業城下町である延岡市内において、同じ台風による水害被害にあった家屋から写真資料の保全が行われていました。延岡市の企業からは戦前に朝鮮半島に進出し、現北朝鮮において大規模工場を設立しており、その際市内から同地へ赴任して戦後再び引き上げて定着したという経緯がある家庭が多数存在しています。したがって当時の資料が市内に存在している可能性があるのは予測していました。この活動を行っていたメンバーが宮崎市内のメンバーと合流し、宮崎歴史資料ネットワークを設立しています。

【活動の特徴】
文●山内利秋

東日本大震災で活動が活性化
2005年の台風被害を契機に設立され、その後県内のボランティア団体等に対して歴史資料の保全を呼びかける活動を実施しましたが、数年が経過すると活動そのものは低調となってしまいました。それが大きく動き出したのは東日本大震災によるところが大きいです。震災被災地からは遠く離れた九州の地では直接的に資料保全等で関与することはなかったものの、山形文化遺産防災ネットワークの活動への間接的な支援(資料目録のデータ化支援)を引き受けたことによって、活動の活性化の機運が生じました。

宮崎資料ネットに参加するメンバー内で議論していくうちに、東日本大震災と同様の災害(南海トラフ地震を想定)が発生した場合、県内での現状の体制で資料保全に関わる活動を果たしてどれだけ行えるのだろうかという不安が生じてきました。自治体職員が限られている宮崎県においては、災害時には避難所等も担当することになり、文化財に対しては目が行き届かない可能性があります。また、文化財諸分野専攻の大学院を有する大学が県内にはなく、災害時には人員的に不足することは目に見えていました。一方、改めて考えてみると、九州地方各地において同じような状況が存在しています。そうしたことから、特に宮崎県とは歴史的な関係性が強い鹿児島県の専門家とのつながりは不可欠ではないだろうかと考え、史料ネット研究交流集会をきっかけとして鹿児島歴史遺産防災ネットワークと協働していく道筋が次第に構築されていきました。

2016年(平成28)には宮崎市内で解体予定の明治期の建物の資料保全活動を実施しました。この時には県内の建築士を中心に構成されるヘリテージマネージャー組織であるひむかヘリテージ機構、そして鹿児島資料ネットへも参加を要請しています。これ以降、宮崎・鹿児島の両資料ネット間での連携は活発となり、以後の資料保全活動のみならず襖下張り剝がしワークショップ、さらには災害時を想定した資料保全シミュレーションといった活動を協働で実施しています。この宮崎市内の商家建物資料を活用した襖下張り剝がしワークショップは複数回開催し、宮崎県内のみならず、鹿児島資料ネット主催のもと鹿児島市内でも実施し、多数の市民の方が参加しています[❸]。

3*201611_フスマ下張りWSの様子.jpg
❸フスマ下張りWSの様子(2016年11月)

南海トラフ地震に備える
2016年の熊本地震前後から、各地で規模の大きな災害が頻発しています。幸か不幸かもともと水害が多く、1990~2000年代に大規模災害を経験したことによって一級河川の大規模改修を終了し、著しい強靭化が進行した宮崎・鹿児島の両県では、現時点では他県に比べると水害による被害を受けにくい傾向にあります。しかしながら環境変動の影響によって改修されたインフラを凌駕する規模の災害がいつ発生してもおかしくなく、火山災害のリスクの高さ、そして何と言っても南海トラフ地震の可能性を考えると、これらに対応できる体制を構築しておく必要性を感じざるを得ません。そこで、両資料ネットで2018年(平成30)から実施しているのが、災害を想定したシミュレーション、DIG(Disaster Imagination Games)です[❹]。


4*201809_災害時を想定したシミュレーション.jpg
❹災害時を想定したシミュレーション(2018年9月)

これは宮崎・鹿児島両県域内でどこか特定の場所を設定し、過去に発生した災害や予想されるハザードマップから将来的に発生しうる災害と被害を想定した上で、タイムラインに沿って被災が想定される文化財をいかに保全していくかを検討していくシミュレーションです。場所選定やタイムラインに沿ったシナリオの作成、実際にどういった対応を行うかを検討するそれぞれのプロセスを考えることで、さまざまな課題を抽出していきます。この活動は年1回のペースで実施していますが、新型コロナウイルス感染拡大を受けて2021年(令和3)3月にはリモート会議システムとオンラインホワイトボードを活用してのワークショップを実施しました。DIGだけでなく、リモートの特性を活用しての水浸資料処理のワークショップも実施しています。

解体・処分される空き家の資料を保全する
もう一つ、宮崎資料ネットで力を入れている活動として、建物の空き家化によって解体・処分される資料の保全があります〔山内2021〕。空き家には1950年(昭和25)の建築基準法制定以前につくられた歴史性を帯びた建物が一定数含まれています。これらは耐震基準、接道義務(消防法に適応した幅員の道路に敷地が一定の長さをもって接しているか)、相続の困難さ等さまざまな問題を要因としていて、その結果放置されたり/解体されたりといった状況が全国的に発生しています。たとえば襖の下張り文書が典型的ですが、一見「何もない」と考えられがちな歴史的な建物にも地域社会の歴史を物語る何らかの資料が存在する可能性はきわめて高いものです。こうした資料が建物の解体によって人知れず処分されてしまう前に、いかにアプローチできるでしょうか。この課題については私有財産権への関与に限界のある行政組織には難しい側面もあって、むしろひむかヘリテージ機構や宮崎県建築士会といった建築系の民間団体との連携が重要となってきます。保存活用を可能とするべく、建物の歴史的な評価は資料の内容に依拠しているいるケースも多くあります。単に資料を保全するのみならず、ワークショップ等の作業を通じて権利者や地域コミュニティが専門家と一緒に評価していける場をつくる必要性がここにはあると強く考えています。

人口減少等地方をとりまく状況は厳しくなる一方ではありますが、社会の変化を追いつつもその土地その土地に長く根付いてきた資料を受け継ぎ、そして次世代に託していく活動を南九州の地で今後も展開していきたいと思います。

参考文献
山内利秋「地域の文化を継承すること─空き家から考える地域歴史遺産のこれから─」『総合資料学ニューズレター』12、2021年

【連携団体】
ひむかヘリテージ機構、鹿児島歴史遺産防災ネットワーク
【活動がわかる主な文献リスト】
1●山内利秋・増田豪「宮崎県における文化資源災害救助対策の現状と課題」『九州保健福祉大学紀要』8、2007年
2●山内利秋「宮崎歴史資料ネットワークの活動と課題」『歴史評論』779、2015年
3●山内利秋・佐藤宏之・深瀬浩三・丹羽謙治「報告:赤外線写真撮影によって確認された プロレタリア画家川越篤のサイン─宮崎県での保全資料調査から─」『九州保健福祉大学博物館学年報』8、2019年
4●山内利秋「南九州における襖下張り文書剝がしワークショップでの市民参加について考える」『神戸大学大学院人文学研究科地域連携センター年報LINK【地域・大学・文化】』12、2020年
5●山内利秋「地域の文化を継承すること─空き家から考える地域歴史遺産のこれから─」『総合資料学ニューズレター』12、2021年