「コラム❸「古典探究」の指導事項を分析する」を公開(菊野雅之『古典教育をオーバーホールする 国語教育史研究と教材研究の視点から』より)
Tweet『古典教育をオーバーホールする 国語教育史研究と教材研究の視点から』より「コラム❸「古典探究」の指導事項を分析する」を公開いたします。ぜひご一読ください。
本書の詳細は以下より
菊野雅之『古典教育をオーバーホールする 国語教育史研究と教材研究の視点から』(文学通信)
ISBN978-4-909658-87-6 C1037
A5判・並製・278頁
定価:本体2,700円(税別)
コラム❸
「古典探究」の指導事項を分析する
菊野雅之
古典教育・古典学習に関する文献を読んでいて違和感があるのは、指導事項についての議論がほとんどなされないことである。もちろん、学習指導要領の解説を読めば授業が即座に立ち上がるわけではない。学習指導要領の記述が及ばない部分は教員自身が補完していく必要がある。ただ、古典教育・古典学習の議論の基点をどこに置くのか、それ自体が不安定な状態では建設的な議論はできない。それを批判するにせよ、具体化するにせよ、学習指導要領の文言を前提に議論を行うことで、一つ一つの指導事項から、どのような視点で教材研究を行うべきなのか、どのような授業を構想するべきなのか、対象となっている指導事項にはどのような課題があるのか、見落とされている指導事項はないのかなどの授業構想論が議論できるはずである。
その試みとして、ここでは新科目である「古典探究」の指導事項を取り上げながらこれからの古典学習の方向性について考えてみたい。
まず、その指導事項を眺めて思うのは、「古典A」、「古典B」と比べて指導事項の数が大幅に増えていることである。もちろん、二単位の「古典A」と比べて、四単位の「古典探究」の指導事項の方が多いのは当然だが、それでも「古典A」の指導事項は四、「古典B」の指導事項は五、「古典探究」は十六である。四単位である「古典B」の指導事項よりも三倍以上の数の指導事項が「古典探究」には用意されている。これは単位だけの問題ではなく、科目内容の構成、指導事項の設置の仕方において大きく変化があったためである。一つは〔知識及び技能〕に関する指導事項が明記されているためであり、もう一つは「読むこと」の学習過程に沿った指導事項を隙間なく明記したためである。
さらに付け加えると、今回の平成二九年、平成三〇年の学習指導要領の改訂では、小学校、中学校、高等学校の指導事項の系統性が強く意識されている。例えば、「古典B」には語彙(指導事項ア)や伝統的な言語文化(指導事項オ)に関わる指導事項はあったものの、〔知識及び技能〕のような明確な枠組みをもっていなかった。それが今回、〔知識及び技能〕の指導事項が八項目位置付けられ、それぞれの指導事項が小学校国語、中学校国語、高校の「現代の国語」と「言語文化」との系統性の中で位置付けられることとなった。
なお、『解説』の三二六頁からは「教科の目標、各科目の目標及び内容の系統表(高等学校国語科)」が掲載されている。系統表と呼ばれているもので、ここには、各科目の指導事項の関係性(系統性)がマトリクスの状態で示されている。「古典探究」の〔知識及び技能〕については三二八頁、三二九頁に示されている。
〔知識及び技能〕は、(一)言葉の特徴や使い方に関する事項、(二)情報の扱い方に関する事項、(三)我が国の言語文化に関する事項、の三つにさらに分類分けされており、「古典探究」で指導が求められるのは(一)と(三)の八項目である。
〔思考力、判断力、表現力等〕には、「読むこと」の学習過程(構造と内容の把握、精査・解釈、考えの形成、共有)に沿って八つの指導事項が設定されている。これは古典を読むことを通じて読む力を育てることを目指さなければならないということである。当たり前のようにも聞こえるが、例えば「精査・解釈」の読みの段階では、「文章の構成や展開、表現の特色を評価する」ことが求められたり、「作品の価値について考察する」ことが求められていたりする。これは品詞分解、現代語訳、内容理解と言った従来型の古典の授業パターンでは、達成できない指導内容である。さらに言えば、古典学習の指導において、古典を読解できる力を育てることは無論重要だが、それだけが古典学習ではないということがこの「古典探究」では示されているのである。
「高等学校学習指導要領比較対照表」によると、「古典探究」で新設された指導事項は、「読書」の指導事項一つのみとされているが、それは分類項目として「読書」が新設されたということをもっての新設という意味で、他の指導事項の多くも事実上の新設と考えてよいだろう。その上で、それぞれの指導事項に対応した授業を教師はイメージをしなければならない。
「古典B」における「読むこと」に該当する指導事項は三項目であったものが、「古典探究」では八項目となっている。「古典探究」の「読むこと」のア、イのように、「古典B」の指導事項イが細分化された形のものもあるが、基本的には新たな指導事項、学習過程が位置付けられていると考えるべきである。今後の古典学習論、古典教育論はこの「古典探究」の指導事項の指導内容の拡大についても視野に入れた議論が必要となる。
例えば、「新設」とされた読書の指導事項〔知識及び技能〕(2)エ「先人のものの見方、感じ方、考え方に親しみ、自分のものの見方、感じ方、考え方を豊かにする読書の意義と効用について理解を深めること。」は、従来の古典学習=古文読解という枠組みからすれば明らかにその枠組みの外にある指導事項だろう。この際に、原文そのものを読むことはもちろんだが、「古典についての解説や現代語訳なども必要に応じて参考」にすることにも触れ、古典学習を通じて、「読書の意義と効用について深く認識」させ、「生涯にわたる主体的な読書へとつながるような指導をすることが重要である。」とする。これは言い換えれば、古文そのものを読む姿はもちろんのこと、古典の注釈書や解説書、現代語訳等を読書する姿も、古典に親しむ姿として捉えているということである。
古典学習=古文読解ではなく、古典学習の指導事項の重要な内容として古文読解がありつつも、古文(原文)読解以外の指導内容も視野に入れながら、バランスのとれた古典学習の単元観を作りあげることが求められている。生涯学習の観点からも、古文読解ではない古典への接近、親しむ方法・可能性を学習者に手渡すことも指導の方法論として検討していきたい。
引用文献
文部科学省(二〇一九)『高等学校学習指導要領(平成三〇年告示)解説』東洋館出版社
文部科学省「高等学校学習指導要領比較対照表【国語】」https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2018/07/13/1407085_2.pdf(二〇一九年九月二九日閲覧)