特別公開:風刺漫画の登場と庶民文化 北沢楽天VS赤松麟作(2019年9月21日(土)~11月2日(土)、花園大学歴史博物館(無聖館4階))

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展覧会情報です。

●公式サイトはこちら
https://www.hanazono.ac.jp/event/event/001182.html

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●会期
2019年9月21日(土)~11月2日(土)

●休館日
日曜日、10月22日(火・祝)
※但し、大学行事により臨時休館する場合があります。

●開館時間
10:00~16:00(土曜日は14:00まで)

●会場
花園大学歴史博物館(無聖館4階)

●入館料
無料

●概要
明治後期から昭和初期は、政治風刺や風俗漫画等が登場し、風刺漫画が人気を博しました。辛辣かつ滑稽味に溢れた作品は、当時の庶民に受け入れられ、多くの作品が出版されました。都市の成熟とともに京阪神モダニズムと呼ばれた芸術や美術が勃興し、華やかな庶民文化もまた隆盛します。
「日本近代風刺漫画の祖」である北沢楽天は、明治9年(1876)東京・神田に生まれ、同28年に横浜外国人居留地にあったボックス・オブ・キュリオス社に入社し、漫画家フランク・ナンキベルに学びました。同38年4月に漫画雑誌『東京パック』を創刊すると、するどい風刺と明快な画風が庶民の人気を得て、「楽天漫画」と賞されました。
一方、京阪神では『東京パック』に対抗する形で洋画家・赤松麟作が中心となって、明治39年11月に『大阪パック』が創刊され、昭和25年3月まで発行されていました。創刊当初の出版元は輝文館でしたが、後に「大阪パック社」へ変更、末期は大阪新聞社が発行しました。駅売りを充実させることにより、販売部数を伸ばします。赤松麟作は、東京美術学校西洋画科専科、大阪朝日新聞社・挿絵画家、大阪市立美術館付属美術研究所・技術指導担当教授に就任、上方文化隆盛の一翼を担いました。
明治末から大正時代に登場した風刺漫画は、華やかで活気のある市民生活に受け入れられました。そして現代のマンガ、アニメーション等に影響を与えています。往時の風刺漫画がどのような作品かを提示します。

●出品作品
『東京パック』大正時代 28冊

『時事漫画』大正時代 4冊

『大阪パック』明治時代 17冊

『東京滑稽』明治時代 2冊

『贅六パック』明治時代 2冊

『ハーピー』明治時代 1冊

※すべて花園大学歴史博物館の所蔵

●主催
花園大学歴史博物館