ご挨拶[奥村 弘(神戸大学大学院)]★『地域歴史文化のまもりかた』全文公開
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ご挨拶
奥村 弘(神戸大学大学院)
本書は、科学研究費助成事業(特別推進研究)「地域歴史資料学を機軸とした災害列島における地域存続のための地域歴史文化の創成」(研究代表者 奥村弘 課題番号:19H05457)の重要な成果をなすものである。
阪神・淡路大震災以降、私たちは地域歴史資料学の全国的な共同研究を展開させてきた。その中で現代日本において打ち続く大規模自然災害だけでなく、グローバル化の進展による社会構造の大変動による人口の減少や都市を中心とした流動化の拡大、高度経済成長以来の価値意識の変化等により、地域社会を支える地域歴史文化の継承が急速に困難となっているとの危機意識を一層強めた。
人文社会科学において歴史資料・現代資料による実証的研究は、その基礎をなすものであり、地域歴史資料の保存活用はその前提となるが、資料の保存と継承が持つ社会的価値をその社会が認識しないかぎり資料は滅失してしまう。そのような社会環境の下では、歴史資料の活用を前提とする研究は弱体化し、そのことが歴史資料保存に対するさらに市民の意識を弱め、資料の滅失を一層拡大するという、悪循環を生みだす。いまだ学術的認知を受けていない歴史資料を保全するためには、研究者コミュニティ自身が地域住民と共同し、地域歴史資料の市民社会での価値を発見、価値づけることが必要であり、そのための新たな方法論と研究分野が必要であるとの関係者間の共通認識が、本研究開始の背景にあった(奥村弘編『歴史文化を大災害から守る─地域歴史資料学の構築』東京大学出版会、2014年)。
このような市民社会形成の基礎学として地域歴史資料学のあり方は、大学を中心とした専門知と地域社会を基盤とした社会知を関連づけ、戦後の日本社会を支える市民的価値の形成を進めていくことを目指した第二次大戦後の日本の歴史学の課題を引き継ぐものでもあり、大規模自然災害への対応を通した実践的研究の中で、その内容が豊富化されてきたものである(奥村弘『大震災と歴史資料保存─阪神・淡路大震災から東日本大震災へ』吉川弘文館、2012年)。
本研究では、この点を重視し、実践的研究のリーダーである天野真志・松下正和が中心となって、大規模自然災害時における歴史資料救済活動の実践的手法、地域歴史資料の防災・減災についての考え方を集約し、分析を進めてきた。本書では、その成果として、具体的な大規模災害の場で実践活動の手がかりとなるよう体系的な考え方を提示するものである。日本各地で活用していただくとともに、皆様からご意見をいただき、より良いものにしていきたいと考えている。
なおこのような日本での動向は、世界的な規模での社会変動と呼応しており、世界各地の歴史学や歴史資料保存の新たな動向とも関係性を持つものである。これについては、本科研グループによる、ションコイ・ガーボル、奥村弘、根本峻瑠、市原晋平、加藤明恵『ヨーロッパ文化遺産研究の最前線』(神戸大学出版会、2023年)を参考にしていただければ幸いである。