とちぎ歴史資料ネットワーク(とちぎ史料ネット)【関東】★『地域歴史文化継承ガイドブック』全文公開
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とちぎ歴史資料ネットワーク
(とちぎ史料ネット)
【団体情報】
設立年●2020年8月7日
事務局所在地●〒321-8505 栃木県宇都宮市峰町350 宇都宮大学共同教育学部 髙山慶子研究室
メールアドレス●tochigi.shiryonet@gmail.com(とちぎ史料ネット)
HP●https://tochigi-shiryonet.1web.jp
Twitter●https://twitter.com/T4Tj2RWzuE5h5Js
Facebook●https://www.facebook.com/tochigi.shiryo.net
【活動地域】
栃木県(および近隣地域)
【参加方法】
入会・寄付●上記HP参照
❶宇都宮大学での最初の水損史料保全作業。学生も初めての保全作業に取り組みました(2019年11月17日)
❷コロナの中での保全作業。対面回避、十分な換気など、三密対策を行っての作業となりました(2020年7月4日)
【設立の経緯】
文●高山慶子
東日本台風(台風19号)での被災を契機に設立
とちぎ歴史資料ネットワーク(略称:とちぎ史料ネット)は、2020年(令和2)8月7日に設立を宣言した、栃木県の資料ネットです。前年の2019年10月12日の東日本台風(台風19号)による浸水被害で、栃木県佐野市の個人宅に所蔵された戦争関係コレクション史料が被災したことが、設立の契機となりました。所蔵者からの要請に応えて史料レスキューを実施したのは歴史資料ネットワーク(略称:史料ネット、事務局:神戸大学)ですが、その活動に栃木県内外の関係者が参加したことで、栃木県にも資料ネットをという設立の機運が高まり、その設立が実現しました。
栃木県では、2011年(平成23)の『西方町史』の刊行をもって、すべての自治体がそれぞれの自治体史の編さんを完了しました。それまでの県史や自治体史の編さん過程で発見・収集された史料の保存と活用をめぐる問題は新たな課題となっており、「地域資料の保存・活用の環境を整えることは、けして行政だけの責任とすべき問題ではない。研究者と市民、そして行政が連携協力してことに当たれば、工夫できる方策はいくらでもある」とする指摘が、すでになされていました〔阿部2015〕。
とちぎ史料ネットの設立以前から史料レスキューが行われていた
栃木県では、とちぎ史料ネットの設立以前から、史料レスキューが行われていました。2011年の東日本大震災後には、那須野が原博物館が宮城県・岩手県・福島県での文化財レスキューに参加しました〔金井他2013〕。同館は、その前身である西那須野町郷土資料館が火災で焼失した折に、文化財レスキューの支援を受けるという被災館としての経験を有しており〔金井2021〕、早くからレスキュー活動に取り組んできました。那須歴史探訪館も2019年の東日本台風の折に文化財レスキューを実施しており〔作間2020・2021〕、那須地域は栃木県の中でもレスキュー先進地域と言えます。こうした経緯をふまえて、とちぎ史料ネットとほぼ同時期に、那須資料ネットが2020年10月に設立されました〔金井・作間2020〕。
❸佐野市でのレスキュー風景。この倉庫に大量の戦争関係コレクション史料が収蔵されていました(2019年11月16日)
2011年には、茨城文化財・歴史資料救済・保全ネットワーク(略称:茨城史料ネット)を中心として、栃木県芳賀郡茂木町の旧家の土蔵史料のレスキューも実施されました。この茂木レスキューには栃木県の関係者も集まり、「栃木史料ネット」が立ち上げられました(〔平川2014〕の「表2 各地の歴史資料保全のネットワーク」には、「栃木史料ネット」〈2012年設立、栃木県大田原市〉が明記されています)。この「栃木史料ネット」は本格的な活動の展開には至りませんでしたが、資料ネット設立の県内最初の試みとして、組織の立ち上げが模索されたことを示しています。さらに2011年には、大学を拠点とする活動の先駆的な事例として、國學院大學栃木短期大学による被災史料のレスキューも行われました〔坂本2012〕。
2019年の東日本台風後には、既述の佐野市でのレスキューや那須歴史探訪館による取り組みのほかにも、鹿沼市教育委員会文化課でも水損史料のレスキューが行われました〔堀野2021〕。この鹿沼レスキューは、ボランティアではなく自治体の業務として学校資料の保全がなされた事例として注目されています。
❹佐野レスキューの被災史料(一部)。背後(左上)の建物にも大量の史料が所蔵されていました。個人史料としては大部のコレクションです(2019年11月16日)
以上のように、栃木県ではとちぎ史料ネットの誕生以前から、その胎動は始まっていたと言えますが、こうした活動を互いに学んだり支援・協力・連携したりする機会はありませんでした。2020年のとちぎ史料ネットの設立は、レスキュー経験者やレスキューに関心を持つ人たちをつなぎ合わせ、レスキューの経験を共有する機会となりました。
【活動の特徴】
文●高山慶子
水損史料の保全作業を継続
とちぎ史料ネットのこれまでの主な活動は、設立の契機となった、栃木県佐野市で被災した水損史料のレスキューです。この佐野レスキューは、台風直撃から約1カ月後の2019年11月16日に始まりました。被災史料の所蔵者との連絡や、レスキューに必要な資材一式の準備など、諸々の手配や調整は、レスキューの要請を所蔵者から直接受けた、小野塚航一さんを中心とする史料ネットの方々によって行われました。当日の現地での作業には、天野真志さん(国立歴史民俗博物館)や作間亮哉さん(那須歴史探訪館)という、レスキュー経験者の加勢も得て、乗ってきた車に積み込めるだけの史料をその場で選び出し、段ボール20箱分の水損史料を宇都宮大学に運びました。このときから現在(2021年〈令和3〉9月)に至るまで、これらの水損史料の保全作業を継続して行っています。
活動の第一の特徴は、神戸の史料ネットの方々や県内外のレスキュー経験者など、レスキューの現場経験を有する方々と当初から活動をともにして、レスキューのノウハウを直接学ぶ機会を得たことです。佐野市の現場から被災史料を運び出した翌日の11月17日には、それらの吸水・乾燥作業が行われました。濡れた史料をキッチンペーパーと新聞紙で挟み水を吸い取る。クリアファイルに綴じ込まれた軍事郵便や葉書類は1点ずつリフィルから取り出し水を抜く。宇都宮大学の学生も、白手袋にゴム手袋を重ね、防塵マスクを付ける、といった装備から、吸水・乾燥作業の方法まで、一つひとつ史料ネットの方々に教わりながら、初めての作業に取り組みました。水損したフィルムや巻子・軸物の処理といった専門的な知見や技術を要する作業は、史料ネット関係者や天野さんによって行われ、作業の終了後には、未処置の水損史料をガスバリア袋で密閉し、カビや粉塵が保管室の外部に漏れて二次被害を出さないようにとの助言も受けました。
コロナ期の保全作業
年が明けて新型コロナウイルスの感染拡大が始まると、史料ネット関係者の栃木県への移動が難しくなり、2021年3月に予定していた3日間の集中保全作業の実施は断念となりました。保全作業は滞り、梅雨の季節が迫る中で未処置の水損史料の状態の悪化が懸念されました。この時には、県内で文化財レスキューの経験をもつ作間さんや金井忠夫さんが中心となり、水損史料の一部を那須野が原博物館に移管し、同館で保全作業が行われました。吸水・乾燥作業は大きく進展し、その後も、乾燥を終えた水損史料のエタノール消毒や、現物の復元が困難なアルバム史料のデジタル撮影の方法についても指導や助言を受けました。6月と7月には県内の文化財関係者による保全作業を実施しましたが、その実現にも多大な協力を得ました。
2021年9月現在、被災史料の吸水・乾燥作業はほぼ完了し、保全作業は史料の返却・寄贈を視野に入れた新たな段階に入りました。これまでの保全作業の経験や多くのレスキュー関係者とのつながりを活かし、とちぎ史料ネットが独り立ちしてレスキュー活動を担える組織になることが、目下の目標です。
レスキューを担う人材をいかに確保するのか
活動の第二の特徴として、とちぎ史料ネットは、当初は佐野レスキューへの参加者を中心とする6名の発起人で立ち上げ、現在は県内在住・在勤の大学教員・博物館学芸員・自治体職員等の12名で運営を担っている点が挙げられます。各地の資料ネットでは、①大学を拠点に学生・院生・若手研究者が実働を担う事例、②博物館の学芸員や文化財関係の職務に従事する自治体職員等の社会人が活動の中心となる場合、③一般市民の方々が恒常的に被災史料の保全活動等に参加する例など、それぞれの事情に応じて多様な活動のあり方がみられますが、とちぎ史料ネットの運営のあり方は②に相当します。
ただし、多くの人手と時間を要する被災史料の保全作業をどのように実施していくのか、つまりレスキューを担う人材をいかに確保するのかは、いまだ模索の段階にあります。これまでに宇都宮大学の学生が保全作業に参加したことはありますが、いずれも体験的な参加の域を出ておらず、①の実働を担うあり方にはほど遠いというのが現状です。とちぎ史料ネットと大学および大学教育との関係をいかに築いていくのか、どのような形で学生参加を促すのかなど、検討するべき課題は少なくありません。
❺被災したアルバム写真。被災史料は紙類だけではなく、このようなアルバム写真も含まれていました(2020年6月28日)
連携・協力して、地域の歴史を地域の力で守る
一方、活動の第三の特徴は、上記の③に関連しますが、地元の郷土史団体である安蘇史談会が佐野レスキューに参加・協力していることが挙げられます。被災史料の所蔵者がかつて安蘇史談会主催の研究会で報告を行うなど、史談会の会員の方々と史料所蔵者との間で交流があったこともあり、安蘇史談会から佐野レスキューに協力したいとの連絡を受けました。2020年6月に宇都宮大学で実施した水損史料の吸水・乾燥作業には5名の史談会の会員の方々が参加し、同会の会誌においてとちぎ史料ネットのことが取り上げられました〔安蘇史談会2021、海老原2021〕。被災史料の一部は地元の佐野市郷土博物館に寄贈されることになりましたが、2021年5月からは、その寄贈分の史料目録の作成を安蘇史談会が中心的に担い、同博物館にも収蔵庫の逼迫という厳しい状況の中、一部史料の受け入れや作業場所の提供など、多大な理解・協力をいただいています。現在は、安蘇史談会、佐野市郷土博物館、とちぎ史料ネット、そして史料ネット(神戸)が連携・協力して作業を進めており、こうした作業のあり方は、とちぎ史料ネットが規約の第一条で目的として掲げる「地域の歴史を地域の力で守」る、一つの形と考えます(近年は継続的な歴史資料保全活動の担い手として、こうした郷土史愛好家、およびその愛好家が参加する古文書サークル等の郷土史団体の役割が注目されています〔高橋2019・2021〕)。とちぎ史料ネットでは、こうした郷土史団体をはじめとする地元の方々との関係を構築できればと考えています。
❻安蘇史談会の方々による保全作業。地元の郷土史団体の方々もレスキューに協力しました(2020年6月28日)
参考文献
安蘇史談会「安蘇史談会、とちぎ史料ネットへ加入」『史談』37、2021年
阿部昭「あらためて地域史資料の保存活用問題を考える」『歴文だより』95、2015年(後に「新たな下野近世史研究へ向けて」と改題の上、下野近世史研究会編『近世下野の生業・文化と領主支配』岩田書院、2018年、に収録)
海老原脩治「とちぎ歴史資料ネットワークへのご理解とご支援を」『史談』37、2021年
金井忠夫・多和田潤治・村松多佳子・木沢宏美「東日本大震災および原発事故に伴う那須野が原博物館の文化財レスキュー活動」『那須野が原博物館紀要』9、2013年
金井忠夫「資料館の被災から那須資料ネットへ」『歴文だより』118、2021年
金井忠夫・作間亮哉「市民を主体とした那須資料ネットの設立と経緯」『那須文化研究』34、2020年
坂本達彦「東日本大震災と文化財・地域史研究」『歴史評論』748、2012年
作間亮哉「東日本台風における歴史資料の救出と被災時の応急処置─栃木県内と周辺地域の事例から─」『歴史と文化』29、栃木県歴史文化研究会、2020年
作間亮哉「東日本台風における栃木県内の歴史資料保全活動」『新しい歴史学のために』297、2021年
高橋陽一「活用なくして保存なし─大学の研究者と地域の歴史資料─」、荒武賢一朗・高橋陽一編『古文書がつなぐ人と地域─これからの歴史資料保全活動─』東北大学出版会、2019年
高橋陽一「これからの古文書サークル活動─コロナ禍の経験を踏まえて─」『地方史研究』412、2021年
平川新「歴史資料を千年後まで残すために」、奥村弘編『歴史文化を大災害から守る─地域歴史資料学の構築─』東京大学出版会、2014年
堀野周平「鹿沼市における学校資料のレスキューと資料所在把握」『歴文だより』118、2021年
【連携団体】
宇都宮大学、國學院大學栃木短期大学、国立歴史民俗博物館
(2021年3月、とちぎ史料ネットと連携・協力して歴史文化研究の地域実践を推進する目的で、三者協定を締結)
【活動がわかる主な文献リスト】
1●小野塚航一「歴史資料ネットワークによる台風一九号対応─栃木県での史料レスキュー─」『史料ネットNews Letter』92・93、歴史資料ネットワーク、2020年
2●奥村弘・小野塚航一「歴史資料ネットワーク発足二五年─続発する大規模水害の中での保全活動の展開─」『日本史研究』699、2020年
3●髙山慶子「とちぎ歴史資料ネットワークの誕生」『歴文だより』118、栃木県歴史文化研究会事務局、2021年
4●同「とちぎ歴史資料ネットワークの設立」『史料ネットNews Letter』95、2021年
5●同「とちぎ歴史資料ネットワークの紹介」、群馬歴史資料継承ネットワーク編『群馬の歴史資料を未来へ─歴史資料ネットワーク事始め─』群馬歴史文化遺産発掘・活用・発信実行委員会、2021年
6●同「コロナ期におけるとちぎ歴史資料ネットワークの設立」『地方史研究』412、2021年
7●同「とちぎ歴史資料ネットワーク、設立から一年」『日本文化研究』6、國學院大學栃木短期大学日本文化学科、2021年
8●天野真志「とちぎ史料ネットをとりまくネットワークの現況」同上