【連載】第1回「伝説上最「恐」のヒロイン・玉藻前登場!」 - 朝里 樹の玉藻前入門

このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

tamamo_bn.jpg
コーナートップへ


第1回
伝説上最「恐」のヒロイン・玉藻前登場!


白面金毛九尾の狐、玉藻前。

人の世を魔界にせんとする悪狐であり、傾国の美女でもある妖怪。

今回、私は『玉藻前アンソロジー 殺之巻』として彼女に纏わる中世から近世にかけての古典を何作か抜粋し、現代語訳しました。今回は、そんな玉藻前がどんな存在なのか、その概要や歴史をお話しできればと思います。

dakki.jpg
玉藻前の前世・妲己(とびはち作)


──現代も生きる玉藻前

玉藻前という名前を聞いて、思い浮かべるイメージはなんでしょうか。

もちろん、妖怪、九尾の狐そのものを思い出す方も多いでしょう。また、漫画やアニメ、ゲームや小説などでもよく登場するため、それらの作品のキャラクターを思い出す方も多いかもしれません。

近現代の彼女にまつわる創作に目を向けてみると、まず近代文学では岡本綺堂の小説『玉藻の前』が有名でしょう(「青空文庫」で読むことができます)。これを原作としてアニメ映画『九尾の狐と飛丸』(1968年製作)も作られましたが、残念ながら現在はメディア化されておらず、視聴困難となっています。

現代の作品に目を向けてみると、例えば漫画であれば『うしおととら』(1990年連載開始)の「白面の者」や『ぬらりひょんの孫』(2008年連載開始)で京妖怪の長、そして安倍晴明の母として登場した「羽衣狐」などは、玉藻前がモデルの一部になっていると思われます。

ゲームであれば、任天堂、クリーチャーズおよびゲームフリークが生んだ大人気ゲーム『ポケットモンスター 赤・緑』(1996年リリース)に登場するほのおタイプのポケモン「キュウコン」、株式会社ノーツのゲームブランドTYPE-MOONから販売された『Fate/EXTRA』シリーズ(2010年リリース)のメインヒロインの1人に抜擢され、天照大神の一部が転生した姿という珍しい設定で登場し、現在もソーシャルゲーム『Fate/Grand Order』などFateシリーズ作品に頻繁に登場する「玉藻の前」が有名でしょうか。他にもカプコンの人気作品『大神』(2006年リリース)ではボスとして「キュウビ」が立ちはだかるなど、敵役としても頻繁に登場しています。

このように今も多くの作品に登場する玉藻前ですが、実は元々どのように語られた妖怪か知らない、という方も多いでしょう。

そのため、第1回の今回はそもそも玉藻前とはどんな妖怪か、という話をしたいと思います。


──玉藻前の登場はいつからか?

玉藻前の物語の舞台は平安末期、近衛天皇の時代とされることが多いですが、彼女の物語が文献として確認できるのは室町時代になります。

中村禎里著『狐の日本史』(戎光祥出版)によれば、最も古い文献は14世紀末から15世紀前半に記された『神明鏡(しんめいかがみ)』という年代記であるようです。

この本では鳥羽院の時代に化女が現れ、後に玉藻御方と名付けられた。天下に並ぶ者のない美人であり、さまざまな物事の知識を持っていたが、彼女が現れてから鳥羽院が病に伏せるようになり、陰陽頭の安倍泰成に占わせたところ、その正体が玉藻御方の正体は下野国(=現在の栃木県)の那須野の狐であり、かつて天竺、大唐を経て日本にやってきた。泰成の泰山府君祭(=陰陽師が行う祭りの一つ)によって正体を暴かれた玉藻は、那須野にて三浦介、上総介という武士2人によって射止められた。その亡骸からは仏舎利(=釈迦の遺骨)、白玉、針といった宝物が出てきた。また玉藻の霊は殺生石(せっしょうせき)という毒石に変わった、という内容が記されています。

1-01.jpg
栃木県那須郡に今ものこる殺生石

この時点で現在知られる玉藻前の物語の基本的な部分が存在していたことが分かります。

さらにこの後、御伽草子『玉藻前物語』『玉藻の草子』、能(謡曲)『殺生石』が作られ、中世の文学や演劇の世界で玉藻前が親しまれていたことがうかがえます。また『殺生石』や『玉藻の草子』では、殺生石と化した玉藻前が源翁(げんのう)和尚という僧侶によって教化(=徳により人を導くこと)される話が語られています。


──江戸時代にブームになった玉藻前

近世になると、現代に先立って玉藻前を扱った創作がブームを起こしました。今回『玉藻前アンソロジー 殺之巻』に収録した高井蘭山の『絵本三国妖婦伝(えほんさんごくようふでん)』(1804年刊)、刊行は遅れたものの、これより少し早い時期に書かれた『絵本玉藻譚(えほんたまもものがたり)』(1805年刊)がよく知られているでしょう。これらの作品では、九尾の狐が日本に現れる前、中国やインドにおける物語も詳細に描かれるようになりました。

この2作よりも前にも玉藻前を題材にした作品はあり、文芸では『絵本三国妖婦伝』の種本となった『三国悪狐伝』(刊行時期不明)、『絵本玉藻譚』に影響を与えた『勧化白狐通(かんげびゃっこつう)』(1766年)があります。舞台でも浪岡橘平、浅田一鳥、安田蛙桂(あけい)合作の浄瑠璃『玉藻前曦袂(たまものまえあさひのたもと)』(1751年初演)、金井三笑の歌舞伎『玉藻前桂黛(たまものまえかつらのまゆずみ)』(1762年初演)などが上演されています。

加えて、『絵本三国妖婦伝』『絵本玉藻譚』以降にもさまざまな玉藻に纏わる物語が作られました。

今回『玉藻前アンソロジー 殺之巻』に収録した山東京伝の『糸車九尾狐(いとぐるまきゅうびのきつね)』(1808年刊)、式亭三馬が書いた、玉藻前が竜宮城に現れる『玉藻前竜宮物語』(同年刊)、『南総里見八犬伝』で有名な曲亭馬琴が殺生石と化した玉藻前の物語を書いた『殺生石後日怪談(せっしょうせきごにちのかいだん)』(1824〜1833年刊)などの文芸作品があります。演劇でも鶴屋南北の歌舞伎『玉藻前尾花錦絵(たまものまえおばなのにしきえ)』(1811年初演)、『玉藻前御園公服(たまものまえくもいのはれぎぬ)』(1821年初演)などがあります。

1-02.jpg
『玉藻前竜宮物語』(国立国会図書館デジタルコレクションより)

この他、安倍晴明が編纂したと伝えられる(実際は晴明ではない)陰陽道の実用書『三国相伝陰陽輨轄簠簋内伝金烏玉兎集(さんごくそうでんおんようかんかつほきないでんきんうぎょくとしゅう)』(通称『簠簋内伝』)の注釈書、『簠簋抄』(1627年刊)では安倍晴明と玉藻前の対決が記されています。

1-03.jpg
『簠簋抄』(国立国会図書館デジタルコレクションより)

これら近世の物語では、玉藻前は天地開闢(かいびゃく)、すなわち世界の始まりとともに生まれ、世界を魔界にせんと中国、インド、日本の三国で暗躍したり、大軍相手に互角に戦ったり、戦いに敗れ、殺生石と化した後の物語が作られるなど、さまざまな設定が加えられるなどしました。

このように、玉藻前は中世から現代に至るまで人々の関心を集め、想像を掻き立ててきたのです。そして恐らく、これからの時代にも玉藻前に纏わる物語は作られていくことでしょう。

『玉藻前アンソロジー』シリーズでは、過去の人々がどんな形で玉藻前に纏わる物語を作ってきたのか、その一端をお伝えできればと思っています。

→[【連載】第2回 玉藻前は天照大神だった!?その共通点を探る]へ