おわりに[松下正和・天野真志]★『地域歴史文化のまもりかた』全文公開
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おわりに
松下正和・天野真志
本書は、科学研究費補助金特別推進研究「地域歴史資料学を機軸とした災害列島における地域存続のための地域歴史⽂化の創成」(課題番号19H05457、代表:奥村弘)A班「地域歴史資料継承領域」による成果の一部である。この共同研究メンバーは、1995年の阪神・淡路大震災以降全国各地で頻発する自然災害に対し、各地域における多様な歴史資料の救済・保存・継承に取り組んでいる。さらに、その過程で直面した課題の検討を通して、地域社会における歴史文化の継承基盤を見出すことを実践的に進めてきた。各執筆者は現在もそれぞれに活動を推進しているが、本書にはそれらの成果を通して見出された歴史資料救済・継承の理念が凝縮されている。
地域のなかで歴史資料を継承するために、資料そのものを守ることは当然の課題である。そのために、被災した資料を迅速かつ適切な手段により処置を施すことが求められるが、全国各地に点在する膨大な資料に対処することは容易ではない。これまでの取り組みを概観すると、被災地の対応には保存・修復の専門家ではない自治体職員や地域住民等が主体となることが多い。近年はさまざまな機会でこれまでの災害対応事例が紹介されており、それらに接することで活動のイメージをつかむことは可能である。反面、被災の状況は発生した時期や歴史的・地理的背景、災害規模・種類によって異なるし、活動主体の構成に応じて対象となる資料も多様である。災害対応は、特定の技法やマニュアルにとどまらない取り組みが重要であるが、その実践は決して容易ではない。本書を企画するにあたり執筆者間で議論を重ね、各章では方法論や実践事例の紹介に終始せず、それぞれの資料を救済するための考え方を提示することとした。資料を救い出し、当面の危機を脱する段階とはどのような状態なのか、その目的に向けた留意点とポイントを整理してさまざまな現場対応に参照してもらいたいという目的が本書の大きな目的である。
資料をとりまく人びととの関係は、資料保存・継承を考える上で不可欠な要素である。特に各地域に伝来する多様な資料は、その地域で生活する人びとと密接な関わりを持ちながら伝えられてきた。地域の資料と向きあうことは、その地域のさまざまな来歴や人びととの対話を要請する。そのなかで歴史文化の専門家がいかなるかたちで関わっていくのか、対話を通した歴史文化継承のあり方が必要となるだろう。近年の地域資料救済において、「資料ネット」活動に象徴される多様な専門家が地域社会と対話することを、本書のなかで市沢哲は"make the public"と表現している。活動を通した新たな関係性のなかで、こうした公共空間が形成されるとすれば、資料保存という取り組みは、モノを救い出すことにとどまらない持続的役割が求められることになるだろう。そのための取り組みは各地で積極的に進められているが、今後もさらなる展開が期待される。特に、我々の実践や検討は、国際的にどのような取り組みとして理解されるのか、本書を企画するなかで議論となった。そこで日本語版とともに英語版を掲載し、Webでの発信とあわせて多くの人びとの目に触れてほしいと考えた。英訳に際しては、根本峻瑠にとりまとめをいただいた。編者たちのつたない英語の校閲には大変な苦労を強いたが、改めて御礼申し上げたい。
本書を編集するさなかの2024年1月1日、石川県能登半島を中心とした大規模な地震・津波被害が発生した。現在もあらゆる分野における救済活動が進められており、同地における被災資料救済活動も行われることになるだろう。被害に遭われた方々にお見舞い申し上げるとともに、本書がささやかながらも今後の活動の一助になることを願っている。