資料保存の担い手と技術をつなぐ─被災資料救済ワークショップの展開─(天野真志)★『地域歴史文化継承ガイドブック』全文公開

このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

pres-network_b.jpg

トップへ戻る

■本論のPDFはこちら。

■本書全体のepub/PDFはこちら。


資料保存の担い手と技術をつなぐ
─被災資料救済ワークショップの展開─
文●天野真志

1.地域での担い手を広げる取り組み

地域を舞台とした資料保存では、さまざまな人びととの対話がテーマとなっている。例えば、地域に伝わる民具の来歴を知るには、そこで生活する人との交流が重要になるだろう。古文書など記録資料も同様であり、資料を守り伝えた人びとや地域住民との対話が不可欠となる。板垣貴志は、島根県で展開する自身の活動を「住民参加型調査」と位置づけ、資料の調査を単なる文字情報の把握にとどまらない、研究者と地域住民との「《対話の場》」と提起する〔板垣2018〕。調査する資料がどのような経緯で生成・保存されて現在に伝わってきたのか、さらにはその資料を通していかなる地域像を見出すことができるのか、人びとの記憶を呼び起こし、それらを記録・継承する取り組みとして、地域の資料保存が展開しているといえよう。

資料保存の実務に目を向けた場合、モノを資料として残すためにどのような対話が求められるだろうか。特に、自然災害が各地で頻発し、被災資料が増大化するなかで、保存・修復などの専門家にすべての対応を委ねることが困難な状況が続出している。そのため、地域で被災した資料は、最低限の措置を地域の人びとが対応せざるを得ない事態が各地で起こっており、被災資料の救出・保存に向けた技術や考え方の共有が求められている。

被災資料の救済を想定した対話の場として注目されているのが、ワークショップの開催である。2004年(平成16)台風23号での活動経験をふまえ、兵庫県神戸市に拠点を置くボランティア団体である歴史資料ネットワークは、各地で水濡れ資料の救済に向けたワークショップを開催する。河野未央は、発生が予想される各地での水濡れ被害に備え、より多くの人びとが緊急的な救済措置を施せるような技術普及と意識啓発の機会創出を目指し、「水濡れ史料の吸水乾燥ワークショップ」を構想・実践する。そこでは、活動の主体を必ずしも保存や修復などの専門家に限定せず、地域住民や学生、ボランティアなど、地域資料の保存・継承において担い手となり得るあらゆる人びとを対象としている〔河野2014〕。その後も歴史資料ネットワークは各地で頻繁に同様のワークショップを開催しているが、河野の主張に象徴されるように、こうしたワークショップは、単なる技術習得としてではなく、被災資料救済の疑似体験を経るなかで、自らも地域資料保存の担い手になり得るという意識を広げる目的も看取される。

2011年(平成23)東日本大震災時には、大規模な津波被害への対応に際し、被災資料救済の現場では市民ボランティアとの協業や学生教育との連動が主要な取り組みとして広がっていく。そこでは、長期的に実施する作業に多様な人びとの参加を促し、作業体験を通して救済技術の習得や認識の共有につなげていく取り組みが展開した〔天野2014〕。また、災害経験をふまえ、そこで培った経験や手法を地域の博物館から発信するワークショップの取り組みも行われている〔甲斐2019〕。このように、被災対応の経験を地域資料保存の担い手になり得る人びとに伝える模索は、各方面で進められている。

2.資料救済の方法を考えるワークショップ

豪雨や台風被害が多発する近年では、意識啓発だけではなく被災資料を発見した際の具体的な行動や救済方法を検討する場として、ワークショップの可能性を広げる試みが各地で行われている。そこでは主に、文化財行政担当者や博物館の学芸員など、災害発生時に資料救済現場の運営を担う人びとが対象とされ、災害発生時に適切に状況を判断するための意識共有や技術選択などの検討が実施されている。

災害に備えたシミュレーション
東日本大震災以降、災害を想定して地域の資料救済や博物館などの防災対策を検討するワークショップが各地で開催されている。たとえば神奈川県では、県内で活動する博物館の相互連携を目的とした神奈川県博物館協会が、2015年(平成27)度以降防災訓練を実施している。そこでは、ある地点での災害発生を想定し、発災後における加盟館との情報伝達の確認を目的とした図上訓練が行われている〔千葉等2020〕。この取り組みは、神奈川県域における博物館の備えとして、災害発生時にどのような行動をとり、情報伝達を行うべきかを日常的に確認する訓練として継続的に行われている。

このような図上訓練を地域での資料保存に応用する活動も実施されている。宮崎・鹿児島両県では、過去に発生した災害や各地域のハザードマップを検討し、両県で発生が予想される大規模な災害に備えたシミュレーションを定期的に実施している。詳細は第2部の宮崎・鹿児島両資料ネットの活動を参照されたいが、災害発生時に想定される被害状況をふまえ、関係者間で行うべき情報伝達や行動計画を図上訓練で協議するシミュレーションは、地域を多様な担い手で守り、伝来する資料を迅速に救出するための行動を共有する手法として注目される〔佐藤2019、深瀬2020〕。また、新型コロナウイルス感染拡大にともない対面式での協議が困難となった状況下では、オンラインでのシミュレーションワークショップも開催されており、オンラインでの利点を活かした議論の形態も模索されている〔佐藤2021〕。

資料救済ワークショップの展開
災害時における行動計画の議論とともに、これまでの被災資料救済方法に関するワークショップも新たな模索が行われている。ここでは、一つの事例として筆者が検討した資料救済ワークショップを紹介してみたい。

まず、2019年(令和元)12月22日に開催したワークショップ「資料の緊急対応を考える」である。この取り組みは、東海歴史資料保全ネットワークの設立に向けたシンポジウムの一環として名古屋大学で開催されたもので、東海地域の博物館・図書館・文書館関係者を主な対象として約30名の参加者とともに実施した[❶]。このワークショップでは、豪雨被害によって大量の水濡れ古文書が確認され、参加者にその対応が要請されていると仮定し、4人一組のグループで討議するという形式を採った。その際、参加者には図にある情報と、擬似的に被災させた被災資料サンプルのみを配布し、具体的な技術紹介などは一切行わず、各参加者が有している知識のみでサンプルを扱いながら対応を協議してもらった[❷]。

1.jpg
❶2019年12月22日に開催した資料救済ワークショップ

2.jpg
❷名古屋でのワークショップで提示した設問

本ワークショップの狙いは、参加者が保有している知識や技術が実際の救済作業にどの程度効果的であり、どのような問題が発生するのかを実感してもらうことである。参加者は、被災サンプルを用いて試行錯誤し、水濡れ状態の資料にどの程度負荷をかけると破損するのかなどを体感する。その上で安全な対応法を参加者間で協議し、各グループでの考えをまとめていった。

その後ワークショップでは、設問のモデルとした2018年(平成30)7月西日本豪雨における広島県での活動事例を筆者が紹介する。その上で、水濡れ資料の対応では、第一に急速な劣化を抑制するために資料の乾燥を目指すべきことを提案し、具体的な乾燥方法の実践を行う。乾燥体験では、被災資料の緊急対応に対して効果的な方法の一例として新聞紙などを用いた一時的な吸水法や、布団圧縮袋などを活用した脱水方法を示し、被災サンプルを用いてその効果を体験した。さらに、乾燥を施した資料のクリーニングやその後の保管などについて議論し、被災資料に対応するために段階的な作業工程の検討が必要であるという考えを共有した。

各地で災害が多発し、多くの救済事例が紹介される近年、被災資料救済に関する報告事例やマニュアルなどが各所で多数紹介されている。そうした状況のなか、修復技術者ではない人びとが資料保存の担い手や現場担当者として活動するためには、大量の事例から直面する状況に応じて技術や方法を選択し、かつボランティア等参加者が安全に作業を行うためのマネージメントであると考えられる。本ワークショップに参加する人びとは、資料の災害対策に関心を持ち、その前提として何かしらの予備知識を保有していることが想定された。そうした防災意識をより実践的な手法へと発展させるためには、各参加者が蓄積する多様な知識や技術を有効に活用するための考え方を身につける場が重要となる。そのため、状況に応じた技術選択の考え方を実践的に学ぶ機会としてワークショップを位置づけている。

また、同様のワークショップをオンラインで開催し、遠隔地との効果的な連携を模索する取り組みとして、2021年(令和3)3月6日に開催した「水損被害を受けた資料救済ワークショップ」を紹介したい。本企画は、宮崎・鹿児島両資料ネットが開催したオンラインでのシミュレーションワークショップとして開催された。ワークショップの狙いは名古屋で開催したものと同様であり、「あなたは被災資料の対応を相談され、具体的な処置方法の提示を求められています」という設定のもと、4人一組でオンラインツールを使用した議論を行ってもらった。

一連の工程は先述のワークショップと同様であるが、本ワークショップではオンラインの特性を活かし、参加者との議論で出された疑問や課題について、保存科学を専門とする三重県総合博物館の甲斐由香里と筆者との対話形式で回答し、科学的見地・現場作業者双方からの見解を示した。

これらのワークショップでは、災害発生時に被災現場の担当者となり得る人びとを対象として、資料救済の流れを共有するとともに、地域が保有する施設や人員などを勘案した技術選択の考え方を提起した。多様な技術が紹介され、地域住民やボランティアなど多くの人びとが担い手として資料の救済に関わる活動形態が構想・実践されるなか、資料の安定的な保存だけでなく、作業参加者が安全に関わることのできる環境作りが求められている。そのために、資料の状態把握や救済技術の選択、作業者の健康管理などの諸問題を検討する場としてワークショップが設定され、地域の実情に応じた環境作りが模索されているといえよう。

3.ワークショップの作り方

最後に、本章でも紹介したオンラインワークショップの材料を示しておきたい。今後の資料救済などの参考になれば幸いである。

ワークショップの流れ
①課題の設定

ワークショップでは、冒頭で課題設定と検討内容の説明を行う。2021年3月に開催したオンラインワークショップでは、前半部で災害発生から現地調査、資料救出の図上訓練が実施されたため、それらの議論をふまえ、救出した資料をどのように対応するかを課題として設定した[❸]。

3.jpg

②資料観察とグループ討議(15分)
次に、事前に配布した資料を観察し、被災状況の確認と対処法の協議を各グループで実施する。資料は筆者が作成したサンプルを擬似的に被災させたものを使用し、より具体的にイメージできるよう画像を用いて状況を確認する。その上で、実際にサンプルを触りながら資料に付着したカビや泥などのリスクとその対処法を検討する[❹・❺]。

4.jpg

5.jpg

③解説・実演(30分)
グループ討議の結果を報告し、検討内容をふまえて実際に資料と対峙する際の留意点や具体的な方法を解説する。その上でサンプルを用いて実際に作業の実演を行う。
④実践(45分)
解説を受けて参加者がサンプルを用いて作業方法を実践する。ここでは資料の吸水作業を実践した。
⑤まとめ
一連の議論・体験を通したまとめを行い、体験した内容が災害対策においてどの段階に位置するのかを確認し、ワークショップを終了する[❻]。

6.jpg

使用するサンプルについて
筆者が担当するワークショップで用いるサンプルは、形状の変容が確認しやすい帳簿類を準備している[❼]。これらは和紙を調達して筆者が作成しているが、水濡れ状態を確認するだけであれば、和紙を束ねただけでも問題はなく、近現代資料を想定する場合は市販のノート等でも代用が可能である。擬似的な被災状態を作るために、筆者は主に使用済みコーヒー豆を使用している。オンラインワークショップの際は、作成したサンプルとともに「被災資料製作レシピ」を参加者に郵送し、前日までに準備してもらうようにしている[❽]。

7.jpg
❼サンプルとして作成した帳簿類

8.jpg

参考文献
板垣貴志「矢田貝家文書を活用した実践的な日本近現代史研究」、板垣等編『地域とつながる人文学の挑戦』今井出版、2018年
甲斐未希子「平成30年7月豪雨における水損資料レスキュー」『愛媛県歴史文化博物館研究紀要』24、2019年
河野未央「水濡れ史料の吸水乾燥ワークショップの展開」、奥村弘編『歴史文化を大災害から守る』東京大学出版会、2014年
佐藤宏之「地理情報システムを用いた歴史文化情報の可視化と災害対策への活用に向けた基盤構築」『鹿児島大学地震火山地域防災センター 平成30年度報告書』2019年
同上「大規模自然災害を想定した文化財保全オンラインシミュレーションの方法論的探求」『九州保健福祉大学博物館学年報』10、2021年
深瀬浩三「大規模災害を想定した文化財防災 DIG(災害図上訓練)ワークショップの実践と課題」、鹿児島大学地震火山地域防災センター令和元年度報告書、2020年
千葉毅等「神奈川県博物館協会総合防災計画活動報告」『神奈川県博物館協会会報』91、2020年
松下正和・河野未央『水損史料を救う』岩田書院、2009年
天野真志「津波被災歴史資料とボランティア」、前掲奥村編著、2014年


☞ さらに深く知りたいときは

①『文化財防災マニュアルハンドブック』国立文化財機構文化財防災ネットワーク推進室
・汚損紙資料のクリーニング処置例
・被災民俗資料のクリーニング処置例〈地震災害〉・〈水害〉編
・被災自然史標本の処置例と減災対策
東日本大震災の経験をふまえ、古文書、民具、自然史標本といった資料ごとに被災時の取り扱いを紹介したハンドブックであり、動画により方法がわかりやすく解説されている。2020年10月より文化財防災センターが設立し、これらのハンドブックは動画とともに下記で公開されている。
https://ch-drm.nich.go.jp/facility/2019/06/manual.html

②国立国会図書館編『コンサベーションの現在─資料保存修復技術をいかに活用するか─』日本図書館協会、1996年
1995年(平成7)11月に開催された国立国会図書館主催「資料保存シンポジウム」の記録集で、災害対応などにおける保存技術の活用について議論が繰り広げられている。20年以上前の記録であるが、資料保存における技術選択の考え方を学ぶことができる。