第4部 料紙研究を広げる 2 史料の形態データと内容データを関連付ける―複合的史料研究推進に向けた史料情報統合―★『古文書の科学』全文公開
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史料の形態データと内容データを関連付ける
―複合的史料研究推進に向けた史料情報統合―
山田太造
1.はじめに
東京大学史料編纂所(以下、史料編纂所)は、日本史史料の調査・研究を行うことで、『大日本史料』『大日本古文書』『大日本古記録』といった日本史研究に欠かせない基幹的史料集の編纂を行い、冊子体としての出版やデータベースシステムにより、その成果を公開・共有してきた。史料の調査は発足当初から継続して行ってきており、調査では史料収集も行ってきた。以前は写本作成やマイクロカメラ撮影による収集だったが、いまではデジタルカメラによる収集を行っており、130年を超えた収集により、膨大な日本史史料コレクションとして形成するに至った。
複製史料を用いて、史料に記述されている内容をもとに、史料の様式論・機能論・伝来論、さらには、登場する人物・地名・時間などを軸として史料の分類を行うなど、批判的な史料分析を行ってきた。いわば、史料研究の基本である。1997年、史料編纂所附置センターとして画像史料解析センターが発足した。これを契機に、絵図・肖像画・錦絵・古写真といった画像史料を対象とし、さらには、古文書にある花押や文字の形状そのものをも画像史料としてとらえ、文字データのみならず画像データも対象として史料データの解析を行うことで、史料研究の進展を行ってきた。
史料編纂所の史料収集は,上記の通り史料複製による収集が中心であって、原則的には史料原本を所蔵することを目的としたわけではない。史料は本来の所蔵者・地域で大切に伝来されていくべきという考えに従ってきたためである。一方で、複製史料ではわからない、原本史料調査により取得しうるデータを持つことから、歴史研究を深化させることが可能であると考えている。史料編纂所の長年の史料研究活動への信頼により、史料を寄贈・寄託いただける所蔵者も少なくなく、また機会があれば史料原本の購入も行ってきた。2016年3月時点で、史料編纂所は国宝1件、重要文化財17件、特集蒐書63件を含む20万点を超える史料原本を所蔵している【注】1。これらについて、史料原本自体の研究のみならず、史料原本の保全・保存についても重要な研究活動として位置づけてきた。
2008年度、複製史料ではなく、原本史料に着目した研究としてJSPS科研費基盤研究(B)「和紙の物理的分別手法の確立と歴史学的データベース化の研究」(研究代表者:保立道久)が開始した。「歴史史料に使用された和紙を材質科学的な視点から研究し、和紙を物理的に分類する記述を確定すること」を目的としている。2010年度に開始した共同利用・共同研究拠点「日本史史料の研究資源化に関する研究拠点」において、開始年度に「対馬宗家文書の料紙研究」(研究代表者:富田正弘)および「古文書料紙の物理的手法による調査研究」(藤田励夫)にて、料紙研究に関する共同研究として実施された[史料編纂所2012]。それ以降、共同利用・共同研究拠点では料紙研究は継続して実施されている。また、「樺山家文書」(修理期間:2012〜2014年度)、「中院一品記」【注】2(修理期間:2013〜2015年度)などの史料原本の解体・修復を行う過程で、史料状態や修復方法など修補に関わるデータ、およびその解析が重要であることが明らかになってきた。これに従来の料紙研究を組み合わせることで形態的料紙研究という新たな研究領域へ発展している。
2.複合的史料研究
「島津家文書」は、惟宗忠久を初代とする島津氏が、平安末期から明治初期に至る約700年間、旧薩摩藩島津家重代相伝してきた史料群である。1957年に史料編纂所が同家より購入した。その構成は848巻、752帖、2689冊、4908通、160鋪、207枚、2幅、附文書箱32 合等【注】3であり、総点数は17,000点ほどある。1997年に重要文化財に指定され、2002年に国宝に指定された。貴重でありながら大量にあることから、この史料群を適切に保全し、後世に伝えていくことは簡易ではない。温度・湿度の管理可能な収蔵庫の整備の問題もあるが、史料の状態を保っていくための手法を確立し実践していくことも重要である。
「島津家文書」についてモノとしての劣化が著しいことから、この解装修理の必要が生じていた。これを契機として、先の樺山家文書・中院一品記の解体修理事業から明るみになった修補データやその解析をもとに、史料のモノとしての研究(形態的料紙研究)を推進し、史料内容等に関わる従来の史料研究との複合していく新たな史料学「複合的史料研究」として創成していく計画を立てた。この概要を図1に示す。
図1 従来の史料研究と形態的史料研究の関係
複合的史料研究に関わる事業は、2015年度概算要求事項「文化的・学術的な史料等の保存」として単年度申請し、さらに「原本史料情報解析による複合的史料研究の創成事業」と名称を改め2016〜2019年度の4年間として申請し、これが認められて、全体では5年間の研究事業となった。本事業は、(1)多様で高精度な形態的史料データ取得のため、保存措置が必要な重要原本史料を選び、その解装修理時における調査モデルを構築し、(2)原本史料データを共有化し、大量蓄積された既存史料データとの連携解析を進めるため、史料情報統合管理システムを開発し、さらに(1)の成果である原本史料データを(2)のシステム上に蓄積し、複合的史料研究創成のための基盤部分を形成することを達成目標とした。具体的な取り組みは以下の通りである。
a.「島津家文書」のうち「御文書」(238巻、5218通)の解装修理。「御文書」は、薩摩藩2代藩主島津光久までの時代の文書を巻子にまとめたもの。豊臣秀吉文書222通のほか中近世移行期の文書を中心に、日本史上の著名な文書が多い。
b.巻子の解体と文書一紙単位での調査・分析。紙質・墨や朱等の素材・損傷の種類や度合い・装幀の方法等を検証し記録する。
c.上記を通じて取得したデータを集成・公開するための史料情報統合管理システムの構築。原本史料を対象とした高精細画像・顕微鏡画像・透過光画像等をも集約する。図2に示すように、史料情報統合管理システムを、史料編纂所歴史情報処理システム(SHIPS; Shiryohensan-jo Historical Information Processing System)上に構築し、従来の史料学研究と形態的史料研究との複合を実践していくための基盤システムとして位置づけられる。
図2 SHIPSと史料情報統合管理システムの関係
d.精巧なレプリカの作成。原本に使用されている料紙と同じ成分の復元和紙に対してコロタイプ印刷を行うことで、「手にとってさわれる文化財」を実現する。
e.修理完了した「御文書」の公開。研究事業の成果による社会還元・教育還元を行う。たとえば、レプリカを介した学生や歴史愛好家等を対象にしたワークショップの実施や、レプリカの高校等の教育現場への提供を行う。
上記b.に関わる形態的史料研究データは下記に示す枠組みとして整理した。
i.紙質の分析。紙の種類の特定につなげていく。料紙としてのデータを採取していく。たとえば、厚み・重さ・簀の目・糸目・密度・質量といった従来の料紙調書に記載する項目がある。また、顕微鏡撮影よる画像の登録も行う。顕微鏡画像をもとに、料紙の構成物として繊維や混雑物の特定を行う。
ii.紙の使用方法の分析。顕微鏡撮影画像から料紙の繊維配向性の分析を行うことで、料紙の表裏が確定できることから、文字を表裏のどちらに書いたかが明確になる。また装丁の解体によって元来の折筋が明確になることから、発給等その折り方の復元が可能になる。
iii.使用素材の分析。成分分析器等を利用することで墨や朱等の材質の確定に役立てる。
iv.装丁技術の分析。装丁技術の検証を行うとともに、修理方法や修理に利用された素材などの技術や、当時の文化・流通といった研究につながる素材になりうる。
上記を進めていき、従来の史料研究の成果と組み合わせながら、複合的史料研究を進めていく。これにより、史料の形態データと内容・様式などのデータを照合し、時代ごとに、内容・様式と紙質、あるいは内容・様式と使用方法の対応関係など見出していく。たとえば、年号のない文書の時代特定の手がかりになるなど、内容に即して、文書料紙、文書使用法などの歴史的変遷を知ることが可能になりえる。内容や時代にしたがって、紙質や墨などについての標本となりえるデータを確定していくことも可能になると考えている。
3.史料情報統合管理システム
史料目録データおよび史料画像はSHIPS DBの一つである所蔵史料目録(以下、Hi-CAT)より公開されている。「原本史料情報解析による複合的史料研究の創成事業」による原本史料解析調査では、書誌レベルよりもより細かいレベルでの目録整備、修理解体により把握できたデータなど扱う。しかしながら、Hi-CATは冊や巻といった書誌を基準としたデータを公開していることから、これらのデータを扱うことができない。たとえば古文書一紙単位とする内容詳細データや紙質分析・装丁・修理に関するデータを格納し提示することができない。そこで、史料情報統合管理システムと呼ぶ、これらのデータを扱うことができるデータベースシステムを構築するに至った。以下、このシステムの概要を述べる。
史料情報統合管理システムは、書誌単位よりも詳細な単位での史料目録(以下、内容データ)、および、修理や装丁に関するデータ(形態データ)を、史料画像を単位として管理する。前提として史料調査のたびに撮影を行うことを想定している。そこで、同じ史料に対して複数の史料画像群が扱える仕組みにした。内容情報と形態的史料情報は史料画像に紐付けられているが、互いを直接紐付けていないため、内容情報と形態的史料情報を個別に作成・編集していくことが可能であり、互いに干渉しない。この仕組みにより、たとえば、任意の史料画像を選択すると詳細な目録が確認でき、さらに重さ・長さ・紙の状態などの形態データへアクセスすることが可能である。
史料情報統合管理システムはHi-CATの書誌目録データを利用し、内容データをそれに紐付ける。また、史料画像群はその書誌目録データの識別子を用いて管理する。図3はT18-2-16(S島津家文書-2-16)「島津家文書 御文書 三十四通[義久]」に関係する史料画像および内容データを示す。
図3 画像と内容データの例(T18-2-16 「島津家文書 御文書 三十四通[義久]」)
画像ディレクトリ一覧に示されている「20151229」および「20161219」はディレクトリ名を示す。これは史料画像の作成日を示すとともに、史料画像群の識別に利用することができる。「20161219」の00000005.jpgには「1 羽柴秀吉直書」というラベルが付与されている。これは内容番号1内容小番号1「羽柴秀吉直書 (天正十三年)拾月二日」で示される内容データと紐付けられていることを示す。この例では「20161219」のみに内容データが紐付けられているが、「20151229」の画像にもこの内容データを紐付けることが可能である(この例では20151229/00000004.jpgにあたる)。これにより、内容データがどの撮影画像に該当するかを視覚的に容易に把握することができる。
内容データとして、内容番号・内容小番号・名称・和暦年月日・差出・宛所・形態・紙数・端裏書・紙背・黒影・封式・封式内容・備考といった基本項目を用意している。文書・記録、対象史料の性格などに応じて記述したい項目も変化する。そこで、任意に項目を追加することができる。また、登録者や登録日などのデータ作成に関わるデータも保持できる。
任意の史料画像を選択すると、図4に示すように史料画像とそれに紐づく内容データおよび形態データを確認することができる。また、形態データの入力画面へ繊維することも可能である。
図4 画像関連データ編集画面。史料画像とそれに紐づく内容データおよび形態データを確認することができる。
図5は形態データ入力画面を示す。形態データについても、基本項目を用意しており、対象史料、調査番号、寸法-縦、寸法-横、縦横比、重さ、坪量、厚さ-袖1、厚さ-地1、厚さ-奥1、厚さ-天1、厚さ-袖2、厚さ-地2、厚さ-奥2、厚さ-天2、厚さ-袖3、厚さ-地3、厚さ-奥3、厚さ-天3、厚さ-平均、密度、紙質、加工、風合、地色、光沢感、光沢度(75°)、繊維配向-表、繊維配向-裏、皺付、米粉、粒子、白土、紗目、紗目内容、簀目色、簀目、糸目、糸目幅、板目、印毛目、異物混入、異物混入内容、漉斑、もやもや感、繊維束、繊維溜、旧修理痕、損傷度合、損傷内容、備考がそれにあたる。修理時等にて必要となった項目を任意に追加することができる。また、最終更新者および最終更新日時も記録する。
図5 形態データ入力画面
史料画像上の任意の位置に注記を挿入することができる。これにより、これまでの修理台帳では表現が困難だった史料の部位への注記を直接付与することができ、直感的に史料状態を把握することができるようになった。図6にその例を示す。
図6(1) 画像へのアノテーション例(テキスト付与の例)
図6(2)画像(顕微鏡撮影画像)付与の例
図6(1)は史料に割れが生じている箇所へ「割れあり」という文字列を付与した例である。また、図6(2)のように顕微鏡撮影画像自体を史料上の該当箇所へ配置することも可能である。史料情報統合管理システムはIIIF(International Image Interoperability Framework)【注】4という画像相互運用のデファクトスタンダードフレームワークを用いた画像提示を行っており、具体的にはdigilib【注】5という画像配信サーバを利用しており、mirador【注】6という画像ビューアを用いることで実現している。ここで付与したアノテーションは史料情報統合管理システムのデータベース(DBMSとしてはMySQL)へ格納している。
原本史料情報解析による複合的史料研究の創成事業の実施期間に、「島津家文書 御文書」および「中院一品記」を対象として、史料情報統合管理システムへ登録した内容データおよび形態データは323件だった。
4.おわりに
史料情報統合管理システムには「島津家文書 御文書」のみならず、2013〜2015年度に修復した「中院一品記」の内容データならびに形態データを登録した。さらに、2016年度には「中院一品記」の修理前画像・修理後画像(図7)をHi-CATから公開した。
図7 「中院一品記 建武五年七月五日条」における修理前・修理後の比較
(上)修理前画像(0073-15) (下)修理後画像(S0073-13)
修理前画像と修理後画像を比較することで、修復における実施事項、たとえば裏打ちや装丁の様子を確認することが可能になった。また、「中院一品記」の形態データを用いて、「中院一品記」の料紙と同一の素材で和紙を作成し、修復後画像を用いてコロタイプ印刷を行うことで精密なレプリカを作成することができた。原本自体を手に取ることは容易ではないが,レプリカであることから、簡易に手にとってじっくりと観察することが可能である。デジタルデータからフィジカルな素材への変換(もしかすると3Dプリントがその可能性を秘めているかもしれないが)がより進むならば、形態データならびに史料画像を含む内容データを用いることで、史料編纂所以外においてもこのレプリカの作成は可能になっていくと考えている。これはいわば史料研究のデジタルトランスフォーメーション(DX)の成果の一つと言えよう。
史料研究DXを推進していくためには課題がいくらかある。
その一つとしては、史料情報統合管理システムに格納されている形態データならびに内容データの公開である。現状ではまったく公開できていない。原本データとの関連付けを前提としている史料情報統合管理システムであることから、Hi-CATとのシステム連携を行うことで形態データ・内容データを公開していくことが可能になると考えている。
二つめとして、形態データ・内容データの二次利用環境整備である。史料編纂所は2019年4月に史料画像データについて、その利用条件を公開【注】7した。その際、史料編纂所が原本として所蔵している史料の画像についてはオープンデータとして設定した。しかしながら、形態データ・内容データについてはその考慮の対象外であることから、改めて検討する必要がある。
三つめとしては、他機関所蔵史料の扱いである。2020年3月からSHIPS DBの一つであるHi-CAT Plusから、一部であるが他機関史料画像の公開を開始した。史料編纂所が修復に携わった史料については形態データ・内容データが存在しているが、この扱いはまったく調整できていない。
四つめとして,まだ史料編纂所の機能として位置づけられていないことがあげられる。これまで史料編纂所で修復してきた史料のうち、ごく一部のみが史料情報統合管理システムに格納されているに過ぎない。
「第6期科学技術・イノベーション基本計画」[内閣府2021]において、オープンサイエンスとデータ駆動型研究等の推進が謳われており、研究DXが開拓する新しい研究コミュニティ・環境の醸成が盛り込まれており、これは人文科学を含む科学技術とイノベーションの創出の一体的・総合的な振興、と表現されている。日本史学・史料研究もこの範疇にある。研究DXの推進においては、デジタルデータ・デジタル環境のみが注目されがちであるが、実世界・フィジカルな環境との相互作用は非常に重要な要素として考えられており、さまざまな史料についての形態データ・内容データの取得と共有が進んでいくならば、CPS(Cyber Physical System)【注】8の一例としてみることもできると考えている。一見古いと思われがちな史料研究ではあるが、史料を扱う上では基本でありながら、IoTの深化に伴い新しい研究領域を開いていく鍵になりうると考えている。
附記
本稿における研究成果の一部は、JSPS科研費20H00010、18H03576、および、「原本史料情報解析による複合的史料研究の創成事業」(文部科学省「共同利用・共同研究の基盤整備~文化的・学術的な資料等の保存等~」)の助成を受けたものによる。
【注】
1 https://www.hi.u-tokyo.ac.jp/collection
2 https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/00011764
3 https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/201/00010713
4 https://iiif.io/
5 https://robcast.github.io/digilib/
6 https://projectmirador.org/
7 https://www.hi.u-tokyo.ac.jp/faq/reuse
8 https://www.jeita.or.jp/cps/about/
参考文献
[内閣府2021]内閣府(2021)「科学技術・イノベーション基本計画.」https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/6honbun.pdf(最終アクセス:2022年10月24日)
[史料編纂所2021]東京大学史料編纂所「日本史史料共同研究の新たな展開 予稿集」、 東大教材出版、2012