渋沢栄一だけじゃない、江戸の百姓が身につけていた経済感覚(渡辺尚志)―『言いなりにならない江戸の百姓たち』刊行記念エッセイ
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ご一読ください!
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渋沢栄一だけじゃない、
江戸の百姓が身につけていた経済感覚
渡辺尚志
■経済感覚を身につける百姓たち
2021年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」の主人公は、渋沢栄一である。彼は、天保11年(1840)に、武蔵国榛沢郡血洗島村(現埼玉県深谷市)の豪農の家に生まれた。百姓の出だったのだ。渋沢家は農業のかたわら、布の染色に使う藍玉の製造販売も手がけていた。栄一も、10代の頃から、藍玉の原料となる藍の葉の仕入れや、藍玉の販売のために各地を回るなかで経済感覚を身につけた。そして、明治以降は日本を代表する実業家となり、「日本資本主義の父」と呼ばれるようになっていく。
ただし、こうした経済感覚は、渋沢栄一に限らず、19世紀に生きた多くの百姓たちも身につけていた。彼らのなかには、農業のほかに、商売を営んだり、奉公に出て給金を稼いだりする者が多かった。農業一辺倒ではなかったのである。また、農業においても、金を出して肥料を購入することが多くなった。そこでは、当然、商取引などの場面で計算能力や経済感覚が求められた。百姓たちは、商品・貨幣経済の世界に身を置くなかで損をしないために、自主的に寺子屋で学んで読み書き・そろばんの能力を身につけていったのである。
■「武士にもの言う」百姓たち
現代のわれわれの多くは、どちらかといえば裁判(民事訴訟)が苦手であり、できれば避けたいと思っている。江戸時代の裁判官は全員武士だったから、百姓にとって裁判を起こすことは今以上にハードルが高かったに違いないと思ってしまう。ところが、実際に古文書をひもとくと、百姓たちは驚くほど頻繁に訴訟を起こしている。なぜ、そんなことができたのか。
江戸時代の裁判は、法律を杓子定規に適用して判決を下すのではなく、争う双方の言い分を聞いて、どちらもまあまあ納得できる落としどころを見つけて円満解決に導くところに主眼があった。ときには実質的に法律の規定を曲げてでも、百姓たちの生活感覚に合った判決が目指されたのだ。そうしたあり方の理想像が大岡越前だった。
武士たちは、法律論を振りかざして百姓の主張を頭ごなしに抑えつけることはできず、百姓たちの抱く常識や百姓世界の慣行に配慮せざるを得なかった。だから、百姓たちも安心して、容易に訴訟に踏み切れたのだ。訴訟だけではない。年貢の減額など領主に対して要求があれば、百姓たちは遠慮なく自己主張した。江戸時代の百姓たちは、すぐれて「もの言う」民だったのである。
■言いなりにならない百姓たち
経済感覚を身につけ、武士の言いなりにならないたくましい百姓は、一人渋沢栄一だけではなかった。「青天を衝け」は、いわば百姓出身の青年の「出世物語」だが、19世紀の全国各地には、渋沢のように「出世」しなくとも、彼と共通の思考や行動のパターンをもつ多数の百姓たちがおり、そうした無名の百姓たちの世論と動向が歴史を大きく動かしたのだ。拙著『言いなりにならない江戸の百姓たち―「幸谷村酒井家文書」から読み解く』は、百姓たちが実際にやり取りした古文書を読み解くことで、そうした百姓たちの実像に迫ったものである。時代を動かした百姓の力に関心のある方には、ぜひ本書を手に取っていただきたい。
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『言いなりにならない江戸の百姓たち』の詳細はこちら
https://bungaku-report.com/books/ISBN978-4-909658-56-2.html
渡辺尚志『言いなりにならない江戸の百姓たち─「幸谷村酒井家文書」から読み解く』(文学通信)
ISBN978-4-909658-56-2 C0021
四六判、並製、168頁
定価:本体1,500円(税別)