鈴木千惠子「心配しないで連句の世界に飛び降りて」★『杞憂に終わる連句入門』(文学通信)刊行に寄せて

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この6月に刊行した鈴木千惠子『杞憂に終わる連句入門』(文学通信)。本書の刊行にあわせエッセイをお寄せいただきました。ぜひご一読ください。

●2020.06月刊行
文学通信
鈴木千惠子『杞憂に終わる連句入門』(文学通信)
ISBN978-4-909658-32-6 C0095
A5判変形・並製・152頁
定価:本体1,500円(税別)

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心配しないで連句の世界に飛び降りて

鈴木千惠子


 『杞憂に終わる連句入門』。可愛らしい本に仕上がっている。「清水の舞台より飛ぶ」表紙は、知人に覚悟のほどを表わしているのですかと聞かれた。いつも新しい世界に身を投じたいとは思っている。しかし今回は著者の覚悟というよりは、『杞憂に終わる連句入門』なので、読者に「心配しないで連句の世界に飛び降りて」というメッセージを込めた。清水の舞台、江戸中期には飛び降りて生存率が結構高かったそうである。約85%(15%は困るわけだが)。

 欲張りな本だと思う。俳諧の研究をする人には、現代連句の実作について知ってほしいし、実作者には、連句について考えたことを発信したい。「連句」というものに出会ったことのない人にこそ読んでほしいのかもしれない。

 明智光秀を扱ったドラマでは、必ずと言っていいほど「ときは今あめが下しる五月かな」の句が取り上げられる。しかし、これが愛宕百韻の連歌会での発句であるということを知らない人もいるだろう。また「連句」は「俳諧の連歌」であり、滑稽味のある連歌に発祥しているということも。

 では、出会ったことのない人に連句という世界に飛び込んでもらうにはどうしたらいいのだろうか。例えば泳ぎを覚えようと思ったときに、泳法の本を読んでいるだけではマスターできない。まず、水の中にという考え方があるけれど、それも乱暴。『杞憂に終わる』はどちらかというと後者の考え方だ。しかし、知らない方を水の中に勝手に放り込むわけにはいかないので、「水の中に入ってもいいかなと思っていただく」のが狙いである。水の中に入るのに、最低限溺れないようにつけたのが「本書を読むまえに――連句のきほん用語」といったところだろうか。なるべく読み物風に書いたつもりである。

 連句の実作をするとき、その楽しみの真髄は付けて転じるということである。手前味噌めくけれども、本書の中から好きな三句の渡りを挙げてみたい。

 わかつてるでもうれしいな君の嘘  路子
  杞憂に終はる佳人薄命     千惠子
 がたつけどトロッコ列車評判に   あや
    〈二十韻「振売りの」(脇起り)〉
本書のタイトルの元となった拙句である。

 「愛してる」七か国語で言つてみて 啓子
  すべり落ちたる下着赤色     弘子
 闘牛士牛が横目を使ひゐる     水壺
           〈半歌仙「新緑を」〉
恋離れが効いている、との評があった。

ルノワールめいてベッドの裸婦の色 千惠子
  暦の○は逢引の日々        聰
 親鍵はどんな錠でも開けられて  千惠子
            〈歌仙「初湯」〉
妖艶で上品と評していただいた。

  足の霜焼こする仕舞湯     美友紀
みやあらくもん祖父は器用で貧乏で 千惠子
  純米酒しか置いてない店    美友紀
          〈歌仙「蜜豆食ふ」〉
みゃあらくもんは、身が楽なものという富山の方言だそうである。そして酒の銘柄。

 人づてに彼の近況クラス会     珠子
  貧乏学者無駄にイケメン    千惠子
 失敗と隣りあはせの新発見     香織
      〈歌仙「春の霙」(脇起り)〉
連句ではたくさんの恋句をつくるが、自分でも意外な句がひらめくときがある。

 じんわりと熱くなりゆく土用灸  美友紀
  気づいたときは手遅れの恋   千惠子
 業平も光源氏も泣いたのか    美友紀
      〈歌仙「朝顔や」(脇起り)〉
やはり恋句をつくるのは、なかなか楽しい。

 夭折の子はどの辺り鳥雲に      聰
  黄水仙咲く遥かなる丘     千惠子
 炉塞げばヨガの稽古の易からん    聰
          〈二十韻「鳥雲に」〉
発句を詠まれた聰さまのご子息は、黄水仙がお好きだったそうである。

 こうして振り返ってみると、清水の舞台の15%は私かもしれないと思った。連句の世界に飛び降りた結果、その魅力にあまりにも取り付かれている。みなさんも連句中毒ともいうべき状態になることを恐れずに、是非実作にも足を踏み出してほしい。

 最後に私の所属する連句結社と、協会のHPアドレスを記しておく。

連句結社猫蓑会
http://www.neko-mino.org/
日本連句協会
http://renku-kyokai.net/