第2章 資料救済に関わる人びと[松下正和(神戸大学)]★『地域歴史文化のまもりかた』全文公開

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第2章
資料救済に関わる人びと

松下正和(神戸大学)

はじめに
第1章でも述べられているように、資料救済は、必ずしも文化財の取り扱いや資料修復などの専門家だけが関与するものではない。特に各地の史料ネットが主に救済対象としている民間所在資料の場合は、大学や行政の文化財関係者のみならず地域住民や被災地外のボランティアを含む多様な人びとによってレスキューが行われる。

現在の日本は人口減少や高齢化が加速し、自然災害も頻発するようになり、資料救済の担い手が少なくなりつつある中で、対応すべき資料救済の事案は増加する一方である。このように限られた人的・金銭的・物的資源の中でいかに効率的に資料救済を行うかが課題となっているのが現状である。資料レスキューの技術論や効率論とともに、資料を残してきた人びとや地域社会が今後も存続するための方策も見据えた上で、資料救済を位置づける必要があるのではないか。

よって、本章では、1995年の阪神・淡路大震災を契機として設立されたボランティア団体である歴史資料ネットワーク注1(事務局:神戸大学文学部内)や兵庫県内での活動を中心に、災害発生時にはどのような関連機関や団体、人びととの連携の中で、資料救済が行われてきたのか、またとりわけ文化財指定がなされておらず、被災時に公的支援を受けにくい、民間に所在する多様な資料を含む私有財産としての「未指定文化財」の保全と活用をめぐる現状と課題について、大学に身を置く立場から述べてみたい。

1.広域連携体制の整備状況
1.1. 全国的な文化財・被災資料救援体制の進展

1995年阪神・淡路大震災を契機に「歴史資料ネットワーク」が成立して以降、大規模災害が全国で発生するたびに、また災害前の備えとして、現在では30団体を超える資料ネット組織が全国各地に設立され(天野真志・後藤真編『地域歴史文化継承ガイドブック』文学通信、2022年)、2015年度以降は、「全国史料ネット研究交流集会」を開催し、各地の資料ネット相互の情報交換とネットワークの構築を進めている。また東日本大震災時に結成された文化財救援レスキュー事業でのつながりを元にして、歴史資料ネットワークも含むさまざまな文化遺産に関係する27団体(2023年6月段階)が参加する「文化遺産防災ネットワーク推進会議」が結成され、日常時から情報共有を図り、災害発生時には救援活動を迅速かつ効果的に行うネットワークを構築している。2020年には独立行政法人国立文化財機構の本部施設として文化財防災センターが設置され、文化財防災の体制作りや技術開発、発災時の救援活動の支援を行っている(高妻洋成・小谷竜介・建石徹編『入門大災害時代の文化財防災』同成社、2023年)。さらには、国立歴史民俗博物館を主導機関とする人間文化研究機構は、東北大学や神戸大学とともに、「歴史文化資料保全の大学・共同利用機関ネットワーク事業」を立ち上げ、各地の史料ネット等と連携し、災害時の相互支援体制や広域ネットワークの構築を進めている。このように全国的な支援体制がさまざまなレベルで作られており、災害で被災するさまざまな文化財や資料に対応するための体制や、全国の組織をつなぐネットワーク化は、阪神・淡路大震災発生時と比して、格段に進展している。天災・人災ともに多様化・複合化する災害に対応するためにも、今後も多様な分野からなる災害関連のネットワーク化が必要になってくると思われる。

また広域連合の枠組みを利用した文化財などの救援体制も構築されつつある。例えば、2013年にはすでに中国・四国地方の9県並びに広島市及び岡山市が「中国・四国地方における被災文化財等の保護に向けた相互支援計画」を策定している。また、関西では南海地震を想定し「近畿圏危機発生時の相互応援に関する基本協定に基づく文化財の被災対応ガイドライン」が2018年に策定されている。基本協定構成府県は、福井・三重・滋賀京都大阪兵庫奈良和歌山徳島及び関西広域連合(鳥取を含む)となっている(下線部は関西広域連合構成団体)。東日本大震災でも明らかになったように、大規模災害時には被災県のみでの災害対応は困難であり、複数県にまたがる支援体制の役割が大きくなる。例えば兵庫県では、当時の近畿2府4県の教育委員会による相互支援の枠組みを用いて、2004年台風23号により被災した兵庫県豊岡市・日高町の水損資料の真空凍結乾燥処理が滋賀県立安土城考古博物館によって行われたこともあった(松下正和・河野未央編『水損史料を救う 風水害からの歴史資料保全』岩田書院、2009年)。

このように広域連合を基盤とする総合的な計画の元に、文化財に関する個別の計画の策定が進みつつあり、実際に広域支援も行われている。今後は未指定文化財の分野においても、各地の資料ネットによる発災時にカウンターパート式の支援の仕組みがさらに整備されることを期待したい。

1.2. 未指定文化財の保全に関する連携体制の課題
先述のように全国各地に資料ネットが設置され、毎年「全国史料ネット研究交流集会」が開催されるようにはなっているが、実際に大規模災害が発生した際に、個々の資料ネットでは情報集約は行っているものの、未指定文化財の被害情報を集約し、被災地への人的・物的・金銭的支援やノウハウを効率よく提供するためのプラットフォームはいまだにない。もちろん、個々の資料ネットによる被災地支援を否定するものではなく、また中小規模の災害は各地の資料ネットが主体になり活動することが望ましい。ただ大規模災害が発生した場合に、各地の団体が別々に被災地に情報提供を求めることを行えば、被災地の行政などは度重なる問い合わせの応対だけで過度の負担を強いられる恐れがある。特定の資料ネットが情報集約のセンターになるなど、場合によっては被災地の負担が少なくなるように連絡窓口を一本化することも考える必要がある。

人命救助や避難所対応、ライフラインの復旧が一段落し、被災地の文化財担当職員が本来の文化財対応業務に戻った際に被害調査・復旧活動をしやすくなるよう、被災地外の史料ネットはそれまでに後方支援体制を整備することも必要であろう。具体的には、被災地の資料所在情報や被害状況の把握、レスキューノウハウを持つ人材や応急処置に使用する物品の用意、補助金や募金などを利用した活動資金の確保、被災資料の受け入れ(応急処置・目録作成など)などがある。またの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行を契機として、ZoomやMicrosoftTeams、GoogleMeetなどのオンライン会議が普及したこともあり、必ずしも直接的に被災地入りをしなくても可能な支援内容が増えてきている。公共インフラに比べ、文化に関わる復興は長期的なものとなる。特に大規模災害時には、後方支援を含めた長期的な支援体制を構築することで、現地入りができない人びとも含めた多様な関与を引き出すことができるのではないだろうか。

2.県内の整備体制
2.1. 都道府県・市町村の地域防災計画内の未指定文化財対応

災害対策基本法で定める国の防災基本計画と関連し、都道府県の地域防災計画や市町村の地域防災計画がある。以前にも、地域防災計画の中に文化財保護の項目を盛り込み、災害復旧時において、被災文化財等の保全を復興業務の一環に位置づけることの重要性を指摘したことがある(松下正和「民間所在史料保全のためのネットワーク形成」奥村弘編『歴史文化を大災害から守る』東京大学出版会、2014年)。近年は、指定文化財のみならず、未指定文化財に対しても、所在情報の把握や目録作成、保全や取り扱いの周知、被害状況の把握、情報共有、マニュアルの作成などを明示している県も増加している(秋田、新潟、石川、佐賀、和歌山、山形、大分県などが参考になる)。項目名に「指定文化財等」と「等」を明記することで、指定文化財及び登録文化財以外の文化財にも対応を可能とすることが期待できる。

また近年は、都道府県単位で「文化財災害対応マニュアル」が策定されつつある。例えば、兵庫県は行政向けのマニュアルを2021年に、文化財所有者向けのマニュアルを2022年に策定している注2。行政上の手続きが必要なものについては、指定・登録の文化財に限定されているが、このマニュアルで対象とする文化財は、指定・登録・未指定を問わないものとなっている。また、風水害時の対応の際には、歴史資料ネットワークに対する歴史文化資料保全への支援要請を行うことも文中に盛り込まれている。

災害発生後に「動きたい人」を支援するためにも、市町村の地域防災計画や文化財災害対応マニュアルも含め、全国の自治体において未指定文化財への対応が明記されるように、呼びかけを今後とも進めていきたい。

2.2. 文化財保存活用大綱と文化財保存活用地域計画における資料ネットの位置づけ
2018年の文化財保護法の改正によって、都道府県による文化財保存活用大綱の策定と、市町村による文化財保存活用地域計画の作成や文化庁長官による認定が、新たに制度化された。

文化財保存活用大綱では、防災・災害発生時の対応が基本的な記載事項として定められている。この策定を機に大学や史料ネットなどの民間団体との連携を明記し、災害時の協力体制を構築することが期待される。兵庫県の場合、歴史資料ネットワークの名はないものの、神戸大学など文化財に関連する大学名を明記して日常的な連携関係も位置づけられている。

また文化財保存活用地域計画については、2023年末段階で139の自治体により作成されており注3、地域計画の作成に際して、未指定文化財のリストが添付されている自治体もある。災害発生時に未指定文化財の所在情報が明らかでない場合、救出のための初動が遅れることは、阪神・淡路大震災以来指摘されている(奥村弘『大震災と歴史資料保存』吉川弘文館、2012年)。その点からも、今回の地域計画作成により未指定文化財の把握と情報公開(ただし、盗難などの防犯対策に留意)の進展が特に期待される。

さらには兵庫県内の場合、歴史文化遺産の被害調査や保存・活用などについての連携先として、歴史資料ネットワークを挙げる市町が増えつつある(2023年12月末現在、神河町・香美町・明石市・神戸市・福崎町)。このように、大綱や地域計画の中に各地の資料ネットを位置づけるよう提言することも今後は重要ではないだろうか。

2.3. 文化財関係団体間の連携
業界団体ごとの連絡・協力ルートを平時からいかに確保しているのかも重要なポイントになるだろう。前者の文化財系ルートとともに、社会教育系のルートの整備が望まれる。例えば、兵庫県博物館協会は、2017年から、被災館園の救援のために、会員館園職員に対して派遣要請をする規定を含む規約(「災害時の相互協力及び関係機関・団体との連絡と協力に関する規約」)を作り、会員館園が相互に締結している。災害救援をしたいという学芸員に対し派遣依頼を出すことで、職員がボランティアとしてではなく業務として動くことができるというシステムになっている。他には、岐阜県博物館協会では、災害発生後に被害の有無の確認とともに文化財担当者への連絡をするようにしている。実際に連絡をしてみるとつながらないこともあり、その原因に対処することで実際の防災訓練にもなっているという(正村美里「もの部会【報告】令和2年7月豪雨における被災アンケート実施と結果について」『岐阜の博物館』187、2020年)。平時からの連絡網の構築と確認は災害時の支援・受援にとっても重要なポイントになるだろう。

また、資料ネットと行政そして多様な文化財関係団体との間で、災害時や日常時の連携・協力関係を構築するために、規約や協定を締結している県もある。例えば、和歌山では2015年に「和歌山県博物館施設等災害対策連絡会議」が設立され、未指定や個人蔵も含む県内の被災文化財に対し、救援・保全を図るための協力関係を構築している。歴史資料保全ネットワーク・和歌山や、和歌山大学をはじめとする研究機関、博物館、図書館、県、市町村教育委員会などが参画している。同様の取り組みが、岡山・徳島・愛媛などにもある。

兵庫県には現在このような規約はないものの、歴史資料ネットワークが県内の被災歴史資料を調査する際に、兵庫県教育委員会文化財課から県内市町教育委員会に対し、歴史資料ネットワークの調査への協力依頼についての公文書を発出した事例もあり、すでに両者の連携関係が構築されている。また、兵庫県教育委員会文化財課・神戸大学大学院人文学研究科地域連携センター・歴史資料ネットワークの三者で、「兵庫県文化遺産防災研修会」を毎年開催し、県内の文化財担当職員等に対して、被災文化財の応急処置実習を行っている。また、先述のような他県の先進的取り組みに学びつつ、動産文化財・不動産文化財の枠を超えて災害時に被害調査を行うために、歴史資料ネットワークは、建築士が多く所属する「ひょうごヘリテージ機構」のヘリテージマネージャーのメンバーや、兵庫県博物館協会、兵庫県教育委員会事務局との間で協議を重ねている。以上のような文化財の関係機関・団体間の連携関係を日常的に構築することで、災害時の資料救済活動をよりスムーズなものにすることが可能になるだろう。

3.多様なセクターとのつながり
3.1. 被災時の対応

被災地の行政職員は防災指令が発令されると必ずしも文化財業務に従事できるとは限らない。文化財業務に戻ったとしてもまずは指定文化財の調査からはじまる。よって主に未指定文化財の保全を行う歴史資料ネットワークは、可能な限り被災地に負担をかけないために、人命救助や避難所設営が行われているような災害発生直後には、連絡を取ることを控えている。ライフラインも復活し、被災者の避難生活が終わるなど、ある程度の余裕ができた段階で、文化財担当職員や地方史研究団体のメンバー、被災地域の自治会長らとともに被災地入りをすることにしている。被災地側からの受け入れ体制や了承がない状態で、我々被災地外の人間だけで訪問することはない。民間所在の被災資料を対象とする救済活動は、まずは被災地の復興の邪魔にならないよう留意することが大前提となる。また被災資料を保全する際には、それらの一時保管場所を事前に確保しておくことが望ましい。そのためにも、行政や大学、被災地域住民との協力が欠かせない(松下正和・河野未央編『水損史料を救う 風水害からの歴史資料保全』岩田書院、2009年)。

ただし、被災地入りが遅れると資料の廃棄が進むことが阪神・淡路大震災以来指摘されている(奥村弘『大震災と歴史資料保存』吉川弘文館、2012年)。民間所在の未指定文化財・資料の廃棄は、特に災害発生後に行われる「無料のゴミ出し」や家屋の公費解体が始まることにより、一気に加速する。そのため、所蔵者に対して、資料廃棄を防止する呼びかけや、一時保管や応急処置などの相談窓口の周知が重要となる。近年では被災地の自治体や博物館などのウェブサイトでも、歴史資料の廃棄防止呼びかけや被災資料相談窓口を周知する事例が増えている。

インフラが途絶している大規模災害時の直後でない限り、歴史資料ネットワークは、役場からの広報(広報誌、被災者支援のための配布物、自治会連絡会ルートなど)や、社会福祉協議会やボランティアセンターからの情報提供、新聞・テレビ・ラジオ・CATV・防災無線などのメディアを通じて、被災者に対して資料の取り扱いに関する情報を提供してきた。近年ではSNS(XやFacebookなど)も活用が可能であるが、インフラが途絶している被災地においては紙媒体のローカルメディアのほうが、情報が行き渡る場合もある。特に、被災地の最前線で作業をする一般のボランティアの方々に「家族の思い出の品」に関するものは、むやみに廃棄しないよう所蔵者に呼びかけてもらえるように、平時から社会福祉協議会やボランティアセンターにも周知が必要になってくる。以前は、歴史資料ネットワークが被災地の行政宛てに資料廃棄を防止するよう依頼するFAXを送信していたが、被災地への負担を考慮し、ウェブサイト上での告知にとどめ、近年では被災地ないしは近辺の史料ネットに対応を任せている。

さて環境省では、災害時に発生する廃棄物を適正かつ円滑・迅速に処理するための応急対策などをとりまとめたものとして「災害廃棄物対策指針」を策定している注4。その中には、「思い出の品等」(アルバム、写真、位牌、賞状、手帳、金庫、貴重品〈財布、通帳、印鑑、貴金属〉等)に対する対応として、「市区町村は、災害廃棄物を撤去する場合は思い出の品や貴重品を取り扱う必要があることを前提として、遺失物法等の関連法令での手続きや対応も確認の上で、事前に取り扱いルールを定め、その内容の周知に努める。思い出の品等の取り扱いルールとしては、思い出の品等の定義、持主の確認方法、回収方法、保管方法、返却方法等が考えられる。」と記されている。貴重品は警察に引き渡すため、それ以外の思い出の品については、廃棄に回さず、自治体等で保管し、可能な限り所有者に引き渡すことが求められている(『災害廃棄物管理ガイドブック』朝倉書店、2021年)。この中では、歴史資料などの資料が位置づけられていないため、今後は廃棄物資源循環学会などとも連携し、歴史資料廃棄の問題についても取り扱うように提言する必要があるのではないだろうか。

なお、兵庫県加西市の地域防災計画(令和3年度修正)「震災対策計画編」注5では「近隣に被災した文化財等がある場合、ごみの一時集積場等に文化財等の集積場を設ける」とあり、レスキュー後の一時保管場所を被災地内で確保するためのユニークな取り組みをしている。

3.2. 災害後や日常時の取り組み
人口減少社会に向かう現在、さらには自治体合併に伴う文化財行政の縮小や、郷土史団体の会員数減少、これまで地域史の担い手であった中学校社会科教員や高等学校地歴科教員の多忙化による郷土史団体離れなど、平時から地域の歴史資料保全に関与する人びとの減少傾向が指摘されている。

このような状況の中で、地域や家に残る歴史資料や記録を、災害時とともに日常時から保持継承するために、また多様な人びとが資料に関心を持ち続けていくために、大学としてどのような取り組みが可能となるだろうか。当然のことながら、文化財関係者以外の人びとに理解を得ることが重要であろう。博物館学やアーカイブズ関連科目はもちろんのこと、初年時の共通教育科目の中で、人文科学のみならず社会科学・自然科学・生命科学系の学部生への教育においても、記録保存の意義を説くカリキュラム開発が求められよう(奥村弘・村井良介・木村修二編『地域歴史遺産と現代社会』神戸大学出版会、2018年)。また、神戸大学大学院人文学研究科地域連携センターでは2002年より地域住民と行政とで連携し、歴史文化を活かしたまちづくりを進めている。災害に遭う以前に、普段から地域に残る資料や記録の保存について理解を求めていく活動を行っている(神戸大学大学院人文学研究科地域連携センター編『「地域歴史遺産」の可能性』岩田書院、2013年)。

さて、歴史資料ネットワークでは、救済した資料について、仮目録を作成した後、地域住民や所蔵者らの生活が復興した後に返却を行っている。その際には、必ず資料の内容や保存の意義についての説明を行うようにしている。例えば、2009年台風9号による水損資料については、佐用町教育委員会や佐用郡地域史研究会のメンバーとともにレスキューや応急処置、読解を行った。同会のメンバーは、その後も独自で読解を進め資料の翻刻集も作成している(松下正和「2009年台風9号被災資料の保全と活用:佐用郡地域史研究会・佐用町教育委員会との連携」『災害・復興と資料』(2)、2013年)。また宍粟市閏賀地区自治会文書の場合は、歴史資料ネットワークのメンバー板垣貴志・吉原大志両氏が地区住民に対し、レスキューした自治会文書の解説と展示会を公民館で行い、その後も地域住民との共同研究も進めている(閏賀のあゆみ編纂委員会『閏賀のあゆみ--《記録と記憶》を未来につなぐ--』2018年)。

また歴史資料ネットワークの被災資料についての応急処置・整理・撮影ボランティアには、文化財に携わる学生・院生とともに、一般のシニア層の方々が多数参加している。都市部に拠点を置いていることもあり、シニア層のボランティアは阪神間を行き来する「ノマド」型の方々が多く、被災資料だけではなく、襖の下張りはがしや古文書読解、土器洗い・接合など、毛色の違うボランティアも複数経験している。このように多様な関心を持つ方々とも連携することで、史料ネット活動への参加を促していきたい。

おわりに
災害時対応は、日頃からの調査研究、保全活動の実践、制度や人的なネットワークの構築が基礎となる。少子高齢化どころか人口減少社会に突入し、家じまい・村じまいが増えるなど社会変容も進み、近年の気候変動の関係で風水害が頻発し、また大規模な地震も多発する現在、端的に言えば、もはや個人レベルでの「現地保存主義」を住民(所蔵者や管理者)だけに強いるのは困難ではないだろうか。

文化財保存活用大綱の指針に「地域社会総がかり」での文化財保存ということが謳われているが、単に人口減少により文化財に携わる人びとが少なくなるために、「地域社会総がかり」で残さざるを得ないという消極的な側面を強調するだけでは不十分であろう。遺跡は研究者だけのものではなく、多様な人びとの関与や意義付けによって守られるものであるという「パブリック・アーケオロジー」の議論がある(岡村勝行・松田陽編『入門パブリック・アーケオロジー』同成社、2012年)。地域に残る歴史遺産もまた同様に、多様な人びとの関与や意義づけによって価値を増すものである。多様な人びとの関与によってプライベートな民間所在資料をいかに「公共財」として残すことができるのか、そのためには何が必要なのか。今後とも全国各地での実践にも学びつつ、地域住民を主体とした被災資料の救済と、それらの活用を見据えた地域歴史資料学を深化させ、広く文化財の保存や活用に関心と関与を持つ人びとを増やすことで文化財を意義づけ守るという意味での「地域総がかり」を実現し、そのことによりそこに住む人びととコミュニティーも維持存続するための制度やネットワークづくりを進めていきたい。



1
活動の詳細は、歴史資料ネットワークウェブサイト(http://siryo-net.jp/)を参照。(以下ウェブサイトはすべて2024年1月23日最終閲覧)
2 兵庫県教育委員会ウェブサイト「兵庫県文化財防災・災害マニュアル」(https://www2.hyogo-c.ed.jp/hpe/bunka/cont_cate/兵庫県文化財防災・災害対応マニュアル/
3 文化庁ウェブサイト「各地方公共団体が作成した「文化財保存活用地域計画」」(https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/bunkazai_hozon/92040101.html
4 環境省ウェブサイト「災害廃棄物対策情報サイト」(http://kouikishori.env.go.jp/guidance/guideline/
5 加西市ウェブサイト「加西市地域防災計画」(令和3年度修正)第3章災害応急対策計画(https://www.city.kasai.hyogo.jp/uploaded/attachment/16252.pdf

参考文献
・ 高妻洋成・小谷竜介・建石徹編『入門大災害時代の文化財防災』(同成社、2023年)
・ 天野真志・後藤真編『地域歴史文化継承ガイドブック』(文学通信、2022年)
・ (一社)廃棄物資源循環学会編『災害廃棄物管理ガイドブック』(朝倉書店、2021年)
・ 正村美里「もの部会【報告】令和2年7月豪雨における被災アンケート実施と結果について」(『岐阜の博物館』187、岐阜県博物館協会、2020年、p.3)
・ 奥村弘・村井良介・木村修二編『地域歴史遺産と現代社会』(神戸大学出版会、2018年)
・ 佐用郡地域史研究会「襖の下張調査から知る郷土の歴史〜三日月藩久崎役所関係の手紙など」(『佐用郡地域史研究会紀要』6、同会、2018年)
・ 閏賀のあゆみ編纂委員会『閏賀のあゆみ--《記録と記憶》を未来につなぐ--』(2018年)
・ 奥村弘編『歴史文化を大災害から守る 地域歴史資料学の構築』(東京大学出版会、2014年)
・ 神戸大学大学院人文学研究科地域連携センター編『「地域歴史遺産」の可能性』(岩田書院、2013年)
・ 松下正和「2009年台風9号被災資料の保全と活用 : 佐用郡地域史研究会・佐用町教育委員会との連携」(『災害・復興と資料』2、2013年、pp.27-38)
・ 奥村弘『大震災と歴史資料保存』(吉川弘文館、2012年)
・ 岡村勝行・松田陽編『入門パブリック・アーケオロジー』(同成社、2012年)
・ 松下正和・河野未央編『水損史料を救う 風水害からの歴史資料保全』(岩田書院、2009年)
・ 地方史研究協議会編『歴史資料の保存と地方史研究』(岩田書院、2009年)
・ 歴史資料ネットワーク編『歴史資料ネットワーク活動報告書』(2002年)