第25回・西鶴研究会(2007年8月23日(木)午後2時~6時、青山学院大学 総合研究ビルディング 10階 第18会議室)

◇西鶴「時間論」再考
早稲田大学大学院博士後期課程 
南 陽子

西鶴研究史上、西鶴の散文作品における「時間」の構造が議論された時代がある。明治大正期に点在する鴎外・露伴・阿部次郎などの評論を踏み台として、野間光辰(「西鶴五つの方法」1968)、宗政五十緒(「好色一代女の構造」1959)、暉峻康隆(「西鶴文学における時間設定」1978)らから、廣末保(「西鶴の小説」1982)、谷脇理史(「好色一代男の時間意識」1964、「好色一代女の一設定」1971) に至る「西鶴の時間意識」を論じた論考は、初期実存主義哲学の影響が随所に見受けられ、昭和初中期の教養知をよく反映するものであった。これらは小説にお けるモデルの問題、成立の過程、作者の創作意識、登場人物の位置づけ、各話の解釈と評価といった多岐に渡る課題に言及して互いに主張の対立を見せている。 それぞれは西鶴の作品評価・作家評価の試み、とりわけ現代的評価の模索を含む点で意義のある論考であったと思われるが、一方で前時代的なこれらの論考・評 論が現在、研究者によって省みられる機会は決して多くない。「時間意識」の理解は時代を反映して変化するものである。西鶴研究者の内においても時間の概念 の把握は論者によってさまざまであり、話中のどういった要素に時間の流れを見出し評価するかもまた変わってきた。本発表では、先行諸氏の各論の整理を踏ま えたうえで、拙論「絵の時間と物語の時間―近世初期版本における挿絵の受容について」(『文学・語学』2005.3)の補足と続論に繋げたいと考えている。


◇『男色大鑑』の諸問題
東京女子大学 
矢野公和

 現時点では順序等未定であるが、大略以下のような点につき考察したいと考えている。
①前半部の主に武家の衆道を取り上げたとされている各章において、亡びの美学とでも云えるような或る種自虐的な美意識が目立っていること。
②「玉章は鱸に通はす」「薬はきかぬ房枕」等原典が指摘されている章における西鶴の創作態度について考察する。
③前半部の中で武家社会以外を取り上げた諸編及び後半部の役者の世界に取材した各編にしばしば怪異現象が見出されることとその意味。
④後半部の作者自身が登場しているとされている各編にも虚構を凝らしていると考えられる側面が多々見られること。
⑤前項以外にも巻一の一、巻一の二、巻八の三等に「我」として登場する人物が存在することから、西鶴は『懐硯』における伴山のような語り手に相当する人物 を措定していると考えられる。この問題を暉峻康隆氏の所謂流行作家西鶴の在り方という側面と関連させて、作者主体の問題として考えたい。

○司会は前回発表者の予定です