立命館大学日本文学会:第163回立命館大学日本文学会例会(2024年8月25日(日)13:00~、立命館大学衣笠キャンパス清心館SE009)
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※詳細は上記サイトをご確認ください。
第163回研究例会を下記の日程にて対面で開催いたします。
皆様のご参加をお待ちしております。
お忙しい時期かとは存じますが、奮ってご参加くださいますようお願い申し上げます。
日 時:8月25日(日)13:00~
発表形式:対面 場所:立命館大学衣笠キャンパス清心館SE009
***** 題目・要旨 *****
◆ 『源氏物語』と『うつほ物語』にみる友情と隠し事
本学大学院博士課程前期課程1回生 大栢 夕依
『うつほ物語』は船の難破により異国に漂着し、天人から琴の奏法を伝授されたことに始まる清原俊蔭一族の命運を中心とした物語である。主人公である藤原仲忠とその好敵手として描かれる源涼は、共に琴の才能に秀で、その才能を競い合いつつも友人同士の親しみを深くする。この造型は『源氏物語』における光源氏と頭中将に重なり、また『源氏物語』の「古物語」受容を検討する上で極めて重要であるが、先行論での指摘はほとんど無い。本発表では、「隠す」「暴く」構図を端緒として、二組の友人関係を検討することで、『うつほ物語』と『源氏物語』の連続性、そしてそれぞれの作品の在り方や特徴を明らかにする。
◆谷崎潤一郎「私」論
本学大学院博士課程後期課程2回生 カシュリン
谷崎潤一郎の「私」は、1921年10月に雑誌『改造』に発表された短編小説である。これまでの研究は一人称語りの機能や〈語り手=犯人〉というトリック、または主人公が吐露した「デリケートな気持ち」から読み取った「悪人の孤独感」から論じられてきた。しかし、作中における「私」は一人称の語り手であると同時に一登場人物として物語世界に属している。にもかかわらず、「私」の名前や身分、「一高」という空間の設定への言及はほぼ見られない。そこで本発表は、登場人物たちと「一高」に着目し、作品への読みを更新することを目的としたい。
◆小林秀雄「芥川龍之介の美神と宿命」論―「測鉛」を手掛かりに―
本学大学院博士課程後期課程2回生 佐々木梓
「芥川龍之介の美神と宿命」は、小林秀雄文学における〈宿命〉概念の出発点として、これまで参照・検討され続けてきた。無論、小林による作家論としての側面からも詳細な分析がある評論ではあるが、同時代における他作家・批評家による芥川作品の評価との比較に関しては、未だ十分になされていないといえる。そこで、本発表では、その比較を行うことで、出発期における小林文学固有の創作意識を浮かび上がらせる。その際に、本作と同じ雑誌『大調和』に掲載された「測鉛」を手掛かりにしながら、その論理から本作が地続きにあることも明確にする。