彦根城博物館:仰ぎて天文を見る―江戸時代の天文学・暦学・星占い―(2023年7月28日(金)~8月29日(火))

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展覧会情報です。

●公式サイトはこちら
https://hikone-castle-museum.jp/topics/13456.html

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※詳細は上記サイトをご確認ください。


 古くから人々は天文を観察してきました。元禄2年(1689)に井口常範(いぐちつねのり)によって著された天文暦学の解説書である『天文図解』の序文は「上古聖人、仰見天文、伏察地理(上古の聖人、仰ぎて天文を見、伏して地理を察し)」と始まります。この言葉は、人が天文を見てきた歴史を表していると言えるでしょう。

 人々が目撃した天文現象は古くから多くの文献に記録されており、日本のものだけでも、『日本書紀』(奈良時代)や藤原定家の日記『明月記』(平安時代末~鎌倉時代)など、枚挙に暇がありません。仏教にも星が取り入れられ、平安時代には、北辰(北極星)や北斗星を妙見菩薩(みょうけんぼさつ)として拝む信仰が成立します。また、図像化した天体を方形や楕円形に配置して描き、延命や除災の祈禱などに用いられる星曼荼羅(ほしまんだら)も制作されました。

 江戸時代に入ると、西洋科学の影響も受け、精密な天体観測に代表される科学的な天文学が発展・普及しました。幕府天文方が天文台を設置して天体観測を行い改暦も行ったほか、個人で天体観測に取り組む人も日本各地に現れます。星図を元に天空を球面に見立てた天球儀も制作されました。

 天文学の普及は、天体観測の器具への関心も高めました。西洋の望遠鏡や測量器具が輸入され、日本でも自ら器具を作成する者が現れました。これらを収集した大名もあり、彦根藩井伊家には、イギリス製の望遠鏡や測量器具のほか、国友一貫斎(くにともいっかんさい)の制作した望遠鏡などが伝わっています。

 しかし、このような江戸時代にあっても、陰陽道などの影響を受けた星占いが種々の書物で流布しており、例えば「大雑書」と呼ばれる書物は、星占いを含む日常生活の知恵袋として広く読まれました。また、『古事記』や『日本書紀』の記述に基づき、西洋科学とは異なる論理で天文現象を説明する国学者もいました。

 本展は、古文書や書物、観測器具などを通して、江戸時代の天文学や天文にまつわる文化を紹介するものです。