「他の人の授業を観察する」(第3章2)、「授業中と授業外の生徒の姿」(第3章3)を期間限定全文公開○古田尚行『国語の授業の作り方 はじめての授業マニュアル』(文学通信)

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間もなく刊行の、古田尚行『国語の授業の作り方 はじめての授業マニュアル』(文学通信)から、原稿を一部紹介していきます。刊行までの間、少しずつ小出しにしていきます。期間限定です!

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7月中旬刊行予定です。

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古田尚行『国語の授業の作り方 はじめての授業マニュアル』(文学通信)
ISBN978-4-909658-01-2
C1037
A5判・並製・320頁
定価:本体2,700円(税別)

●本書の詳細はこちらから。予約受け付け中!
http://bungaku-report.com/blog/2018/06/post-185.html

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「他の人の授業を観察する」


 教育実習前には思わなかったことを、実習中に強く感じることはあります。授業の作り方もその1つです。実習中こそ一番いろいろと学べる貴重な機会ですから、積極的に他の人(実習生、教員)の授業を観察するとよいでしょう。個人的には、自分の授業作りの至らなさを自覚している実習中に大きな成長やヒントがあるのだと思います(それゆえに他の人の授業を見るのが辛いという気持ちもあるでしょう)。自分の授業に何が足りないのか、それを貪欲に得ようとしている実習中に、教育実習生の学びや気づきのきっかけが多くあるのです。
 現場に出てみると、意外にも自分以外の国語の授業を見ることがありません。最近では多くの学校で公開授業や研究授業が行われて、それを観察することがあります。しかし、その場合の授業というのは生徒も多くの人に見られており、緊張してしまって自然の生徒の動きだとは思えない節もあるのです。普段の授業では私語が多かったり眠ったりする生徒もいるのですが、他の学校の教員が教室の後ろにずらっと並んでいる空間というのは、やはり生徒にとっても違和があるわけで、自然な姿ではないと思うのです。今の勤務校では、生徒は教育実習やそれ以外にも定期的に授業公開の場が数多くあり、おそらく他の学校の生徒よりは見られることには慣れていますが、それでも授業者が一人だけしかいない授業の時と反応や態度は違います。
 「本当の生徒の姿」というのは1つの幻想かもしれませんが、それでも、教育実習中だといろいろな実習生もいる期間ですから、生徒の姿も比較的自然な姿でいることが多いように思います。その時に行われる授業を観察するのは勉強になるでしょう。
 最初は授業者の振る舞い方や指示の出し方、発問の立て方や板書の仕方等が気になると思います。それはある面で当たり前のことですし、十分に観察するのがよいでしょう。しかし、徐々に生徒の反応や動きが気になるかもしれません。授業を見る視点はいろいろとありますが、授業者だけではなく、それに対して生徒がどのように動いているのかを注意深く観察していくとよいでしょう。


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「授業中と授業外の生徒の姿」


 授業だけが生徒理解の場ではありません。授業外の休憩時間の生徒や、放課後に部活動をしている生徒の姿を見ることも生徒の実態を把握するのに役立つことが大いにあります。
 体育科の教員は生徒の性格や姿を的確に観察しているように個人的に思っています。おそらく、国語科や数学科、社会科等は座学が多いために、教室空間で振る舞う生徒の姿にはある一定の振る舞い方があるのではないかと思います。授業用の〈わたし〉を演じているともいえます。感想文を書くにしても、素直さを演じたり、道徳的にまずいことは書かなかったり、もしかすると大人の心をくすぐるようなことが書いてあったり、そんなことが多く見られます。国語科の授業では、話されたり書かれたりしたものから、この生徒にはどのような考えや思想があるのかを判断することがありますが、このことによってこれが「本当の生徒の姿だ」と思い込むことには注意をした方がよさそうです。
 体育科の授業ではこうした〈わたし〉を軽々と脱ぎ捨て、自然体の〈わたし〉に近いものになっていて、この姿を観察することが的確な生徒理解につながっているのではないかと思います。身体を解放することで、〈わたし〉を脱ぎ捨てていくことは十分にありえるのです。体育科の授業では、言語的な言葉よりも、非言語的な表現の方が多く、生徒理解は必ずしも言語を介したものだけではないのだと考えさせられます。部活動においても、授業では寡黙な生徒が他の仲間と協力して、指示を出していく勇ましい姿が見られることがあります。生徒を理解するためには、様々な視点から眺めることが大切です。
 実習中はそこまでの余裕はないかもしれませんが、数分でも授業外の姿を見てほしいと思います。そして、生徒理解が一面的なものかもしれないと問い続けることも大事なことです。