神奈川地域資料保全ネットワーク(神奈川資料ネット)【関東】★『地域歴史文化継承ガイドブック』全文公開

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神奈川地域資料保全ネットワーク
(神奈川資料ネット)

【団体情報】
設立年●2011年
旧名称●神奈川歴史資料保全ネットワーク(2014年まで)
事務局所在地●〒240-8501 横浜市保土ヶ谷区常盤台79-2 横浜国立大学教育学部 多和田雅保研究室
メールアドレス●kanagawa_shiryounet@yahoo.co.jp
HP●https://kanagawa-shiryounet.hatenablog.com/
【活動地域】
神奈川県(災害発生時、被災地域に受け入れていただける際は全国で活動)
【参加方法】
入会●事務局にお問い合わせください。
寄付●事務局にお問い合わせください。

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❶寒川文書館共催事業で下張り文書をはがす(2013年9月8日)

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❷金沢工業団地(横浜市)での資料レスキュー(2019年10月8日)


【設立の経緯】
文●宇野淳子

二つの「我がこと」を経て設立へ
神奈川資料ネットは、二つの「我がこと」がきっかけで設立されました。

一つ目は設立時の代表である故有光友學さん(横浜国立大学名誉教授)が阪神・淡路大震災を「我がこと」ととらえ、資料ネットの設立を長年模索していたことです(2012年〈平成24〉4月の逝去後に有光ゼミの卒業生の方からうかがいました)。その思いは代表委員を務められた神奈川地域史研究会で資料防災にかかるシンポジウムを複数回開催する契機となり、神奈川資料ネットの基礎ともなりました。

二つ目は神奈川県内に大雨を降らせた2010年(平成22)台風9号後に、筆者が歴史資料ネットワークの個人会員かつ地元に住む者として神奈川県内の被災状況をまとめ、史料ネットの運営委員に送った「我がこと」です。結果的に「プレ神奈川ネット」と呼ばれる調査を史料ネットに指導いただき、その概要を『史料ネットNews Letter』第64号(2010年12月)に書きました。有光さんから拙稿をご覧になったと連絡いただき、神奈川地域史研究会の例会「大災害と文化財保存を考える1」(2011〈平成23〉年2月)で報告したことをきっかけに、筆者もネットワーク形成に向けた議論に参加しました。

東日本大震災後、県内で資料レスキューを行うことはありませんでしたが、2011年7月に神奈川地域史研究会の有志と神奈川大学日本常民文化研究所の有志により、予防ネットとしての神奈川歴史資料保全ネットワーク(2014年〈平成26〉に神奈川地域資料保全ネットワークに改称。略称:神奈川資料ネット)を設立しました。

都市型の予防ネットというあり方
予防ネットには早急に対処すべき被災資料はありません。設立当初は東日本大震災により水損した文書の保全活動に参加していた運営委員が複数いたため、水損資料応急処置ワークショップの開催を主たる活動としました[❶]。生活の中にある「地域と人びとをささえる資料」は残すべき地域資料でもあることを伝え、保全を呼びかけるのが目的です。

また、全国の資料ネットが主催する資料レスキューや研究会などに参加しました。第1回 全国史料ネット研究交流集会(2015年〈平成27〉)等への参加で全国の取り組みを聞く機会は、自然災害や戦災と共に大規模宅地開発の影響が強い神奈川では「旧家」や「蔵がある家」に資料があるという前提に立ちにくいことを考えながら情報発信をする必要があることに思い至るなど、自らの活動を客観視する場にもなりました。

2017年(平成29)からは国立文化財機構文化財防災ネットワーク推進室(当時)主催の協議会への出席により同席の神奈川県教育委員会文化遺産課や神奈川県博物館協会と話す機会を得ました。2019年(平成31)からその協議会は神奈川県文化遺産防災連絡会議となり、その中で指定文化財は県教委・館蔵資料は県博協・民間所在資料は資料ネットが初動を担い、被災資料への対応のモレ・ヌケがないことを目指すことが確認されました。

「都市型」に明確な語意があるわけではありません。しかし古文書に収斂されない地域資料のとらえ方や初動を分有することは都市の人のつながり方を反映したものかもしれません。

【活動の特徴】
文●宇野淳子

連続する大雨を経て県内活動へ
2019年9月に神奈川県内で浸水被害を発生させる大雨や台風が続きました。県史編集時に作成された古文書目録をもととし、神奈川資料ネットのメンバーで分担してリスト化した、資料の所在情報データと報道等される被災状況を重ね合わせて現地調査と被災資料の確認に行きましたが、レスキューが必要な資料は見出せませんでした。

一方、令和元年房総半島台風(15号)で金沢工業団地に高波被害があったことをテレビで知りました。金沢工業団地は昭和40年代の横浜市の「金沢地先埋立事業」による造成で、現在のみなとみらい地区にあった造船所に部品を供給する町工場などの移転先として整備されています。横浜開港に直結する資料が残されている可能性があるのではないかと思いました。人が住んでいない地区のため災害ボランティアセンターが設置されておらず状況がわかりませんでしたが、「金沢区工業団地を救う会」主催の災害ボランティアに広く開かれた情報共有会議に参加して、活動の趣旨を伝えたところ、「そういう資料ならばもうある」と言われました。会社の業務をささえる資料であることから、水損行政文書のレスキュー方法を用いて現用の企業資料の保全活動を行いました[❷]。

令和元年東日本台風(19号)時は行方不明者の捜索が続く地区へ行くことをためらいました。被災が見込まれる自治体の資料保存機関や文化財主管課等にお見舞い文と「捨てないでチラシ」(資料保全を呼びかけるチラシ)をFAX送信し、連絡をいただけたら動けるように準備しました。

地域防災に根付くあり方を目指して
金沢工業団地での活動に際しては、岡山史料ネットが西日本豪雨の後、災害ボランティアセンターに「捨てないでチラシ」を置きに行ったという話を聞いていたことが災害ボランティアの会議に参加する契機になりました。災害ボランティアの方々は、初めて参加した者を被災者の「困りごと」に対応するボランティアとして受け入れ[❸]、被災場所へ連れて行ってくれました。

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❸災害ボランティアの情報共有会議(台風19号)(2019年12月7日)

神奈川県文化遺産防災連絡会議には情報共有をしながら活動を続けることで、災害前に話し合った分有をどのように果たせるかを考えることができました。また、全国の資料ネットからは必要なものはないか電話をいただく等しました。
このように、2019年に県内で初めて行った災害対応は文化財関係のネットワークと災害ボランティア関係のネットワークが両輪となったことで可能になりました。

2019年11月の災害ボランティアの情報連絡会議兼勉強会では、震災がつなぐ全国ネットワークの『水害にあったときに』(https://blog.canpan.info/shintsuna/archive/1420 本稿執筆段階で第6版がウェブ公開されています)を読みました。そこには「ふすま・障子:乾かすと桟や枠は使えることもある」と記されています。あるボランティアの方に聞いたところ、生活再建費用を少しでも抑えるために桟や枠を残すのだそうです。この活動と下張り文書を残すことで被災された方のおうちの歴史を残す資料(史料)ネットの活動が連携できれば、被災された方を物心ともにささえられるのではないかと考え、神奈川の災害対応の一要素に常に「資料保全」が位置づくことを目指す活動を行いました。2020年(令和2)度以降は新型コロナウイルス感染症の影響が広がり、保留にせざるを得ないこともありますが、かながわコミュニティカレッジに水損資料の応急処置ワークショップの講座企画提案をし、選定されて講座を担当する等の機会を得ました[❹]。また、国立文化財機構や神奈川県博物館協会に仲介いただき、2020年度より川崎市市民ミュージアムの水損資料の初期乾燥作業から活動に参加しています。

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❹初期乾燥作業を体験してもらう講座の実施(2020年12月19日)

また、床下の泥出し・消毒などをしている、多摩川災害支援チーム(チームたま)が関係団体と連携して写真洗浄会を開催し、神奈川資料ネットの運営委員も参加しました。参加者として資料保全活動を分有できたことはうれしいことでした。

これらのつながりは、2021年(令和3)7月の大雨の際に活きることになります。写真が出てきた際には協力をお願いしたいとチームたまに連絡することや、情報共有会議に参加して水損資料を見つけた際は連絡してほしいという話をすることを、従来の被災対応と同時進行で行いました。被災資料は確認されていませんが、この間言い続けてきた「様々な担い手が少しずつ手を伸ばして、神奈川の資料保全活動をささえあう」ことを実践する場となりました。

活動を継続した1人である筆者は、地域資料を共に守ることは地域の人文科学の実践知を共に作ることでもあることに思い至りました。

【連携団体】
多摩川災害支援チーム(チームたま)
【活動がわかる主な文献リスト】
1●有光友學「神奈川歴史資料保全ネットワークの立ち上げ」『神奈川地域史研究』29、2011年
2●神奈川地域資料保全ネットワーク編『地域と人びとをささえる資料 古文書からプランクトンまで』勉誠出版、2016年
3●『寒川町史研究』29(<特集>襖に閉じ込められた地域の歴史)、寒川町、2018年
4●宇野淳子・多和田雅保「大都市圏における地域資料保全について」『横浜国立大学教育学部紀要Ⅲ 社会科学』4、2021年