日本温泉文化研究会 2022年度第3回研究会(9月4日(日)、オンライン)※要申込

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研究会情報です。

詳細は公式サイトをご確認ください。
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https://onbunken.jimdofree.com/%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B/

日本温泉文化研究会2022年度第3回研究会
日 時:2022年9月4日(日) 15:00~17:00
会 場:オンライン(Zoomを予定)による開催

発 表:安藤史帆(東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学博士後期課程、相模女子大学非常勤講師)
論 題:『不如帰』と『金色夜叉』の温泉-文学、演劇、そして映画(2) 熱海・塩原編-
その他:公開研究会です。どなたでもご参加いただけます。要事前申込。

参加を希望される方は、9月2日(金)までにお名前・ご所属(又は肩書き)・ご専門(いずれもある方のみ)を明記の上、メールにてお申込み下さい。
onbunken1126(at)hotmail.co.jp ※(at)を@に変更して送信して下さい。

■発表要旨
明治屈指のベストセラーと言われる『不如帰』と『金色夜叉』は、ともに温泉を舞台とする作品としても知られている。長きにわたりかたちを変えながらも温泉という舞台を意識させられながら読み継がれてきた作品であるといえるだろう。しかし、よくよく読み込んでみると、舞台としての温泉があるのは、『不如帰』においては冒頭、『金色夜叉』においては序盤と終盤、すなわちほんの一部分に過ぎない。それなのに、どうしてこうも温泉という場が印象付けられてきたのか。ありがちな「すれ違い」のドラマ展開という側面と合わせて、日本の温泉らしい温泉を捉えられていないと、少なくとも夏目漱石や川端康成には批判されているが、わけもなく一部分の温泉が誇張され印象付けられているわけではないだろう。日本温泉文化研究会2021年度の定例研究会においては、『不如帰』について検討したが、2022年度においては『金色夜叉』において、登場人物が行く前と行った後(特に後者)に想像の中で回顧し、捉え直す作業を繰り返すことで、「温泉」という場がイメージの中で創り上げられ印象付けられていく、その過程を明らかにするつもりだ。確かに舞台としては一部分であるが、想像の領野で創造される温泉の在り様を留め、1900年前後という同時代の歴史的背景を内包する文学として『不如帰』および『金色夜叉』を捉え直したい。
(また、これを踏まえて、時間の許す限り、小津安二郎の映画において『不如帰』に登場する「伊香保」と『金色夜叉』に登場する「熱海」がいかなる舞台として設定されているのかについて迫りたいところだ。ただし、詰め込み過ぎである可能性があるめ、小津安二郎に関してはまた別の機会となるかもしれない。)