はじめに─地域で資料を保存・継承するには─(天野真志)★『地域歴史文化継承ガイドブック』全文公開

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はじめに
─地域で資料を保存・継承するには─

文●天野真志


地域の歴史文化を見つめ、それらを守り伝える取り組み
大規模な土地開発や人口流動などにより地域社会は大きく変容しています。さらに近年では大規模な自然災害が各地で多発し、人びとが長年にわたり伝えてきた生活にも変化が求められています。

1995年(平成7)阪神・淡路大震災を契機として、地域に伝わる歴史文化のあり方に大きな注目が集まりました。国宝や重要文化財といったいわゆる「文化財」だけでなく、日本列島各地には膨大かつ多様な歴史や文化を伝える資料が残されています。これらの資料は、その多くが個人や地域社会によって守られてきました。しかし、社会の変容や突発的な災害は、こうした資料の存続に危機をもたらします。地域にさまざまな変化が訪れるなか、そこで継承されてきた多くの資料はどのように位置づけるべきなのでしょうか。さらにそこで守られたものは、地域社会の何を語るのでしょうか。こうした問いを抱えつつ、地域の歴史文化を見つめ、それらを守り伝える取り組みが各地で展開しています。

地域における歴史文化継承の取り組みを象徴するものに、「地域歴史遺産」という考え方があります。長年歴史文化資料の保存・継承を先導する奥村弘氏は、著書『大震災と歴史資料保存』(吉川弘文館、2012年)のなかで、ある一定空間のなかで「地域の核」として認識され、研究者と地域住民とが共同して価値づけたものを「地域歴史遺産」と定義しています。すなわち、地域のなかで伝える意味や継承の意思が見出されたものは、その地域にとっての「歴史遺産」であるという考え方であります。この考え方を踏まえると、地域が主体となって歴史文化を考える営為が地域の資料保存・継承の取り組みということになります。

保存と継承に必要な、観察や対話の入門書として
では、地域を単位として一連の取り組みを進めるためには、どのような観察や対話が必要になるのでしょうか。一つは、地域のなかで歴史文化を伝える資料を見出すための観察です。一言に「資料」といっても、その対象は多岐にわたります。歴史学や民俗学、美術史など、地域を対象とする研究分野が多様であるように、そこで資料として見出されるものも膨大です。地域のどのような側面に注目し、いかなる媒体から過去を見つめるのか、資料を見出すための地域観察が必要になってきます。また、発見した資料をいかに読み解くか、ということも重要でしょう。さらに、資料を見出した後、どのようにして保存し未来へ継承していくのか、継承の見通しに応じた具体的な手段も求められます。

こうしてみると、地域に伝わる資料を保存し継承することは、その地域にとって何が資料となり、そこからいかなる地域像を見出し、未来へ伝えていくのかを考え、実践する総合的な取り組みともいえます。今後、全国各地でこうした取り組みがより活発に展開するためには、各地での活動実践を整理し、地域活動を担いうる人びとが入門書として利用できる情報を発信する必要があるのではないかと考え、本書を構想するにいたりました。

本書の構成
本書は、地域で歴史文化に関する調査活動に関心のある方、歴史文化資料の災害対策などに興味のある方、さらには地域での活動を進めようと考えている方に向け、地域にはどのような資料が伝わっているのか、地域で資料を保存・継承するにはどのような方法があるのかについて紹介していきます。

第Ⅰ部では、地域に伝わる多様な資料とそれらを保存・継承するための考え方について紹介します。地域の歴史文化を伝える資料は、古文書や民具、美術資料など、過去の人びとが残したものに加え、公文書や震災資料といった私たちの経験を伝えるものも含まれます。地域の資料をとりまく近年の潮流を踏まえ、最新の研究状況から地域の資料が説明されています。

また、多様な資料を伝えるためには、さまざまな技術や考え方を用いることが重要です。とりわけ、破損や劣化が進む資料を伝えていくには、保存・修復分野の専門家の役割が重要となります。本書では、木製品・紙製品の専門家から修復に関する考え方や具体的な技術を紹介するとともに、そうした専門家と地域をつなぐための取り組み方について伝えています。また、近年の資料保存では、デジタル技術の活用が大きなテーマとなっています。資料保存の取り組みのなかにデジタル技術をどのように用いることができるのか、最新の状況を通して紹介します。

第Ⅱ部では、地域を主体として資料保存活動を推進する「資料ネット」について紹介します。1995年阪神・淡路大震災を契機に誕生した「資料ネット」は、その後各地で自然災害が多発するなか、全国に拡大していきました。地域における資料保存を最前線で担う「資料ネット」は、今後も各地に広がっていくことが予想されますが、本書ではその概要を掲載し、今後のさらなる連携や活動の推進を目指していきます。本書を通して多くの方々が地域の歴史文化に関心を深め、新たな地域の担い手として活躍されることを期待しています。