古典文学と社会をどうつなげるか、今度刊行する『全訳 男色大鑑〈歌舞伎若衆編〉』に寄せて(岡田圭介)

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古典文学と社会をどうつなげるか、今度刊行する『全訳 男色大鑑〈歌舞伎若衆編〉』に寄せて

岡田圭介


●2019.10月刊行
文学通信
染谷智幸・畑中千晶編『全訳 男色大鑑〈歌舞伎若衆編〉』(文学通信)
ISBN978-4-909658-04-3 C0095
四六判・並製・242頁(8頁カラー口絵+232頁)
定価:本体1,800円(税別)


 「何度も読みたくなる古典文学の本って、どんな本だろう」。会社を立ち上げてから割とずっと考えていることです。そんな本が作りたい...せっかく版元になったことだし。すらすら読めてエンタメ的に古典が楽しめるというのであれば、池澤夏樹=個人編集『日本文学全集』全30巻(河出書房新社)の作家による古典新訳や、最近では左右社のBL古典セレクションが思い浮かびます。どちらも野心的な試みです。古典文学への入口としては十分な役目を果たしているのではないでしょうか。いずれも研究者や学会からの批判は当然あるでしょうが、大目に見て欲しいですし、古典への関心を惹起することになっていることがまずは大事ではないかと思います。

 今度文学通信で刊行する『全訳 男色大鑑』は1年前に、『全訳 男色大鑑〈武士編〉』として、8巻中前半の4巻を出し、今回の後半4巻を収録した『全訳 男色大鑑〈歌舞伎若衆編〉』で完結です。〈武士編〉の冒頭には、畑中千晶さんに「初めての古典が『男色大鑑』でもいいんじゃないか」という文章を寄せていただきました。本シリーズの目的はこのテキストに詰まっているといっても過言ではありません。ぜひご一読いただきたいものです。その中のこの一文が私は好きです。「...「読む」ことに尽きる。読んで、読んで、読み尽くす。だから「初めての古典が『男色大鑑』」というのは、実は最良の古文攻略法かもしれないのだ」。

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 本書刊行のきっかけは、2016年にさかのぼります。KADOKAWAよりコミック版『男色大鑑』が突如刊行され、その解説を書いていた西鶴研究者の畑中千晶さんと、同じく西鶴研究者の染谷智幸さんが、『男色を描く 西鶴のBLコミカライズとアジアの〈性〉』(勉誠出版、2017年)を出版。その過程で、コミック版『男色大鑑』に参加された漫画家さんたちとの交流がはじまり、若衆文化研究会という会を立ち上げることになりました(2017年)。2018年にはNHK歴史秘話ヒストリアで「生きた、愛した、ありのまま 日本人 さまざまな心と体の物語」という番組が作られ、染谷智幸さんも出演。もちろん『男色大鑑』も取り上げられました。この一連の活動の中に、『全訳 男色大鑑』シリーズはあります。

 この流れの中での大きなポイントは、若衆文化研究会を染谷さんが作ったことでしょう(ちなみに若衆文化研究会は、一般の人も自由に参加できる、研究者だけの会ではありません。一般の人がほとんどです)。染谷さんは古典文学と社会をつなげ、その先に「もう一歩踏み込み」親交を深めはじめたのです。これはおそらく、この過程で畑中さん染谷さんが、漫画家さんたちの「自由な読み」に触れることになり、面白さに気がつき、もっと深めたいという気持ちもあったんだろうと思います。この「自由な読み」とは、最近話題になっている北村紗衣『お砂糖とスパイスと爆発的な何か 不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門』(書肆侃侃房)にも収録された「腐女子が読む『嵐が丘』〜関係性のセクシーさを求めて」の言う「腐女子的な読解技術」と同様なものではないかと思います。若衆文化研究会で漫画家さんたちの読みを聞いたりすると、おおそこまで深読みできるのかと感動してしまうこともあります。とにかく面白く、古典が自由であることを満喫できます。

 古典が「自由な読み」なだけで良いのかといったら、それは勿論違います。自由に読むにしても当時の文章、文化は知らないとわからない部分もあって、そういう基礎知識を提供していく必要があります。

 そこで作られたのが本書です。コミック版ではなく、現代語訳です。きちんと注を加え、国文学研究者なりの訳を施した、読みの世界に入っていくための本です。なので本書は見た目やキャッチの派手さ(申し訳ない...)に比べると、随分ストイックに作られています。イラストは「腐」の方向けに作ったので、手にとりにくく感じてしまうかもしれません。古典を、西鶴を、社会とどうつなげるか。本書は実践の書です。興味をもってくださった方は、ぜひ手にとってご覧下さい。また、一度ぜひ若衆文化研究会にご参加ください。背景がさまざまな方々と出会え、話ができるのもこの会の醍醐味です。何より面白いのですよ。

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