国立国会図書館・れきおんにて、椙山女学園大学教授・飯塚恵理人「レコードによる謡曲の普及と東京一極集中へ」を公開

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【明治維新によって、それまで幕府や諸藩に抱えられていた能楽師達が職を失い、一時的に衰微した能楽界であったが、明治30年代になると華族や素封家が多く能楽師の素人弟子となった。彼らの面・装束・舞台の提供という後援によって能楽は江戸時代にも増して演じられるようになった。ただし他の演劇ジャンルとは異なり、素人弟子は自分の師匠や流儀の名人の演技を稽古の手本とするために舞台を観たのであり、現代のように純粋に能楽を芸術として鑑賞するのではなかった。謡を吹き込んだレコードも鑑賞して楽しむためのものではなく、その謡の稽古に励む素人弟子がこれを聴いて不明なところの参考にするためのものであった。明治後期に広く販売されるようになった謡曲レコードは、まだラジオのない時代、東京在住の名人の声を地方の人々に届けた。レコードによって謡曲師匠があまりいない地域や稽古場が少ない地域へも能楽が普及していくと同時に、これで稽古した人々がレコードに吹き込まれた東京の名人、多くは流儀の家元の謡い方に合わせて謡い、またそれを教えるようになった。これにより、各流儀内にあった謡い方の地方色が薄れ、東京の家元の謡い方に急速に統一されていった。また大学を卒業し、医師、会社役員、銀行員のように高収入を得る職についた知識人階級が大正期になり急激に勢力を増してきた。明治期の大後援者達に取って代わり、能楽の愛好者として多数を占めるようになった彼らは、能装束や面などの負担がない舞囃子や謡をするのを好んだ。また謡を囃子方に合わせて謡うようになっていった。】
つづきはこちらから。国立国会図書館。
http://rekion.dl.ndl.go.jp/ja/ongen_shoukai_13.html