アルバイト日誌「10年の月日に」(2021.03.12、れい)

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 東京にいる私が、東日本大震災について話すことはとても迷いました。しかし、今の気持ちを言葉にすることは大切だと思い、今回書くことにしました。

 昨日、東日本大震災から10年が経ちました。10年前、私は小学生でした。私の通っていた小学校には、日記を書くという宿題があり、ちょうど10年前の3月12日に書いた日記もあります。東京のため、被害は大きくなかったものの、地震が起きた瞬間の様子、その後校庭に避難したこと、その時の感情が素直に書かれていて、自分にとって大切な記録になっています。

 10年間で、世の中は本当に大きく変わりました。日記には、最初は東海地震が起きたと思った、と書いてありました。10年前には、近いうちに東海地震が来ると思われていましたが(研究がどのように進んでいたのか分かりませんが、自然に「東海地震」という言葉が出てきたということは、ある程度一般的な言葉だったのだと思います)、今は、東南海、南海地震と連動した地震が来ると言われています。また、予測されていない自然災害が起きることもあります。更に、地域や地球規模ではなくても、突然悲しみが襲ってくることもあります。昨日、被災した方が、(復興と言っても)全て震災前の生活に戻ることはできないという趣旨のお話をされていて、東日本大震災によって失われたものの大きさと、月日の重みを感じました。

 10年前、小学生だった私は、幼く、経験の少なさから抱くことのできる感情にどうしても限りがあったと思います。10年後の今、その時よりも少し大人になった私は、悲しみから立ち上がり、常に前を向き続けることの難しさを知りました。時の経過が悲しみを癒すこともあるけれど、東日本大震災は終わっていないし、私たちもそれを過去のものにしてはいけないと思います。東京にいる私には、被災された方々の気持ちを全て理解することはできないですが、忘れてはいけないと強く感じました。

 私にできることは、本当にありきたりですが、支援、応援を続けていくこと、防災意識を高めることだと思います。そして、被災地のこと、災害のことを「知る」こと。大人になるにつれて、辛いことから目を背けたくなってしまう自分がいます。けれども「知る」ことで、変わる世界があると信じています。

 東日本大震災を知らない子どもたちは、日本の全人口の10パーセントになるそうです。私たちが大震災を風化せずに、次の世代に伝えていきたいと思います。